八八艦隊とは,旧日本海軍が計画した戦艦8隻,巡洋戦艦8隻を基幹とする艦隊整備計画です。その第1段は長門級でしたが,ワシントン軍縮条約の結果,この2隻を残して中止となり,赤城と加賀が空母へ改造,土佐は実艦的となりました。また最終型4隻は18インチ主砲の搭載を計画するなど,後の大和級への布石ともなる内容を持っていました。
戦艦 長門級(長門・陸奥)
Battleship "Nagato" Class (Nagato, Mutsu)八八艦隊の第1陣であり,第1次大戦中英独海軍で行われた大規模海戦『ジュットランド沖海戦』の戦訓を取り入れた日本初の「ポスト・ジュットランド型」戦艦でもあります。基本設計はイギリスのクイーン・エリザベス級を強化したもので,世界初の16インチ(40.6cm)主砲搭載艦であり,また秘密にされたものの26.5ノットの速力を持つ高速戦艦でした。
攻防力ともに第一級の本艦は当時の世界最新・最精鋭の戦艦であり,それ故にワシントン軍縮会議においてもその保有の可否をめぐり議論の的になりました。長門,陸奥の保有を認める代わり,イギリスはネルソン,ロドネーを,アメリカはメリーランド,コロラド,ウェスト・バージニアの建造が認められました。
世界第一級の戦艦である長門・陸奥の存在が,当時後進国だった日本国民にどれほど自信を与えたかは,戦前のいろはがるたに『な 長門と陸奥は日本の誇り』と詠われていたことからも想像が付きます。長門は長らく連合艦隊の旗艦を勤め,英海軍の「フッド」にも相当する,日本の海軍力・国力の象徴ともいえる艦でした。
新造時(陸奥)
改装後(長門)
基準排水量 32,720 英t 39,130 英t 常備・公試排水量 34,362 mt(常備) 43,580 mt(公試) 全 長 215.8 m 224.94 m 全 幅 28.96 m 34.60 m 喫 水 9.08 m 9.49 m 主 機 艦本式ギアード・タービン4基 ボイラー ロ号艦本式専焼15基
混焼6基ロ号艦本式専焼大型4基
小型6基出 力 80,000馬力(87,500馬力<*1>) 82,000馬力 速 力 26.7 kt<*1> 25.0 kt 航続距離 5,500 nm / 16 kt 8,650 nm / 16 kt 燃料搭載量 重油 3,400 mt
石炭 1,600 mt重油 5,600 mt 主 砲 40.6 cm 45口径 8門(連装4基) 副 砲 14 cm 20門(単装20基) 14 cm 18門(単装18基) 高角砲 8 cm 4門(単装4基) 12.7 cm 8門(連装4基) 魚雷発射管 53 cm8門
(固定式:水上4,水中4)無し 航空兵装 無し 水偵3機
カタパルト1基装甲
安全戦闘距離垂直:305 mm VC
水平:75 mm HT弾薬庫:対40cm砲弾20,000〜28,000m
機関部:対36cm砲弾20,000〜28,000m
<*1> 試運転における値
戦艦 加賀 級(加賀・土佐)
Battleship "Kaga" Class (Kaga, Tosa)
ジュットランド沖海戦の戦訓を本格的に取り入れ,遠距離砲戦に対処するため長門より水平防御を1インチ増厚したほか,垂直防御に初めて傾斜鋼鉄を採用し,1インチ薄い装甲でより強力な防御力を得た。主砲も16インチ砲10門に増加し,前部に2砲塔を背負式に,後部に3砲塔をピラミッド式に配置した。機関及び弾薬庫配置に特徴があり,3番砲塔弾薬庫を船体中心に配置し,その左右を後部主機械室が挟む形になっている。ボイラーは12基を4室に配置した。長門に比しボイラーが小型化され集中配置可能となったため,煙突は1本である。
常備排水量 39,900 mt 全 長 234 m 全 幅 30.48 m 喫 水 9.37 m ボイラー ロ号艦本式専焼大型8基
混焼小型4基主 機 ブラウン・カーチス式タービン4基 出 力 91,000馬力 速 力 26.5 kt 主 砲 40.6 cm 45口径 10門(連装5基) 副 砲 14 cm 20門(単装20基) 高角砲 8 cm 4門(単装4基) 魚雷発射管 61 cm 8門(固定式:水上) 装 甲 垂直:280 mm VC(15度傾斜)
水平:100 mm
水中:76 mm安全戦闘距離 対40cm砲弾15,000〜20,000 m 建造所 加賀:神戸川崎
土佐:三菱長崎ワシントン軍縮条約の結果建造中だった両艦は廃艦が決定したが,空母へ改造中だった天城が関東大震災により破壊されたため,加賀が代わりに空母へ改造された。また船体が完成した土佐は実艦標的とされ,これに砲弾・魚雷などの実弾攻撃を加え多くのデータを得た。この時得られた砲弾の水中弾効果に関する知見が,後に91式徹甲弾や水中防御の開発につながった。また両艦用の主砲塔は長門・陸奥の新砲塔として,仰角引き上げの上改装時に搭載された。
巡洋戦艦 天城 級(天城・赤城・高雄・愛宕)
Battle Cruiser "Amagi" Class (Amagi, Akagi, Takao, Atago)
加賀級に比べ,攻撃力は同一で,速力を増した代償として防御力を削減した艦。戦艦に対する巡洋戦艦の位置づけの典型といえる。ボイラーを7基増設して出力を40,200馬力増加,全長も16m増加して細長い船形となり30ktの高速を得た。重量節約のため装甲を1インチ減らしたものの,それでも排水量は1,300t増加している。造機技術の不十分な国で,高速(大出力)を得ることの代償の大きさが窺える。
常備排水量 41,200 英t 全 長 250 m 全 幅 30.8 m 喫 水 9.45 m ボイラー ロ号艦本式19基(混焼) 主 機 技本式蒸気タービン 出 力 131,200馬力 速 力 30.0 kt 主 砲 40.6 cm 10門(連装5基) 副 砲 14 cm 16門(単装16基) 高角砲 12 cm 4門(単装4基) 魚雷発射管 61 cm 8門(固定式:水上) 装 甲 垂直:256 mm VC(傾斜) 建造所 天城:横須賀工廠
赤城:呉工廠
高雄:三菱長崎
愛宕:神戸川崎ワシントン海軍軍縮会議の結果,建造中だった加賀以降の主力艦は廃艦が決定した。そこで高速な巡洋戦艦天城・赤城は保有枠に空きのある空母への改造が決定した。しかし関東大震災の結果,船台上にあった天城は船体に損傷を受け,代艦として戦艦加賀が空母へ改造された。排水量はほぼ同じながら,全長や速力などがかなり違うこの2艦は,「準同型艦」という特異な関係となりました。
戦艦 紀伊 級(紀伊・尾張・11号艦・12号艦)
Battleship "Kii" Class (Kii, Owari, 11th, 12th)
天城級の防御力を強化した型で,実質的には準同型艦。垂直装甲は加賀級よりさらに0.5インチ厚くなっており,この結果天城より排水量が1,400t増加し,喫水が0.25m深くなっています。
常備排水量 42,600英t 満載排水量 約50,000 mt 全 長 250 m 全 幅 30.8 m 喫 水 9.70 m ボイラー ロ号艦本式19基(混焼) 主 機 技本式蒸気タービン4基 出 力 131,200馬力 速 力 29.75 kt 主 砲 40.6 cm 10門(連装5基) 副 砲 14 cm 16門(単装16基) 高角砲 12 cm 4門(単装4基) 魚雷発射管 61 cm 8門(固定式:水上) 装 甲 垂直:292 mm VC(傾斜) 建造所 紀伊:呉工廠
尾張:横須賀工廠
11号:神戸川崎
12号:三菱長崎
戦艦加賀を上回る防御力と,巡洋戦艦天城に匹敵する速力を兼備した高速戦艦で,攻防速とも充実した,八八艦隊戦艦の完成型と言えます。完成すれば,その戦闘力は後のキング・ジョージ・5世級(英),ノース・カロライナ級(米),ビスマルク級(独)をも凌駕しています。
巡洋戦艦 13号艦(13〜16号艦)
Battle Cruiser "13th ship" (13th ~ 16th)
八八艦隊の最後に計画されたこの4隻は,主砲に18インチ砲を採用することが最大の特徴でした。基準排水量は47,500tで,後のアイオワ級に匹敵します。なお主砲が18インチである点以外は,本級と大和級に共通点はありません。
常備排水量 47,500英t 全 長 277 m 水線長 約274 m 全 幅 30.8 m 喫 水 9.75 m ボイラー ロ号艦本式専焼 主 機 技本式蒸気タービン 出 力 150,000馬力 速 力 30.0 kt 主 砲 46.0 cm 8門(連装4基) 副 砲 14 cm 16門(単装16基) 高角砲 12 cm 4門(単装4基) 魚雷発射管 61 cm 8門(固定式:水上) 装 甲 垂直:330 mm VC 建造所 13号艦:横須賀工廠
14号艦:呉工廠
15号艦:三菱長崎
16号艦:神戸川崎異常なほど細長い船体が特徴で,細長いことで有名なアイオワ級よりさらに全長が長く,全幅は1割も狭くなっています。これでは構造重量の増加,防御力の低下,安定性の不足による砲の命中精度の低下が著しいと思われ,実際に建造するなら設計は根本的に変更されたのではないかと考えられます。本級も艦幅や深さといった船体の要目(恐らく防御要領も)が加賀級以降の各艦と共通ですが,これだけの大主砲を持つ大型艦を加賀級の全長増大型として設計するのは無理があります。
この点から考えて,本艦の要目は正式なものではなく,単なる試案であった可能性も高いと言えます。一説によると,18インチ砲搭載の13号艦は後日私案として作られたもので,正式な計画では本級は紀伊級の5〜8番艦であったとも言います。