排水量 基準状態:11,213英t
公試状態:13,320 mt喫水線長 198 m 最大幅 19.4 m 喫 水 6.23m ボイラー 基 数:8基
発生出力:19,000馬力/缶主 機 蒸気タービン 4基,4軸 機関出力 152,000 HP 速 力 35.0 kt 航続距離 8,000nm/18 kt 燃料積載量 2,690 t 主 砲 20.3 cm50口径 8門(連装4基) 高角砲 12.7 cm40口径 8門(連装4基) 機 銃 25 mm 18門(3連装6基) 魚雷発射管 61 cm 12門(3連装4基) 航空機 水上機×5
カタパルト×2装 甲 垂直
弾薬庫 145mmNVNC(20度傾斜)
機関部 100mmNVNC(20度傾斜)水平
弾薬庫 56mmCNC
機関部 31mmCNC + 34〜40mmDS計画乗員数 874 人 建造所 利根:三菱長崎
筑摩:同 上完成年 利根:昭和13年11月20日
筑摩:昭和14年5月20日
建造の経緯 利根級は艦名に川の名を持つことで分るように,元々軽巡洋艦として計画された。軍縮条約による軽巡の定義は15.5cm以下の主砲を搭載すること(排水量は問わない)なので,長砲身の15.5cm砲を大量搭載して対20cm砲弾防御を持たせ,重巡の戦力を持つ軽巡を合法的に建造できるよう計画された点は最上級と同様である。しかし最上級は就役後,軍縮条約の失効を待って主砲を20.3cm砲に換装したのに対し,利根級は完成前に条約が失効したために最初から重巡として完成した。また最上が設計の無理による船体強度・復元性の欠陥改良を余儀なくされた教訓を当初から設計に採り入れ,対策を行った。
武 装 利根の最大の特徴は主砲を全て前部に集中し,後甲板を水上機の運用スペースに充てたことである。これは多数の水上機を主砲の爆風の影響を受けずに搭載するために取られた配置である。このため水上機は主砲戦の後も使用可能であり,他の巡洋艦が砲戦時には搭載機が主砲爆風で破壊されることを前提としていたのと大きく異なっている。水上機搭載の代償として,主砲は以前の重巡より2門少ない8門となった。主砲の前部集中による後方死角を極限するため,3・4番砲塔は後ろ向きに搭載した。門数は減ったものの,集中配置されたために主砲散布界が小さく命中率が高くなり,実質的な攻撃力は10門艦に劣らなかった。高角砲は標準的な12.7cm砲を8門搭載し,射撃指揮装置として新式の九四式高射装置を装備していたが,第二次大戦時の航空攻撃に対処するには不十分だったと考えられる。また61cm魚雷発射管12門の構成も最上に準じ,九三式酸素魚雷の性能と相まって諸外国の巡洋艦に比し圧倒的に有力であった。
防 御 主砲を前部に集中したため後部弾薬庫も無くなり,このため主要防御区画長を短くして集中防御が可能となった。この節約重量は装甲鈑の増厚に用いられ,弾薬庫の装甲は水線部で145mm,甲板で56mmと最上よりそれぞれ5mm,16mm増加し,日本の巡洋艦中最も厚い。舷側装甲は20°の傾斜を持ち,下部に行くほど薄くなって魚雷防御縦壁と水中弾防御を兼用する。この設計は最上級と同じだけでなく,戦艦大和やアイオワなどとも同様で,大口径砲搭載艦の最も合理的な防御方式といえる。新造時の最上は水線部の装甲が外部に露出していたのに対し,利根はバルジの上端がそのまま水線装甲を覆って乾舷につながり,装甲板が完全に艦内に隠されたインターナル・アーマー式である。海水による装甲の腐食を抑え,長期的な防御力の低下を防ぐ点でより合理的な設計であった。このように重防御であった点が利根の隠れた特徴である。なお機関部の水平装甲が最上級より4mm薄くなっているが,実質的には本級の方が防御力は強力であり,その理由は後述する。
機 関 機関部の構成は最上級3番艦鈴谷以降と同様で,19,000馬力のボイラー8基と蒸気タービン4基による4軸推進である。最上と同様戦艦大和よりも大きな152,000馬力の出力を持ち,これによる35ktの速力は諸外国の重巡に比し2〜3ktは優速だった。ボイラーを左右に2基づつ4段並べ,1缶1室に収めてある。タービンもボイラー区画の後方に4基を左右2基,前後2段に並べ4室に収める。小区画に分割配置され被害時の浸水量極限に有利なようだが,中心壁により左右が分離されているために片舷浸水時に傾斜の増加を招くため,魚雷の破壊力の大きくなった第二次大戦時においてはかえって不利である。また英米の艦のような各軸の主機を前後にずらしたシフト配置ではないため,最悪の場合1弾の命中により全主機が破壊される可能性もあり,この点で日本式の機関配置は問題があった。これは本級に限らず,日本海軍艦艇の多くに共通する弱点である。
その他 偵察巡洋艦として計画された利根級は大きな航続距離が要求され,18ktで8,000nmである。これは14ktに換算すれば12,000〜13,000nmに相当し,最上の8,000nm/14ktより大幅に増加した。また凌波性,復元性,動揺特性など船舶としての主要性能も良好であった。居住性が良好で用兵者に非常に好評だったことは特筆できる本艦の長所である。これは後部主砲が無くなったスペースを居住区画に充てられたことが主因である。このように利根級は攻撃力,防御力,速力,航続力,航空機運用能力,航洋性,居住性などほとんど全ての点で優秀な性能を持ち,用兵者からも絶賛を博した。それは「この艦については何も文句を言う点がない」「帝国海軍の建造した最も優れた艦だ」と言われるほどのものだった。ただしこれらの性能を達成するためには艦型の大型化が必要であり,完成時の基準排水量は12,000tと計画時の1.5倍近くにもなり,日本海軍最大の巡洋艦となった。
外 観
後方の射界を確保するため,3・4番砲塔は後ろ向きに搭載される。2〜4番砲塔は真後ろを除いて後方目標への指向が速く,後方への攻撃力も不足はなかった。艦橋は小型化しすぎた最上級から改正され,よりゆとりのある設計になった。煙突は前部4缶と後部4缶の煙路を途中で1つに結合している。魚雷発射管は誘爆時の被害極限のため,艦橋から離し極力後方に設置された。艦首水線下の形状は2個の機雷をケーブルで連結した日本海軍独特の係維機雷の連結索を乗越えるよう設計された大正時代以来のもの。以後に完成した阿賀野等の軽巡は造波抵抗減少のため球状艦首を採用した。舷側装甲が外板内部に隠されているため,他の日本重巡と異なり舷側にナックルラインがない。
船体構造の特徴
利根と鈴谷(最上級3番艦)の船体構造比較
上の利根級と最上級(鈴谷)の横断面を比較すると興味深いことに気づく。それは高角砲甲板と上甲板の板厚である。鈴谷では高角砲甲板に本来の鋼板に加えて最大25mm厚のD鋼板が追加され船体強度を補強している。対して利根級では高角砲甲板はわずか6mmの厚さしかなく,一方で上甲板が約40mmと非常に厚い。このことから利根級の設計に関する2つの事実が判明する。
1)利根級の船体強度構造
船体最上部の甲板は,船底と共に重要な強度部材である。艦が波の山に乗り上げたとき,艦の前後が垂れ下がり甲板には大きな引っ張りの力が掛かる。一方波の谷に入ったとき,艦の前後が持ち上がり甲板には大きな圧縮力がかかる。上部甲板はこれらの引っ張り・圧縮の力に耐えられるよう,十分な強度を持っている必要がある。
最上級では,下図に赤く示したように船体中央付近では上甲板に加えて高角砲甲板もこの強度を受け持つ。一方利根級では,高角砲甲板が非常に薄いため力が加わると容易に伸縮して強度を受け持たず,力はほとんどが厚い上甲板にかかる。つまり最上級では高角砲甲板は強度的に船体の一部を構成するのに対し,利根級では船橋楼として船体上に乗っているだけの構造である。
本来なら強度を受け持つ甲板は高い位置にある方が強度を保ちやすい(太い棒が折れにくいのと同じ原理)。しかし最上級のように上甲板から一段高い高角砲甲板へ伸縮力を伝えると船体の構造に不連続が生じ,無理が生じやすく重量も増加する。横断面図でも高角砲〜上甲板間の舷側部にも相当の厚さの板材を張り,両甲板間の力の伝達に相当の重量を割いていることが分かる。利根級はそうした不連続な構造を避け,船体強度を艦首から艦尾まで一貫した上甲板に受け持たせることで構造重量を節約している。外見上は両級の船体は似た構造をしているが,強度的には全く異なる構造となっている。
また最上級は竣工当初高角砲甲板の前後端が3・4番砲支等につながっており,その結果温度変化による高角砲甲板の伸縮によって砲支塔が変形し,砲塔旋回不能を引き起こした。このように最上級の不連続な船体構造は重量的にも構造的にも望ましいものでなく,利根級ではこの点が根本的に改正され,より合理的な設計となっている。
利根級と最上級の船体強度構造の違い 2)利根級の水平防御
利根級は上述のように船体中央部では上甲板厚が約40mmに達する。そしてその材質が耐弾性にも優れたD鋼(Ducole Steel)であるため,上甲板は実質的に水平防御甲鈑としても機能することになる。つまり利根級は船体中央部においては水平防御が2層防御方式となっている。利根級の水平装甲鈑(弾薬庫では下甲板,機関部では中甲板)は弾薬庫では最上級より16mmも厚いが,機関部では逆に4mm薄い。これは機関部の防御が最上級より弱いことを意味しない。上甲板の防御力を合わせればその防御力は最上級よりもさらに強力である。
また上甲板が厚いため魚雷誘爆時にその破壊力を受け止めると共に,高角砲甲板が薄いため爆発力は上方に逃げやすくなり二重の意味で船体への被害を減少させられる。この防御力強化を,船体構造の合理化と併せて行うことで重量を減少させつつ実現した設計手法は見事と言うほか無く,本艦が日本最高の重巡と呼ばれる片鱗を伺わせる。
利根級はその航空機索敵能力,航続力を生かし主に機動部隊の前衛として戦争の全期に渡って活躍をした。昭和期の日本海軍の象徴と言えば,諸外国に比べて圧倒的に高性能な巡洋艦であり,利根・筑摩はその歴史の最後を飾るにふさわしい傑作艦であった。