軍艦の防御方法
直接防御 直接防御とは,敵の砲弾・爆弾・魚雷などに対し,装甲鈑等によってその破壊力を受け止めて被害を抑える方式である。装甲鈑はかなりの重量を持つので,巡洋艦以上の大きさの艦でないと設置は難しい。
直接防御の種類
戦艦に限らず,第2次大戦中の軍艦で行われた直接防御は大きく次の3種類に分類できる。
1)垂直防御(舷側防御)
これは舷側に設置した垂直な装甲鈑による防御であり,もっとも古くから行われてきた。横から飛んでくる砲弾に対し,舷側に厚い装甲を設置してこれを防ぐものである。
舷側部に砲弾が命中すると,喫水線に近いために浸水を生じ,浮力を失うだけでなく傾斜を招きやすい。一定以上に傾斜すると砲の発射ができず,また航行も困難になる。そこで舷側へ砲弾が命中しても艦内重要部まで砲弾を貫徹させず,また浸水量を極力抑える装甲設置法が研究されてきた。第1次大戦で多用された,舷側垂直装甲の背後に斜め装甲を設け,浸水による喫水線面積の減少を局限させる方式などがある。
2)水平防御(甲板防御)
これは甲板に設置された水平な装甲鈑であり,砲戦距離が遠くなって砲弾の落角が大きくなるに連れて重視されてきた。遠距離から発射された砲弾は放物線を描いて大きな角度で落下してくるため,これを防ぐために甲板にも相応の装甲鈑を設置する必要が生じた。この装甲は同時に航空機からの爆弾に対する防御も果たす。
しかし甲板の面積は舷側の面積よりはるかに大きいため,水平防御を充実させるためには大きな重量が必要であり,また水面上の位置も高いので安定性に与える影響も大きい。戦艦の進歩に連れて,水平防御をいかに充実させるか,その重量を限られた排水量の中でいかに捻出するかに各国の技術者は頭を悩ませることとなった。その結論が,広い範囲に不十分な装甲を張るより,限定された重要部にのみ十分な厚さの装甲を設置する集中防御方式である。
3)水雷防御(水線下防御)
これは魚雷の発達とともに重視されるようになった防御である。砲弾の場合,命中した狭い個所に集中的に強い衝撃力が加わるのに対し,魚雷では広い面積に大きな爆圧がかかることが特徴である。これを直接装甲で受け止めるには相当に厚い装甲を,喫水線下の広範囲に設置する必要があり,重量的に不可能である。そのため爆発ガスを空間で自由に膨張させてエネルギーを吸収し,残ったエネルギーを防御板で受け止める方式が考案された。このクッションの役目をする部分をバルジという。バルジ内には燃料も搭載され,これによってさらに爆発エネルギーを吸収する。バルジと水雷防御板の組合わせにより,現実的な重量で艦内の重要部を魚雷の爆発から守ることができるようになったが,その際にどうしてもバルジが破壊されて大量の浸水と傾斜を生じるため,大型戦艦といえども多数の魚雷命中に耐えることはできない。
装甲鈑による対弾防御を考えるとき,重要な概念が「撃角」である。これは装甲に砲弾が当たる角度を表し,装甲に垂直に当たる場合撃角は0度,装甲と平行になると撃角90度である。容易に想像できるように,撃角が0度の時に砲弾はもっとも装甲を貫徹しやすく,撃角が大きくなるにしたがって斜めに命中するため貫徹力は低下し,90度では貫徹は不能になる。この撃角の影響により,軍艦の防御には「安全戦闘距離」の概念が生じる。
砲弾はある仰角で発射され,放物軌道を描いて飛行し,ある落角で着弾する。仰角も落角も射距離が近ければ小さく,遠いほど大きくなる。大和を例にとると,射距離2万mでは仰角12度43分,落角16度31分である。理論上は最大射程は仰角45度で得られるが,実際は空気抵抗や地球表面の湾曲の影響で,これより小さくなる。
この砲弾が垂直装甲および水平装甲に当たる場合を考えてみよう。射距離が近く弾道が水平に近い場合,砲弾は垂直装甲にはほぼ直角(撃角0度)に,水平装甲にはほぼ平行(撃角90度)に当たる。したがって垂直装甲は貫徹されやすいが,水平装甲はほとんど衝撃を受けない。砲弾が遠距離から発射されると,落角が大きくなり垂直装甲に対しては撃角が大きく,水平装甲に対しては小さくなってくる。この結果垂直装甲は貫徹しにくくなるが,水平装甲はかえって貫徹しやすくなる。したがって垂直装甲は射距離が遠いほど安全であり,水平装甲は逆に近いほど安全である。
装甲鈑と射距離の関係
垂直装甲 :射距離が遠いほど安全 水平装甲 : 近いほど安全 安全戦闘距離:垂直・水平装甲ともに敵弾に破られない距離 ある戦艦の垂直装甲が距離10,000mより遠くで発射された敵弾に耐え,水平装甲は20,000mより近くで発射された敵弾に耐えられるなら,この戦艦は10,000〜20,000m間のどの距離で敵弾を受けても装甲を破られることはない。この範囲を「安全戦闘距離」という。安全戦闘距離は砲と装甲の諸元によって決まる。そのため戦艦や巡洋艦は,自艦の装甲の敵艦の主砲に対する安全戦闘距離,また敵艦の装甲の自艦の主砲に対する安全戦闘距離を記した一覧表を常備し,戦闘を行う場合はこれを元に戦闘距離を設定する。もちろん,敵艦の主砲貫徹力,装甲強度は機密で正確には不明なことが多いため,いずれも推定に基づくことになる。
戦闘に際し,自艦にとっては安全戦闘距離内だが,敵艦にとっては安全戦闘距離外であるような距離が存在すれば,極めて有利になる。1941年に独戦艦ビスマルクと英巡洋戦艦フッドの間で発生したアイスランド沖海戦では,水平防御の弱いフッドは遠距離の砲戦では不利なため急いでビスマルクに接近しようとした。しかし十分に接近する前にビスマルクの主砲弾が命中し,弾薬庫が誘爆を起こして轟沈した。この距離ではフッドの主砲はビスマルクの装甲を貫徹することはできなかったと考えられ,ビスマルクにとっては安全戦闘距離だがフッドにとってはそうではなかったことになる。
ただし,安全戦闘距離とは「致命傷を受けない」戦闘距離ということであり,弾薬庫の誘爆や機関破壊など,艦の生命に直結する被害は生じないという意味である。戦艦の主砲弾の直撃を受ければ例え装甲鈑で防ぎ得たとしてもかなりの損害や,場合によっては戦闘能力の低下をもたらす。例えば,主砲塔に直撃を受ければその砲塔はまず使用不能になり,喫水線付近に命中弾を受ければ相当の浸水・傾斜を生じる。まして方位盤・測距儀などの砲戦指揮装置を破壊されると攻撃不能に陥ってしまう。どれほど重防御された艦であっても,もっとも望ましいのは被弾しないということである。