一般的な特徴 |
大和級の安全戦闘距離は,自艦の搭載する46cm45口径砲に対し20,000 ~ 30,000mの戦闘距離で安全というものである。この距離は第2次大戦の実績からいっても相当に遠距離で,日本海軍が遠距離砲戦を重視していた(しすぎていた)ことが窺える。これは水平装甲の重量が非常に大きくなることを意味し,制限された排水量でこれを達成するため徹底した集中防御方式を採用した。その結果全長に対する主要防御区画長の比は53.5%であり,長門級の63.15%はもちろん,加賀級の55.0%よりも短い。この極端な集中防御が,良くも悪しくも大和の防御方式を特徴づけている。
防御方式としては,新世代の戦艦らしく1層防御方式を採用している。このため水平装甲は中甲板のみであり,水線部装甲も背後に斜め防御甲鈑を持たない。破壊力は1重の装甲で完全に受け止め,装甲鈑背後の水防壁で浸水をくい止める設計となっている。
直接防御について |
予備知識 安全戦闘距離
砲弾は装甲鈑に垂直に命中したときに最も貫徹しやすく,斜めになるにつれて貫徹しにくくなる。戦艦の装甲は水線部ではほぼ垂直に,甲板では水平に取り付けられている。そのため近距離から発射された砲弾は弾道が水平に近いため水線部装甲は貫徹しやすく,甲板装甲は貫徹しにくい。一方遠距離から発射された砲弾は大きな角度で落下してくるため,水線部装甲は貫徹しにくくなるが,甲板装甲は貫徹しやすくなる。つまり水線部装甲は距離が一定以上に遠くなると敵弾に対し安全となり,甲板装甲は一定以下に近くなると安全となる。水線・甲板の両装甲ともに安全な距離を「安全戦闘距離」という。(詳しくは「軍艦の防御」参照)
水平・対爆弾防御(甲板防御)
大和級は水平防御が非常に厳重である。中甲板に設置された厚さ200mmのMNC甲鈑は,46cm砲に対して30,000m以内の戦闘距離で安全を保障する。16インチ砲に対してはさらに安全戦闘距離は長くなり,15インチ砲では最大射程でも貫徹は不可能である。また装甲厚は弾薬庫・機関部共通であり,主要防御区画はすべて同等の防御力を持つ。機関部は重量節約のため弾薬庫より装甲を薄くする場合があるが,大和はこの点で完全主義をとっている。機関部まで完全防御可能となったのは,艦幅を広くとった結果全機関が横1列に配置され,機関部の全長を短くできたことが大きい。
水平装甲は同時に航空機から投下される爆弾に対する防御も兼ねる。46cm砲の遠距離射撃に耐え得るよう設計された大和の水平装甲は非常に強力な対爆弾防御となった。爆弾の投下法には水平爆撃と急降下爆撃があり,爆撃機から水平に投弾する水平爆撃は,命中率は低いが落下により弾速が速くなるため,徹甲爆弾を使用した場合は装甲鈑にとって脅威となる。急降下爆撃は命中率は高いものの,落下速度は航空機(それもレシプロ)の出せる速度+αであり,爆弾の炸裂効果しか期待できない。大和の水平装甲は,水平爆撃された徹甲爆弾に対し以下の防御力を持っていた。
水平装甲の対爆弾能力
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通常1,000kgを越える爆弾が使用されることはなく,3,000m以上からの投弾では命中率も極めて低い。現実に想定される戦闘において,大和の水平装甲が爆弾により貫通される恐れはまず無いといえる。
主砲塔天蓋の装甲厚は270mmで,アイオワ級の1.5倍に達する。第1次大戦で英戦艦が遠距離砲戦により主砲塔天蓋を打ち抜かれ,弾薬庫誘爆により轟沈した教訓を重視していたことが窺われる。日本海軍は攻防共に弾薬庫誘爆による轟沈を意識しすぎた嫌いがあり,大和級ではそれが46cm砲の採用や強固な直接防御に表れている。なお大和の装甲は耐弾力に余裕のあることが後日判明し,3番艦信濃では主砲塔部で20mm,水平及び垂直装甲を10mm減厚している。その重量は艦底部防御の充実に充てられた。
垂直防御(舷側防御)
大和の垂直装甲はVH(Vickers Hardened,ヴィッカース製表面硬化)鋼を用いた厚さ410mm,傾斜角20°の装甲である。傾斜鋼鉄自体は加賀級・天城級ですでに採用されていたが,両艦は空母に改造されたため,戦艦として装備したのは日本海軍で本級が最初である。米ではノース・カロライナ級以降で採用し,英はネルソン級で採用するもキング・ジョージ5世級で垂直に戻している。また水中弾防御を重視し,水線部装甲下端は喫水線下2.5mまで延長されている。装甲の上端部は背後を水平装甲鈑がつっかい棒のように支え被弾時の衝撃を受け止めるが,下端部の支持構造に問題があり,魚雷の爆圧でこの部分が船体内部へ押し込まれて浸水を生じたことがあった。
大和の水線部装甲は46cm砲に対し20,000m以上の距離で安全なように設計されたが,実際の戦闘ではそれ以下での戦闘も多く行われ,垂直装甲は相対的に薄いと言える。しかし16インチ以下の砲に対してはより近い距離でも安全であり,また相手が18インチ砲を搭載していれば戦闘は比較的遠距離で行われると推測でき,弱点と言うほどのものではない。このように大和級の装甲は18インチ砲同士による遠距離砲戦に焦点を当てた設計となっている。水平防御の仕様と併せ,主要防御区画は46cm砲に対し20,000 ~ 30,000mの戦闘距離で安全である。
水雷・水中弾防御(喫水線下防御)
大和の水雷防御甲鈑は水線部装甲鈑の延長という形になっている。厚さ410mmの水線部装甲は喫水線下2.5mにおいて弾薬庫で270mm,機関部で200mmに減厚している。弾薬庫ではここから傾斜角25°でVH甲鈑が下部へ延び,喫水線下約6mで100mmの厚さになりここから艦底部装甲へと接続する。ここより下部は対砲弾・魚雷ともに無防御である。機関部では14°の傾斜角で艦底部の80mmまで連続的に減厚していく。この範囲は上下2枚の甲鈑で構成され,上半分は200~100mm厚でMNC鋼,下半分は100~80mmでCNC鋼である。喫水線より下はバルジが文字通り外へ張り出し,魚雷弾頭の爆発点を水雷防御壁から遠ざける。
旧来の戦艦(長門級以前の日本戦艦やノース・カロライナ以前の米戦艦,その他諸国の戦艦)では水線部装甲と水雷防御板が別構造で,水雷防御板は柔軟性に富む防御板を用いていたが,大和級では水中弾となった徹甲弾を防ぐ見地から硬度の大きい装甲鈑を用いている。この傾斜した水線部装甲下端から艦底部まで傾斜装甲を延ばす方式は,米国でもサウス・ダコタ級以降の戦艦で採用され,水雷防御と水中弾防御をうまく両立した,戦艦としてもっとも望ましい防御方式である。装甲に傾斜を与えることで,砲弾に対しては撃角を大きくして耐弾力を高め,魚雷に対しては舷側外板からの距離が大きくなって防御力を高められる。
しかし大和に関しては,剛性の大きな装甲鈑で水雷防御を実施した結果,防御板のようにそれ自体が変形して衝撃を吸収することがなく,装甲鈑の端が爆圧で一時的に曲がり背後の水防壁を突き破って浸水を生じる事態が発生した。徹甲弾を防ぐための硬い装甲鈑と,魚雷の爆圧を吸収すための靭性の大きい水雷防御鋼板の性質の違いに起因する欠陥であった。この問題については後述する。
艦底防御
主要防御区画のうち,特に弱点となる弾薬庫については艦底部も装甲を設置しており,これを実施したのは世界の戦艦でも大和級のみである。舷側装甲は水線下6mで270mmの厚さとなっており,ここから80mmのCNC甲鈑を斜めに艦底部まで延し,艦幅の中央付近では50mmのCNC甲鈑を水平に設置してある。
結局第2次大戦では艦底起爆魚雷は使用されなかったが,今日の潜水艦発射魚雷は艦底で起爆し,キールを含めた船底部を大規模に破壊する方式になっている。またロシア海軍の戦艦が停泊中,イギリスの特殊部隊が艦底に大型機雷を設置・爆発させ,火薬庫誘爆により轟沈したと推定される例も存在している。
大和の艦底部防御は先見の明があったと言えるが,これは同時に側方からの通常魚雷による攻撃に弱点を持つことになった。この弱点は後述する。
舵取り機室の防御
舵取り機室に主要防御区画並の直接防御を行ったことは大和級の特徴である。米海軍も同様の防御を行っていたようだが,英・独海軍では無防御であった。舵取り機室が損傷した場合艦は行動不能になるため,非常に重要な部分である。ドイツ海軍の戦艦ビスマルクは船体の損傷が致命的でないにも関わらず,舵取り機室を1発の魚雷により破壊され艦の喪失に至った。
大和は主舵・副舵の2つを前後に配置してあり,それぞれ装甲防御されている。後部の主舵舵取り機室はほぼ主要防御区画並の装甲厚だが,副舵の方は若干薄い装甲となっている。装甲の配置は砲弾に対する防御を意図したもので,下面の装甲は50mmと薄く,魚雷に対する防御は不十分であったと思われる。
主要防御区画外の直接防御
集中防御方式の採用は,非防御部が多くなることも意味している。非防御部の破壊が原因で艦の生命が危うくなっては意味がないため,若干の対爆弾防御が施された。主要防御区画の前後部の最上甲板に50~35mmCNC甲鈑を張り,対爆弾防御とした。船幅の中央付近は50mm,舷側付近は35mmである。主要防御区画よりはるかに劣るものの,50mmの部分では200kg爆弾の急降下爆撃に耐える程度の防御力を持っていた。
蜂の巣甲鈑および煙突
ボイラーへの吸排気の通路は水平装甲の弱点となる。従来の戦艦ではこの孔をコーミング・アーマーと呼ぶ縦の装甲で囲い,大落角砲弾が艦内に飛込むのを防いだ。しかし想定砲戦距離が長くなると,砲弾の落角も大きくなりコーミング・アーマーの高さも高くなり重量がかなり増加する。そのため大和級では「蜂の巣装甲」と呼ばれる多孔式甲鈑を採用した。これはMNC甲鈑に直径180mmの孔を多数開けたもので,開口部の面積は非開口部の面積の45%とされた。孔の存在により耐弾性が低下するため,通常の水平装甲200mm厚に対し,蜂の巣甲鈑は380mmとした。
コーミング・アーマーも蜂の巣甲鈑も砲弾の進入を防ぐためのもので,爆弾を防ぐためのものではない。爆弾が蜂の巣甲鈑に命中した場合,弾体そのものの進入は防げても,そこで爆発した爆圧は吸排気経路を通じて機関部に侵入し,ボイラーを破壊してしまう。この対策として,蜂の巣甲鈑に達する前に爆弾が爆発するよう,煙突の基部に70mmの装甲を施しここで爆発させるようにした。
装甲鈑の材質
1)VH甲鉄(Vickers Hardened)
戦艦の舷側装甲鈑は,硬い砲弾の貫徹を防ぐために表面が硬いこと,なおかつ衝撃で折れないよう靭性を持つことが要求される。このため,基本になる材質に熱処理・化学処理を加え,表面部の硬度を増加させる。
大和の舷側・主砲塔前側面部はヴィッカース硬化鋼(VH鋼)が使用されている。これはヴィッカース浸炭鋼(VC鋼, Vickers Cemented)の改良で,浸炭処理を省略したことが最大の相違である。VC鋼は長門級までの戦艦で用いられたもので,2段階の硬化処理を施してある。VC鋼は表面の20~25%の厚さを熱処理により硬化(硬化処理:Harden)させ,さらに最表面10mm程度は炭素を浸透させて(浸炭処理:Cement)非常に硬い超硬化層を形成させる。
VH甲鉄 |
硬化処理(Hardening) |
VC甲鉄 |
硬化処理(Hardening)+浸炭処理(Cementing) |
浸炭処理は甲鈑と炭素粉末とを交互に重ねて炉に入れ,2週間ほど数百℃の高温に維持することで行う。非常に手間がかかると同時に,最後の焼入れの際に表面に亀裂が入りやすく,その場合は耐弾力が低下してしまう。
大和の装甲では,46cm弾の貫徹を防ぐためには硬化層の厚さを35%(140mm)程度と非常に厚くする必要があった。この結果,浸炭による超硬化層が10mm程度加わっても耐弾性への寄与は相対的に低くなった。そのため製造の手間と亀裂の発生を考慮に入れて浸炭処理を廃止した。この結果甲鉄の製造に関する費用と時間は半減し,表面亀裂も発生しなくなった。この結果VH鋼は大和級の建造費の節減に大きく貢献した。
2)MNC甲鉄(Mo Non Cemented)
3)CNC甲鉄(Cu Non Cemented)
甲鉄成分表
当然ながら,下記以外の成分はFe(鉄)である(少なくとも理論上は)。
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C |
Ni |
Cr |
Cu |
Mo |
VH |
0.43~0.53 |
3.7~4.2 |
1.8~2.2 |
- |
- |
VC |
〃 |
〃 |
〃 |
0.20 |
- |
MNC |
0.30~0.38 |
3.3~3.8 |
1.8~2.2 |
- |
0.25~0.40 |
CNC |
0.38~0.46 |
2.5~3.0 |
0.8~1.3 |
0.9~1.3 |
- |
CNC1 |
〃 |
1.8~2.3 |
1.5~2.0 |
0.6~1.0 |
- |
CNC2 |
〃 |
1.3~1.8 |
〃 |
〃 |
- |
NVNC |
VCと同じ |
装甲鈑の接合部
間接防御について |
間接防御とは一般的に非装甲区画を細かく水防区画に区切り,浸水した場合でも浸水範囲を最小限に抑えることとされる。しかし装甲以外による防御力強化手段としては,ダメージ・コントロールや重要機器の分散配置など多くの手段がある。今日の艦艇では単純な「防御力」でなく,被害を受けてなお戦闘力や航海力を維持する「生残性」が重要視されている。そこでここでは直接防御以外の生残性向上策全般を間接防御として扱う。
予備浮力
大和の間接防御で特徴的なのは,その予備浮力の大きさである。予備浮力とは喫水線以上の水密区画がもつ浮力で,理論上は浸水量が予備浮力以下であれば艦は沈まない。逆に予備浮力が小さければ浸水量自体は小さくても艦は危険な状態になりかねない。戦艦の船体は一般に乾舷が低く,したがって予備浮力も小さい。乾舷が低いのは船体の容積を減らして重量を減少させること,側面積を減らして被弾しにくくすること,重心(特に主砲塔)を低下させることなどの要求による。しかし重量制限が厳しい大和としては意外なことに,排水量に対する予備浮力の比率は他の戦艦に比べて相当大きい。このため,艦形が大きくなった以上に浸水に対して抵抗力が大きくなっている。
予備浮力比較(公試状態)
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復元力
注排水能力(ダメージコントロール)
主要防御区画外の水密区画
防御上の弱点 |
舷側装甲の支持構造
副砲の防御
艦底部の無防御区画
非防御区画
水密区画の設計
総 評:大和級の防御力 |