方位盤射撃システム

第1次大戦以後,戦艦は砲の照準に方位盤射撃システムを導入し,遠距離における砲戦での命中精度を確保しました。このシステムが実際にどのような装置を用いて,どのような手順で照準し,砲弾を命中させるかの原理を解説します。


砲撃の概要

 艦砲は全門を同一目標に向けて発射すると,砲弾は放物線を描いて飛行し,ある一定の範囲(散布界)内のランダムな位置に着弾する。散布界は距離方向に長い楕円形で,戦艦の場合遠近200〜600m,左右100〜250m程度である。この散布界が敵艦を包んでいれば(挟夾:きょうさ),確率的に何発かが命中する。この点はライフル銃や戦車砲のような短距離からの直接照準とはまったく異なる。敵艦に命中する範囲を命中界という。

 射撃の手順は大まかにいって次のようなものである。

1.照 準
1)敵艦の方位・距離を計測。
2)敵艦の速度・進路を計測。
3)砲弾の飛行時間を計算し,着弾時の敵艦の未来位置を算出。
4)その位置に砲弾を落下させるために必要な砲の方位角・仰角を計算。

2.試 射
1)計算に基づき砲撃を行う。
2)弾着を観測し,射撃のずれを修正して再度発射。
3)これを着弾が敵艦を挟夾するまで繰り返す。

3.本 射
1)挟夾後は,全砲門で可能な限り速く斉射を繰り返し,敵艦を破壊する。

 したがって戦闘を有利に行うには,

    1. 照準・試射を経て挟夾するまでの時間を短くし,なるべく短時間で散布界を敵艦に重ねる。
    2. 散布界を小さくし,命中率を高くする。
    3. 砲弾の装填を迅速にし,一定時間になるべく多くの砲弾を発射する。

ことが重要である。3.は装填機構の機械的性能に主に左右されるため,訓練では1.の照準・弾着修正にかかる時間を短くすること,2.の散布界の縮小に重点が置かれていた。光学式照準でもっとも難しいのは正確な測距であり,照準の成否は正確な測距と,弾着の遠近修正にかかっていると言っても過言ではない。


方位盤射撃システムの構成

 方位盤射撃システムではマスト上の高いところに射撃指揮所を設け,ここから敵艦を照準して射撃諸元を計算し,各砲の指向を行った。これは大別して以下の要素から成り立っている。

1. 方 位 盤   照 準
2. 測 距 儀  測 距
3. 的針的速盤  標的の針路・速度 
4. 射 撃 盤  計 算
5. 各 砲 塔  攻 撃

1.方位盤 − 敵艦を照準

 方位盤はその名の通り敵艦の自艦に対する方位(縦・横の2次元)を計測する照準装置である。これに測距儀からの距離情報が加わると,3次元空間内での彼我の相対位置が決定できる。

 方位決定は照準用望遠鏡の十字線を目標艦に合致させることで行う。檣楼上の高い位置に設置された射撃指揮所内に置かれ,旋回式の射撃指揮所とともに敵艦の方へ向け,照準を行う。水面高が高いため,砲塔からの照準に比べ湾曲した海面のかなり遠くまで見渡すことが可能で,また波浪や砲煙による影響を受けにくい。一般的には天文台のドームから覗く望遠鏡のような外見をしているが,大和の場合は円筒形の射撃指揮所の頂部から潜望鏡のように突き出していた。

 操作は「射手」「旋回手」「動揺手」の3人で行い,射手はハンドルにより照準基線を上下方向に調整し,旋回手は左右に調整する。動揺手は水平線が常に眼鏡内で水平になるよう左右の傾きを調整し,射手と旋回手の操作を助ける。また射手はその名の通り,「撃ち方始め」の合図で引き金を引き,主砲を発射する。

 読んだだけでは簡単そうに感じるが,海上の艦は常に動揺していることを思い出してほしい。左右にローリングし,前後にピッチングし,ヨーイングも発生し,荒天下では極めて激しく揺れる(冬の日本海でフェリーに乗ってみよう。しかも昔の軍艦にはフェリーのようなフィンスタビライザーは付いていない)。しかも高速航行中ともなれば(戦闘中はまず高速航行だが)これにかなりの振動が加わる。それらをすべてキャンセルして照準基線を敵艦の前檣楼基部に吸い付かせておかなければならない。この3軸方向の修正操作により,自艦に対する敵艦の方位だけでなく,水平面に対する自艦の傾斜も知ることができる。

2.測距儀 − 距離を測る

 測距儀は光学式の距離測定器である。レーダーであれば電波の反射時間から距離を,ドップラー変位から敵艦の遠近方向速度を調べられるが,目に頼る光学式ではそうはいかない。5〜15mの長い基線の両端に反射鏡をつけ,これを介して望遠鏡で敵艦を見,両反射鏡の角度と基線長をもちいて三角法で敵艦までの距離を計算する。

 反射鏡の調整法は「プリズム式」「ステレオスコピック(ステレオマーク)式」に大別される。プリズム式では左右の画像を視野の上下に表示し,標的の垂直部が上下で連続するようにして距離を測る。ステレオスコピック式は標的を両眼で立体視し(つまり仮想的に眉間が数メートルある巨人になるわけです),立体表示される照準基線と前後関係を一致させて測る。イギリス海軍はプリズム式を,ドイツ海軍はステレオスコピック式を用いていたが,あらゆる点でステレオスコピック式が優れていたようである。大和の場合,15mの基線長を持つ2つのプリズム式と1つのステレオスコピック式を併用し,その平均値を用いる三重測距を行っていた。測距誤差は150m以下といわれる1)

 方位盤や測距儀といった光学装置は非常に高い精度が要求される。製作していたのは,日本海軍なら日本光学(現ニコン),ドイツ海軍ならツァイスといった一流の光学機器メーカーである。これらの技術力が,かなりの程度各海軍の砲戦能力を左右した。

3.的針的速盤 − 相手の進路と速力を測る

 的針的速盤は後述する射撃盤の一部であるが,重要なので別に記す。方位盤と測距儀により敵艦の位置は分かるが,それでは不十分である。敵艦の進路と速度を調べ未来位置に砲弾を撃たなければ,飛行中に敵艦は移動してしまう。例えば大和の46cm砲の場合,射距離20,000mでは弾着まで32秒。敵艦が27kt(14m/s)ならこの間に450m,つまり戦艦の全長の2倍を移動する。射距離30,000mならそれぞれ53秒,740mになる。これらを調べるのが的針的速盤である。

 的針(標的艦の針路)計測は単純な三角関数の応用である。まず敵艦種を判別してその全長を一覧表から調べる。測距儀で敵艦までの距離は判明しているので,その距離にいる敵艦が真横を向いているときの視野角が何度になるかは簡単に分かる。そして的針盤により敵艦の艦首から艦尾までの視野角を測る。敵艦が真横から角度θだけこちらに艦首を向けているなら,今見える視野角は真横を向いたときの視野角にcosθを掛けたものである。つまり敵艦の全長は直角三角形の斜辺に当たり,視野角は底辺,この比から斜辺と底辺のなす角θを計算する2)

 的速を測るには,敵艦の方位と距離から自艦に対する相対位置を時系列で記録し(方位と距離が,定速で移動する用紙上に線図として逐次書き込まれる),これから自艦の速度ベクトルを差し引くと,地球座標系に対する敵艦の速度ベクトルを知ることができる。

4.射撃盤 − 射撃諸元の計算

 射撃盤は機械式の計算機群の総称であり,射撃諸元から砲に与える仰角,方位角をリアルタイムで計算し続け,各砲塔へ伝える。前述のように敵艦の進行方向から未来位置を予測し,そこへ着弾させるために必要な仰角と方位角を計算する。

 当時はコンピューターはなかったため,歯車やプリズムを用いた機械式の計算機を用いていた。このため入力と出力の関係は基本的にカムの形として定義されている。例えば砲の仰角と射距離の関係は,何種類かの仰角で射撃実験を行って弾道曲線を求め,各仰角の中間に関しては補間を行い,仰角=f(射距離)の関係を表すカムを製作したと考えられる。標的までの距離をカムの回転角として入力すると,砲の取るべき仰角がカムのリフト量として出力される,という形だと推測される。

 デジタル計算機ならば計算精度は浮動小数点の桁数で決まるが,アナログの機械式では工作精度がそのまま計算精度になるため,非常に精密に作られていたはずである。

 計算には以下のようなデータが必要となる。

●方位盤・測距儀・的針的速盤から得られるもの
 

摘 要

測定方法

1

自艦の上下動揺角 方位盤射手

2

自艦の左右動揺角 方位盤動揺手

3

敵艦の方位 方位盤旋回手+射撃指揮所旋回角

4

敵艦までの距離 測距儀

5

敵艦の針路 的針盤

6

敵艦の速力 的速盤

●事前に測定・計算・記録しておくもの
 

摘 要

測定目的

7

自艦の針路・速力 敵艦の相対速度ベクトルから差し引くことで敵艦の絶対速度ベクトルを得る。
砲弾の初速(ベクトル)に加える。

8

風向・風速 弾道に影響

9

大気温度・湿度 同 上<*1>

10

地球自転速度
(経度方向の接線速度)
同 上<*2>

11

砲弾種 初速および弾道に影響

12

装薬種 初速に影響

13

装薬温度 同 上

14

装薬量 同 上

15

装薬の効率係数 同 上

16

砲身消耗度 同 上<*3>

17

潜 差
(各砲塔と方位盤の高さの差)
仰角の修正<*4>

18

苗 頭
(各砲塔と方位盤の水平位置関係の修正角)
方位角の修正<*4>

<*1>

大気温度および湿度が高いと(水は窒素や酸素より分子量が小さいため)ともに大気密度が低くなると同時に音速も速くなり,超音速で飛行する砲弾の抵抗は小さくなる。

<*2>

砲弾は回転しているので,地球の自転によりコリオリの力を受ける。

<*3>

各砲門ごとに修正。

<*4>

各砲塔ごとに修正。最初の射撃諸元は方位盤の位置から敵艦へ向けて射撃する場合の値であり,これを各砲塔の位置から標的に到達するよう,仰角・方位角を修正する。
つまり各砲弾は平行に飛ぶのではなく,照準された一点を目指して飛ぶ。そのため近距離での砲撃では弾着はほとんど一点に集中し,水柱は一塊に見えた3)という。

 前述のように試射の弾着位置を観測し,砲術長が遠近・左右の修正量を判断,伝声管で射撃盤の操作員に伝える。修正量をダイヤル操作で入力すると,射撃盤は修正量分だけ弾着位置がずれるよう諸元を計算する。この修正を敵艦を挟夾するまで繰り返す。挟夾した後は,自艦と敵艦が進路や速力を変えない限り修正操作を行う必要はなく,弾着時計の担当を除き射撃盤操作員は暇になる。

 計算では地球座標系を基準に,3次元空間での計算を行っているため標的は必ずしも海面上にある必要はない。そのため同一の装置で標高のある陸上の標的や,空中の航空機に対する照準を行うこともできる(ただしプリズム式測距儀では航空機の測距は困難)。また方位盤が捉えた目標と,真の標的の相対位置が判明していれば射撃盤でその位置修正は可能である。そのため正確な地図があれば,山のこちら側にある標的に対して方位盤で照準し,そこからの相対位置の判明している山の向こう側の標的に対し,山の峰越しに着弾させることも可能であり,これを間接射撃という。

 戦艦金剛と比叡がガダルカナル島のヘンダーソン飛行場を夜間砲撃した際は,陸上部隊が定められた陸上の2点で灯火を焚き,方位盤によりそれぞれの方位を計測,三角法により自艦の海図上の位置を算出し,飛行場に対する相対位置を計算して砲撃した4)。このように夜間や山越など直接照準できない場合,標的との相対位置が判明している目標があれば,これを用いて間接的に照準することが可能である。

5.各砲塔 − 射撃盤と同調

 計算結果は各砲塔へ電気的に伝えられ,メーター(角度通信機)に示される。現代ならば計算結果に応じて自動的に操作されるところだが当時はそうした機構はなく,砲手がメーターの指示値を見ながらハンドルにより水圧機を操作し,旋回・附仰操作を行った。

 各砲塔には一人の旋回手と,各砲門ごとに附仰手がいる。旋回手は砲塔の左右旋回を操作し,附仰手は砲身の上下動を操作する。各操作手の前にはメーターが置かれ,とるべき操作値が基針(もとばり)の位置として示される。一方現在砲塔や砲身のとっている位置は追針(おいばり)で示される。操作手は水圧ハンドルを操作して砲塔や砲身を動かし,追針を基針に合致させることで砲は必要な方向へ指向される。

 ここで思い出してもらいたいのは,艦は動揺しているということである。目標をねらっている間,砲身・砲塔は艦が動揺しても常に一定の角度を保たねばならない。その指示は基針の継続的な移動として示され,艦の動揺を打ち消すように常に移動を続ける基針に,追針を遅れず進まず合わせておく必要がある。基針移動の大元は,動揺に関わらず敵艦を照準基線に捉え続ける方位盤射手・旋回手・動揺手のハンドル操作である。射撃盤はリアルタイムで計算を行うので,ハンドル操作に応じて砲塔の基針も移動し続ける。

 しかし大和を例にとれば砲身一つが重量160t,砲塔全体では2,774tに達する。これだけの大きな慣性を,水圧機のハンドル操作で常に基針の動きに追従させるのは非常な熟練を要することは容易に想像できる。砲側操作手は基針の動きを先読みし,先手を打って操作する必要がある。この操作が達成されている間,砲身は自動安定化装置が働いているかのように,艦の動揺には関係なく地球座標系に対し一定の角度を取り続ける。

 基針と追針が一致すると砲身の点火装置が通電可能な状態になり(基針の表と追針の裏に電気接点がある),後は方位盤射手が引き金を引けば発射可能な砲門が発砲する。発砲後は砲身が自動的に装填角度まで下がる。砲弾の装填完了後はすみやかに附仰させ,ふたたび基針に追針を一致させる。この時,基針への合わせ方が急激だと砲身がぶれ,散布界拡散の原因となる。良好な散布界を得るには各砲手のスムーズかつ正確な操作が不可欠である。

レーダー射撃

 第2次大戦で最も重要な射撃上の変化としてレーダーの実用化が挙げられる。夜間や煙幕,悪天候の中,一方が照準不能な状態で他方がレーダー照準で攻撃を行えば戦闘は全く一方的なものになり,主砲の威力や装甲の厚さも無意味になる。しかし日本海軍ではレーダー射撃が不可能ではないまでも,困難だった。

 大和級の場合,測距儀上に対空見張り用2号1型電探,艦橋横に対水上見張り兼射撃用2号2型電探が設置されており,一応水上・空中とも標的を捕捉できた。しかし距離はともかく方位に関する精度が低いため実用は困難であった。だがレイテ沖海戦で栗田艦隊が米護送空母部隊と遭遇した折,大和は煙幕の向こうにいる空母に対し距離約20,000mからレーダー射撃を行い,その際の方位精度は予想外に良好で,砲弾は空母の至近に着弾した5)

 2号1型電探の航空機に対する有効探知距離は約80kmであり,また2号2型電探(対水上索敵・射撃管制)は副砲弾の飛行を5,000mまで追跡でき,弾着の水柱を15,000mで探知できたと言われる6)が,いずれも操作員の職人芸的な眼力が必要だった。また秋月級の防空駆逐艦は,一号三型電探を対空射撃の測距に用いていたという7)


参考資料
1)  原 勝洋 編:伝承・戦艦大和 下(初版),光人社,286,1994,\2,524
2) 児島 襄:戦艦大和 上巻(初版),文藝春秋,55,1978,\300
3) 山川 新作:空母艦爆隊 艦爆搭乗員死闘の記録,光人社,105-106,1994,\602
4) 歴史群像太平洋戦史シリーズ11 大和型戦艦(2刷),学習研究社,1996
5) 児島 襄:戦艦大和 下巻(初版),文藝春秋,108-109,1978,\300
6) 原 勝洋 編:伝承・戦艦大和 下(初版),光人社,289,1994,\2,524
7) (秋月級元艦長の談話),丸,1980年代初頭


更新履歴

97.09.16  初掲載
97.12.07 戦艦大和の武装ページより転記・修正
98.09.21 5.各砲塔を修正・加筆
98.10.03 全体的に改訂(特に射撃盤の計算法),参考資料追記


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