1. 概 要
本稿では、第2次大戦時に日本海軍に存在すれば最も活躍できたであろう戦艦の仕様はどんなものであったかを、架空の戦艦として検討する。
本級は基準排水量38,500tの巡洋戦艦である。実質的には高速戦艦とも言えるが「攻・防・走」を同等に扱うのではなく、攻を妥協し「防・走」に重点を置いた設計から、特に巡洋戦艦と呼称する。第1次大戦期において、英巡洋戦艦は一般に防御力の犠牲において機動力を追求した戦艦の一種であったが、これは実際の戦闘において危険である。本級は強靭な防御力と高い機動力を両立させ、代償として攻撃力に若干の妥協を行う独巡洋戦艦に近いコンセプトの艦である。ただしカタログ数値のいじり回し(○㎝砲×門、装甲厚△ミリetc.)に興味は無いので、設計上の工夫により諸性能においてなるべく有力な艦となるよう考察するのが、本構想の目的である。
艦隊決戦により敵海軍と雌雄を決する主力艦ではないため、カウンターパートとなる敵戦艦を想定し、それを凌駕する性能を与えるという設計手法は取らない。千変万化する実戦において想定した敵艦とゲームのように遭遇し、対等条件下で砲戦競技を実施するがごとき状況はほとんど起き得ない。なるべく安い建造費とランニングコストで、戦闘の多様な局面で最大限の存在意義を発揮する有用な艦を構想する。
建造された状況を敢えて想定すれば、大艦巨砲主義と主力艦による艦隊決戦が放棄もしくは疑問視され、航空戦力の優越性が認識された状況下、有力な補助艦艇としての戦艦建造が行われたものとする。具体的には大和級の建造は無いか疑問視され、高速戦艦金剛級の代替もしくは大和級の補完として同型4隻の建造が行われたと仮定する。ちなみに艦名は巡洋戦艦であることから山の名前より取り、1番艦より「秋名」「赤城」「筑波」「箱根」とする。架空艦なので1番艦は架空の山名であり、空母赤城はもともと存在しないか2番艦の進水前に戦没したものとする。
※本構想中、実在しない仮想スペックの装備に関しては名称に【架空】を付記する。
基準排水量 満載排水量 | 38,500 T 44,000 t |
全 長 / 喫水線長 全 幅 / 喫水線幅 喫 水 | 250 m / 246 m 34 m / 33 m 10.5 m |
主 砲 | 35.6cm 54口径 9門(3連装3基)【架空】 |
両用副砲 | 15.5cm 60口径 12門(連装6基) |
両用高角砲 | 10cm 65口径 24門(連装12基) |
長距離機銃 短距離機銃 | 35mm 70口径(連装/4連装)【架空】 25mm 60口径(単装) |
舷側防御(3層防御) | 第1層:300mm VH(+10度) =水線部装甲帯 第2層:100〜125mm MNC(-67.5度) =斜め装甲 第3層:75〜125mm CNC(±0度) =水雷防御縦壁 |
甲板防御(2層防御) | 第1層:65〜75mm CNC =露天甲板 第2層:75〜100mm MNC =中甲板 |
速 力 | 32.0 kt |
主 機 | 艦本式15号内火機械2型【架空】 12基 3軸 |
最大出力 | 162,000 shp(9,000 shp 18基) |
航続距離(定格 / 過積載) | 15,000 nm (18 kts) / 17,200 nm (18 kts) |
2. 船 体
2.1 主要目
基準排水量 :38,500 T(燃料・予備水→空虚)
公試排水量 :42,500 t(燃料・食料・真水=2/3積載、弾薬・人員=満載)
満載排水量 :44,000 t(各消耗品・人員→満載)
全長 :250 m
喫水線長 :246 m
全幅 :34 m
喫水線幅 :33 m
喫水 :10.5 m
主要防御区画長:160 m(喫水線長の65%)※ただし推進軸・舵取機防御区画を除く
燃料搭載量 :4,800 t
本級は軍縮条約の制限を受けないとの前提の設計であり、基準排水量は38,500tと条約型35,000t戦艦より1割大きい。これは35,000tでは攻防走を兼ね備えた戦艦とすることは難しいと判断したためである。一方40,000t超になると補助艦艇としてコスト過大であるため、攻防走に弱点を持たない範囲での最小排水量とした。
2.2 重量配分 ––防御重量40%の重防御艦––
船殻 : 9,350t: 22.0%
甲鉄・防御板:17,000t: 40.0%
砲熕 : 5,525t: 13.0%
機関 : 3,825t: 9.0%
重油 : 3,188t: 7.5%
電気 : 1,275t: 3.0%
その他 : 2,338t: 5.5%
合計 :42,500t:100.0%
防御重量が全体の40%と極めて大きく、独ビスマルク級と同等である。これだけ大きな装甲重量比を実現したのは以下の理由による。
1)直接防御(装甲鈑・防御板)を多層防御方式とすることで一層の装甲厚を薄くし、装甲鈑を船体の強度部材として活用し、船殻重量をその分軽くした。本級においてはほとんどの装甲鈑・防御板は船体強度部材を兼ねており、死重量となるのは舷側装甲帯と主砲塔バーベット、舵取機室の装甲程度である。
2)砲熕重量を減らすため、主砲を35.6cm砲9門と船形に比し軽装備とした。通常なら本級の排水量があれば41cm砲9門ないし35.6cm砲12門程度になる。ビスマルク級と比較しても、連装砲塔4基→3連装3基、38.1cm砲→35.6cm砲と砲熕重量を軽量化している。
3)全ディーゼル主機・三軸推進などで低燃費を実現し、同等の航続力の戦艦に比し燃料搭載量は約6割の4,800t(公試状態で3,200t)とした。
2.3 船形概要
船体の平面形は仏ペノエ造船所が仏客船ノルマンディーで端緒を開き、その後日米の新戦艦でも標準となったペノエ船形とする。旧来の戦艦が艦中央が最も幅広で前後に行くほど細くなる紡錘形なのに対し、全長の中央から後部へかけて船体幅がほぼ一定かつ、艦首から中央部へかけてはS字曲線的なラインを描く。船体に生じる抵抗は船体外板に掛かる水圧の前後方向成分の総和であるが、艦首付近では水圧が高いのでこの区間では船幅を小さくし、中央近くでは水圧が低下するので急激に船幅を大きくするS字状の平面形とすることで、単純な紡錘平面形に比べ抵抗を減少できる。ただしこの船形は大和級、ノースカロライナ級など日米の新戦艦で採用されており、特に独創的なものではない。
側面形は艦首から艦尾まで船体に段差の無い全通露天甲板を持つフラッシュデッキタイプであり、これも各国の新戦艦と同様である。ただし日本の大和級が第1主砲塔で乾舷が低く、そこから中央まで連続的に乾舷が高くなる船形であったが、本級ではオーソドックスに船体中央の乾舷が艦首より低く、そこから上昇しながら艦尾へつながり、艦尾は付近は水平である。これはバイタルパート露天甲板に75mm厚の1次装甲、乾舷も露天甲板まで150mmの舷側装甲を配置するため、重心降下・舷側装甲重量の節約のため船体中央付近の乾舷は高くできないためである。一方艦尾には水上機3機の格納庫を設置するため、その艦内容積と格納庫高さを確保するために乾舷を高くする必要がある。
横断面形に特徴があり、喫水線から上は上部ほど幅の広くなる形状で、舷側は外へ張り出す形となっている。これは以下のような理由からである。
- 舷側内側に露天甲板まで傾斜した舷側装甲を配置したため、上に行くほど船幅が広くなる。
- 船体にフレアを設けることで露天甲板に波が上がりにくく、凌波性を良好とする。乾舷が低いためその対策である。
- 対空兵装その他を配置するため、露天甲板の面積(幅)を広くとる。特に舷側部高角砲を船体中心からなるべく離し、反対舷への射界を確保する。
- 舷側を外へ傾斜させることでレーダー波の直接反射を防ぎ、レーダーに写りにくくする。(こうした配慮は既に第2次大戦当時から潜水艦等に認められる)
- 喫水線上の容積を大きくとることで予備浮力を大きくし、浸水傾斜時の復元性も確保する。
2.4 上部構造 ––煙突と後檣が一体化・空力を考慮––
外観上の最大特徴は、前檣より後檣が高く、なおかつ後檣は煙突と一体化したマック(Mack)形状となることである。後檣が六角断面で上部ほど細くなる形状であることと併せ、その艦容は冷戦期のソ連ミサイル巡洋艦(巡洋戦艦)キーロフ級に似ている。
本級の後檣は大和級の前檣のような2重塔状構造ではなく、旧式戦艦と共通する六角形に配した6本の支柱間を薄い外板で覆った構造である。内部に適宜床面を設置し必要機材・諸室を配置する。この構造は軽量化のほか被害軽減および装備された方位盤等の耐衝撃のためである。二重筒型檣楼を採用した大和級では鐘楼の剛性が高まった反面、魚雷命中・主砲発砲の衝撃により主砲方位盤旋回部にゆがみ・旋回不能を引き起している。これは過大な剛性により船体の衝撃が頂上の方位盤にまで伝播したためと考えられる。また武蔵においては鐘楼内部で爆発した爆弾により、上部まで爆煙が噴き上がって大きな損害を受けた。これらの防御上の問題を避けるため、本級のマックは支柱に外皮を張った構造とし、軽量・低重心化、積載装置への緩衝効果、爆圧・火炎の解放を行う。
本マックは前方と後方に頂点を持つ六角断面であるが、前後長は大きく左右幅は小さいため一種の翼断面とも言える。これは高速航行時に空気抵抗を極力減らすことを意図しており、前檣や上部構造物全体にも同様の配慮を行う。この大型後檣が後方にあるため、艦の風圧中心が重心よりかなり後方になり風見安定性が増して直進性に好影響を及ぼす。また大面積かつ位置の高い(モーメントの腕長が長い)風圧側面積は艦のローリングを抑えて動揺周期を長くし、砲撃精度・航洋性を向上する効果も期待できる(20世紀末のハイテク帆船で、帆の装備により未装備の同型船より動揺が減少した例が認められる)。
後檣は本級において重要な機能を果たしている。最上部の海面高は42mに達し、そこに主砲用の主方位盤・10m測距儀・照準用レーダーを配置する。前檣上部の方位盤と測距儀は予備であり、通常の日本戦艦とは逆になっている。大和級の37mを上回る高所に照準装置を配置して遠距離砲戦時の照準精度を高める。また後檣は船体の動揺中心に近いため、ピッチングに伴う上下動、ヨーイングに伴う左右動の影響を受け難いため照準に好影響がある。一方で本級は全ディーゼル推進であるため、機関部の直上にある後檣はその振動を受けやすく、これが照準に支障を来す可能性もある(ただし本型で使用する主機は12気筒であるため1次・2次振動がゼロの完全バランスであり、余り大きな振動は生じないはずである)。また砲撃戦の場合、艦が前進している関係上被弾部位は艦の後方に多くなる傾向があり、この点後檣に射撃中枢を配置した方式が弱点となる可能性は無しとしない。
後檣の前後面・側面には高角砲・機銃の照準装置、各種観測装置をなるべく高い位置に配置し、射撃指揮上の中枢となる。また通信用空中線を通常の艦の様に前・後檣と艦首・艦尾間に展張するのではなく、後檣の六画断面の頂点部に壁面に沿わせ、かつ壁面から浮かす形で上下方向に展張する。こうすることで対空射撃により空中線が切断される危険が減るとともに、空中線がほぼ垂直に展張されることで艦周囲のどの方向に対しても無線感度を確保できる(従来の展張法では首尾線方向への感度が低くなり、通信失敗の可能性が生じる)。その他の空中線も、なるべく前・後檣間の中心線上に配置し、照準や射撃の障害となりがたくする。
後檣の後方中部に煙突があり、機関及び発電機、暖房用ボイラーの排気を斜め上方へ向けて行う。後檣前面側に導風孔があり、導入した風を60度上向いた導風板で上方へ吹き上げ排煙・煤・未燃重油が後甲板に落下しづらくし、第三主砲塔測距儀、機銃、艦載機などを汚損しにくくする(この時代の複動式ディーゼル機関は大量の未燃煤を生じる)。
本級の上部構造全般の特徴として、空力をかなり配慮している。空気抵抗は対気速度の2乗に比例して増加する。空気抵抗は水の抵抗よりかなり小さいので船舶では余り考慮されないが、高速の艦が荒天中に強い向かい風に対した時、その合成風速は相当大きなものとなる。艦速30ktsは15.4m/sであり、この艦が15m/sの強風に対すると合成風速は30.4m/s、これは実に109km/hの対気速度であり、艦船の巨大な上部構造に発生する空気抵抗は相当なものになる。これは艦速低下・燃料消費増大だけでなく、船体傾斜や動揺にも影響を与えるため、低減することが望ましい
前檣・後檣その他の上部構造はなるべく平面形を流線形に近いものとし、進行方向と直角な平面はほとんどない。この結果、高速航行・向かい風下での抵抗が減少して速度・航続力に好影響があるほか、風切り音などが低下する。最も大きな後檣は前述のように前後が頂点となる薄い六角形で、一種の翼断面となる。この後檣はその空力作用によりローリングを抑制し、直進性を維持する効果があるのは前述の通りである。
2.5 一般構造への溶接の採用
本級は船体外板へ溶接構造を全面的に採用する。それを可能とする最大の理由は、船体強度の相当部分を装甲鈑でも負担するため、船体外板へかかる応力が低く、強度への配慮が少なくて済むためである。 特に喫水線下の船体に溶接を適用できることは、重量削減のみでなく摩擦抵抗を減少でき高速力・航続力・低燃費に貢献する。大和級においては鋲接構造で強度と抵抗を両立させるため、水圧が高く抵抗への影響が大きい船体前後端の1/8を衝き合わせ接手、それ以外を重ね合わせ接手としたが、本級は全面を溶接構造とすることでリベットの突起も排除し最小限の摩擦抵抗とする。日本海軍では第四艦隊事件などの結果、主要な強度部材への溶接を中止したが、実際は改良された溶接技術により溶接構造でも問題は無いことが後年判明している。
3. 兵 装
3.1 主砲 ––致命弾より有効弾 近距離砲戦の指向––
本級の主砲は、架空スペック砲として35.6cm(14インチ)54口径長砲身砲を3連装3基、9門搭載とする。主砲を小口径かつ長砲身(高初速)とした理由は、艦隊決戦を行う主力艦ではなく、有力な補助艦艇としての位置づけによる。少数の致命弾で撃沈することよりも、高命中率により確実に有効弾を与え敵戦力を減殺することを意図したためである。また本級の防御はほぼ零距離射撃に耐える特殊な多層防御となっているため近距離砲戦に強く、その条件下では空力減速の大きい小口径高初速砲でも威力を発揮しやすい。
3.1.1 想定スペック
略 称 :長36cm砲(仮)
口 径 :35.6cm(14インチ)
砲身長 :54口径
砲身構造:自緊式成層砲
装薬量 :216kg・薬嚢数6
使用砲弾:一式徹甲弾(砲弾重673.5kg、炸薬量11.102kg)
零式通常弾(砲弾重622kg、炸薬量29.55kg)
初 速 :920 m/s(一式徹甲弾)
砲口運動エネルギー:300 MJ
最大射程:48,000m
発射速度:2.5 発/分
装填角度:+3度(固定装填)
俯仰範囲:-5度 〜 +55度
砲身命数:180発
(比較)四一式三十六糎砲要目
砲弾重:673.5 kg
装薬量:144 kg(薬嚢数:4)
初速:775 m/s
砲口運動エネルギー:200 MJ
炸薬: 九一式爆薬 11.102 kg、対弾量比 1.65 %
装薬量を従来の四一式三十六糎砲の1.5倍とした結果高初速であり、14インチ砲ながら砲口における運動エネルギーは300MJと日米の16インチ砲、独仏の15インチ砲と同等である。
日本海軍では英国式の鋼線砲が使用されてきた。しかし鋼線砲は砲身の肉厚が厚く重量が大きいため、45口径を超える長砲身では重力による垂下および発砲時の振動により弾道が不安定となり、散布界が拡散する欠点があった。このため金剛級巡洋戦艦は当初予定の35.6cm50口径砲の採用を中止し、急遽45口径砲に切替えた経緯がある。その後、日本海軍は試製48cm砲を当初成層砲として製造、材質中の欠陥により破損して半鋼線砲に改造した。後年、最上級軽巡の15.5cm60口径砲は成層砲として開発され良好な成績を挙げており、成層砲の技術は着実に開発されていたと推測される。
本級の主砲は口径35.6cmと新戦艦としては小さく、砲身製造に必要なインゴットも小さくて済むため、竣工が想定される1940年代前半では既に成層砲製造に伴う技術的障害は小さいと判断し、成層による軽量・長砲身・高初速砲により高い命中精度を実現するものとする。
口径が小さいため新型の装塡機構を用いて2.5発/分の発射速度を実現し、従来の日本戦艦に比べ約1.5倍の発射弾数になる。実際の発射速度は練度によっても左右される上、実戦においては挟夾までは弾着観測しつつの発砲のため単純に発射速度の速さが戦闘力に反映されるわけではないが、近距離での乱戦状態では有利である。高初速・大装薬量のため命数は180発と少ないが、現実には訓練の実射数も多くはなかったので、それほど問題にはならないと考えられ、必要時は適宜交換により対応する。
3.1.2 高初速砲の採用理由
条約明けの各国35,000t級新戦艦と比較した主砲構成は以下のようである。
・40.6cm砲 9門(3連×3):ノースカロライナ、サウスダコタ
・38.1cm砲 9門(3連×3):ヴィットリオ・ヴェネト
・38.1cm砲 8門(2連×4):ビスマルク
・38.0cm砲 8門(4連×2):リシュリュー
・35.6cm砲10門(4連×2+2連×1):キングジョージV
・35.6cm砲 9門(3連×3):秋名
本級は基準排水量38,500tと1割ほど大きい(ただしビスマルクは実質4万t以上)が、35.6cm砲9門とスペック上は軽武装であり、防御と機動力に重点を置いた構成となっている。ただし副砲・高角砲(共に両用砲)は相当な重武装であり対空火力は大きい。
本級は巡洋戦艦であるため、高速を利して主力部隊の前衛や、巡洋艦や駆逐艦を率いての遊撃戦・水雷戦を想定している。艦隊決戦で戦艦を仕留めることは主目的ではなく、一方巡洋艦や駆逐艦など軽快な艦艇に迅速に命中弾を与え圧倒することが求められる。そのため高初速で命中率の高い、速射砲的な性格の主砲を採用した。
3.1.3 高初速砲による戦闘ドクトリン
条約明けの新戦艦の基本的な構想は、大口径砲(重量弾)による遠距離戦闘である。主砲を遠距離から高仰角で発射し、大落角の主砲弾で敵艦の甲板装甲を貫徹し撃沈する。この思想が顕著なのは米海軍のSHS(Super Heavy Shell:超重量砲弾)である。SHSは従来弾より2割重く、砲口の運動エネルギーを同じとしても初速が低くなる。その分高い仰角で発射され、弾道の到達高度も高くなる。甲板装甲を打ち抜くエネルギーは、最高高度における位置エネルギーを落下により垂直方向の運動エネルギーに換えたものであり、弾道の高いSHSは落角の大きさと相まって甲板装甲の貫徹力に優れる。また低初速かつ正面面積当りの質量の大きいSHSは空気抵抗による減速が少なく、加えて飛行高度が高い分空気密度=空気抵抗も少なく、遠距離砲戦でも運動エネルギー低下が少なく貫徹力に優れる。
ただし、こうした効果が発揮されるには前提条件がある。
「命中すれば」という条件である。
第2次大戦直前、各国海軍は近代戦艦の砲戦距離は2万m弱〜3万m強と想定しており、主砲も装甲もそれに対応したものとなっている(ドイツ海軍を除く)。しかし現実に発生した砲撃戦を見ると、2万m以上では有効な砲撃戦は発生していない。独戦艦ビスマルク対英巡洋戦艦フッドの戦闘では砲撃開始が約20,000 m、フッドへの致命弾の命中が約13,000 mである。フッドは旧式で甲板装甲が弱いと言われていたが、射距離および装甲貫通という結果から見て撃ち抜かれたのは舷側装甲の可能性が高い。命中時、ビスマルク砲術長の「不発か?そのまま入って行っちまった!」との発言(=命中箇所が側方から視認可能)もそれを示唆する。この距離ではフッドのみならず各国のほとんどの新型戦艦も舷側装甲は敵弾に耐えられない。
戦艦による最遠距離の命中は英ウォースパイトと、独シャルンホルストによる24,000mである(米マサチューセッツが仏ジャン・バールに20,000〜24,000mで得た7発は停泊中だったので除外する)。SHSを用いた米海軍も、戦後の射撃試験ではアイオワ級の16インチ砲の散布界は500〜800mに達している。またレーダーを用いた砲撃も測距精度が上がるだけで、命中率に影響する他の要因(照準の方位精度、飛行中の気流、艦の動揺、計算精度、砲や船体の物理精度、敵艦の回避運動など)は共通であり、命中率に大差が生じるとは考え難い。実戦においても命中率は低く、駆逐艦(野分)1隻に対し複数の巡洋艦・駆逐艦が集中砲撃をしても撃沈に30分を要した。
また貫徹弾により敵艦の弾火薬庫を誘爆轟沈させることが戦艦撃沈の基本方針となっているが、実例を見るとポスト・ユトランド型戦艦は弾火薬庫に被弾しても滅多なことで誘爆・轟沈は起こしていない。フッドの轟沈が有名であるが、英海軍では弾火薬庫を含めて防火扉を開放し、装薬も装薬筒から取り出した状態での運用が実態化していたと言われ、構造上というより運用上の問題で誘爆した可能性が高い。戦後米戦艦ミズーリが砲塔内で爆発事故を起こしているが、それ以上の誘爆には至っていない。戦艦霧島の沈没も、至近距離からの被弾で主砲塔が砲撃不能になっており、舷側装甲を貫徹されていたと推定されるが誘爆は起こしていない。ユトランド沖海戦における弾薬庫誘爆の頻発は、英巡洋戦艦がほとんど甲板装甲を持たず、しかも弾薬の取り扱いが粗雑だったことが主因と考えられる。第2次大戦の実態を見る限り、装甲貫徹による弾薬庫誘爆・轟沈はいわば「ファンタジー」であり、新型戦艦は砲撃によっては容易に沈まない。
したがって本級は遠距離においては装甲貫徹する致命弾を狙うのではなく、有効弾を確実に命中させ損害を与えることを優先する。一方近距離であれば低落角の高初速砲が威力を発揮し、敵戦艦の舷側装甲貫徹を狙える。後述するように本級の装甲は零距離射撃にも耐えうるものであり、近距離での打撃戦ではドイツ以外の戦艦に対して圧倒的な優位性を持つ。
高初速砲は
・弾道が低いことで命中界が広がる
・高層気流による弾道の変化を受けにくい
・到達時間が短いため未来位置推定、的艦回避運動に伴う誤差も小さい
などにより命中精度は高くなる。しかし落角が低く空気抵抗による減速も大きいため、遠距離では特に甲板装甲への貫徹力が落ちる。一方距離が近くなれば、低い落角と高い存速から舷側装甲への貫徹力に優れる。そして装薬量・砲口エネルギーが同じであれば、小口径砲の方が小さな貫徹面積に運動エネルギーが集中するので近距離における貫徹力も優れる。本級が対戦艦戦を行う場合、遠距離では高命中率により命中弾を多数与えることで敵艦の戦闘力・航行力を減殺し、距離が近づいてからは舷側装甲への貫徹力を活かして敵艦を撃沈することを旨とする。防御に関しても、ドイツ戦艦を参考とした多層防御装甲により近距離戦闘での敵弾に対する防御力を確保する。当然巡洋艦以下の艦艇に対しては遠近とも高い命中率を確保してこれを撃破する。
3.1.4 装填方式の長短および信頼性
装填方式は固定角度式とする。これは機械的信頼性・安全性を優先するためである。固定角度・自由角度の得失は以下が考えられる。
【固定角度式】
●長所
- 装填機構がシンプルであるため故障を起こしにくく、装填角度が水平に近いため装填不良も起こしにくい。
- 装填機構がシンプルなため小型軽量にしやすい。
- 多連装砲塔の砲室を砲門ごとに分割でき、誘爆への安全性が高い。
- 装薬(爆発物)を薬缶から取り出した露出状態での搬送距離が短く、誘爆の危険性が低い。
●短所
- 装填の都度俯仰する必要がある。そのため特に高仰角において発射間隔が長くなる。
- 俯仰により砲身のぶれ・角度のずれが生じて命中精度に悪影響の出る可能性がある。
【自由角度式】
●長所
・発射間隔が短い。特に高仰角となる遠距離砲撃・対空射撃において有利である。
・俯仰が少ないため、射撃精度に好影響がある。
●短所
・多連装砲門の砲室が一つになり、被弾時に装薬誘爆の危険が大きい。
・露出状態での装薬搬送距離が長いため、誘爆の危険が高まる。
・装填機構が複雑で、機械故障を起こしやすく、重量・容積がかさむ。
・高仰角時に弾重により装填不良を生じやすい。(実際に高雄級重巡の主砲は高仰角で装填できず、長門級戦艦の主砲も角度固定で装填していた)
単純に並べた長短は以上のようであるが、さらに実際の局面について考察してみる。
装填速度に関しては、スペック上の発射間隔は俯仰操作のない自由角度式が早くなるが、実戦ではあまり変わらないと考えられる。理由は、対艦砲撃においては発砲後弾着を待ち、照準の修正をしてから次の砲撃を行うため、少なくとも砲弾飛行時間+照準修正時間の間隔が空くためである。飛行時間は射距離2万mで30秒前後、3万mで50秒前後、それに修正時間を加えるとあまり発射間隔が短くても意味が無い。また本砲は高初速な分、同一射程に対して低仰角で発射できるため、俯仰に要する時間は若干短い。更に本級が有利となる近距離砲撃では仰角が低いため、固定角度装填でも自由角度装填と発射間隔は大差ない。また発射速度一杯の連続砲撃を行えば砲身の冷却時間がなく、砲身は過熱して筒発の危険などから射撃を控える必要が生じる。したがってスペック上の発射間隔の長短はあまり攻撃力に影響しないと考えられる。
もう一つ、機械の信頼性・確実性は非常に重要な点である。戦艦の主砲は量産兵器ではなく特殊な一品生産に近いものであり、訓練においても数発発射ごとに故障するのがむしろ普通なほどである。英戦艦プリンス・オブ・ウェールズも新造直後のデンマーク海峡戦でほとんどの主砲が故障するなど、正常な作動を維持すること自体がかなりの困難を伴う。したがって機構を極力簡素にし故障発生要因を減らすことは、実戦における実力発揮の点で非常に重要である。
また本級に関しては高初速砲とするため装薬を45口径砲の4包144kgに対し6包216kgと1.5倍に増やしており、それを重力に逆らわず確実に装填する点からも、長い薬室を通過して砲弾を確実に装填させる点からも、角度は固定式が望ましい。
したがって、本艦型においては被弾時の安全性、機械故障の減少、装填不良の減少、機構・砲塔の小型軽量化などの観点から固定角度方式とする。
3.1.5 尾栓の開閉方向
多連装砲塔では砲身尾栓の開閉方向が砲塔設計に影響を及ぼす。日本海軍では重量の大きい尾栓を容易に開閉できるよう横方向への開閉とした。この方式では特に3連装の砲塔において砲身間隔が大きくなり、結果砲塔が大型化して重量もかさむ欠点を持っていたため、大和級の主砲では1門のみ開閉方向を逆に製造して間隔を詰め、最上級の15.5cm主砲(大和級の副砲)では更に中央砲の尾栓は斜めに開くなど、量産性・コストの面から難点を持っていた。
本級では後述するように主砲塔を複合装甲的な2層装甲とするためスペースの制約が大きい。そのため砲室を小型化できるよう、尾栓は下に開く方式とし、重力に逆らって閉鎖する欠点はモーターの大力量化で補う。下開きの尾栓は米戦艦も採用している。
3.1.6 砲塔駆動動力の確保
本級で主砲に大きな影響を及ぼすのが、全ディーゼル推進である。日本海軍艦艇の主砲は水圧機により駆動され、水圧機の動力となる水圧ポンプは蒸気により駆動される(大和級では小型蒸気タービンにより水圧用ターボポンプを駆動、それ以前の艦では蒸気レシプロ機関により駆動)。しかし本級はディーゼル推進であるため、主機からの蒸気供給は不可能である。大和級の当初案が全ディーゼルでなくタービン・ディーゼルの併用だったのは、水圧ポンプの動力蒸気が必要だったことも一因である。
砲撃時に最も動力を消費するのは砲身の復座である。砲身は装薬の発生した莫大な発射エネルギーの一部を吸収する形で後方へ駐退するため、これを元の位置へ復座させるには大きなエネルギーを要する。大和級の主砲が発射速度一杯で連続砲撃する際、砲弾に与えるエネルギーを時間平均すると1門当り約15,000馬力に達する。駐退した砲身にもその1/5のエネルギーが蓄えられるとすると約3,000馬力、9門合計で27,000馬力のエネルギーが砲身駐退として蓄積され、よってその複座にも同等の動力が必要となる。全門斉射すると復座のタイミングも全門同時となり、結果動力が不足して発射速度の低下をもたらすので、これを避けることが交互射撃を行う理由の一つである。
発電機を動力源とし、モーターで水圧ポンプを駆動し水圧機を作動させるのは、スペース・重量・動力効率のいずれからも不具合が多い。しかし火薬を取り扱う砲塔内で直接電気モーターを多用するのは、少なくとも当時の日本の技術レベルからは問題が多い(作動時や断線時に火花を生じる危険がある)。妥協案として、駆動動力が大きくなおかつ砲室外に設置しやすい砲塔旋回動力、砲身復座用空気圧縮機には電気モーターを利用する。それ以外の砲身俯仰、装填、揚弾薬は従来通り水圧機を利用し、電動機により水圧ポンプを駆動する。これにより重量やスペースの増加を抑えつつ、砲塔の安全性を確保する。
この方式の意外なメリットとしては、水圧発生にターボポンプを使用しないためポンプ騒音が小さく、結果水中聴音機が効果的に機能することである。大和級では弾薬庫艦底部に設置されたターボポンプの騒音が極めて大きく、水圧機の作動時(戦闘中のほとんどの時間)は水中聴音機が探知不能になったと言われる。水中聴音機は潜水艦の探知はもとより、自艦が高速航行中でも水平線の向こう側にいる艦のスクリュー音・エンジン音を目視より先に探知する場合もあるなど、その探知能力は意外に有用である。大型で喫水も深く、回避運動も鈍い戦艦にとって潜水艦の雷撃は大きな脅威であるため、常時聴音機の探知効果を発揮できることは無視できないメリットである。
更に、砲撃戦中に聴音機を利用できることから夜間戦闘においては敵艦の方位判定及び艦種判別に使用可能である。第三次ソロモン海戦などでも頻発した様に、夜戦ではレーダーや照準に捉えても敵・味方の判断がつかず攻撃できない場合がある。スクリュー軸数、回転数、機関種類などの情報はその判定に役立つ。
3.1.7 砲塔旋回速度・発射速度の確保
特徴的なのは旋回速度を毎秒4度と、3連装砲塔としては高速としていることで、ビスマルクの連装砲塔(5度/秒)の2割減、大和の3連装砲塔(2度/秒)の2倍である。これは艦隊が入り乱れての乱戦になっても有効な砲撃をし、また対空射撃への対応力を上げ速射砲的性格を与えるためである。一方精密な照準を可能とするため、旋回速度は毎秒4度と1.5度の切替式である(ビスマルク級も同様の機構である)。
3連装砲塔を高速で旋回させ、また連続全門斉射でも発射速度を低下させないよう、電動機およびその動力源となる発電機の力量は排水量に対して大きめである。戦艦は一般に全門斉射より交互打ち方(8門艦なら4門ずつ、9門艦なら5門と4門)をとることが多いが、その一因は全門斉射では水圧機の同時使用により水圧が低下、装填速度が低下する場合があるためである。最悪の場合、水圧低下により装填ランマーの突入速度が不足して装填不良を生じかねない。
一方遠距離砲撃であれば、飛翔時間に弾着修正時間を加味すると全門装填を完了するだけの時間的余裕が生じるため、交互打ち方では発射速度を必要以上に遅くしてしまう。そのため本級では連続した全門斉射でも発射速度低下・装填不良を生じない動力の余裕をもたせ、弾着修正ごとに全門斉射して最大の攻撃力発揮を可能とする。
砲を迅速に指向させ射撃機会を逃さず、動力不足による指向・装填速度低下を防ぎ、混乱した激しい戦闘局面でも確実に戦闘力を発揮・維持することを目標とする。主砲に限らないが、本級の基本構想としては単純な数値的スペックよりも、現実曲面において有用な機能的スペックの実現に重点を置く。
3.1.8 弾種切替の迅速・確実化
このトピックは些末なように見えて、その実戦闘力に関する重大な影響を秘めている。
戦艦は一般に徹甲弾(遅延信管、少炸薬)・通常弾(着発信管および時限信管、多炸薬)の2種類の砲弾を搭載する。徹甲弾は戦艦・巡洋艦・大型空母など装甲目標に対して用い、通常弾は駆逐艦・護衛空母・輸送船など非装甲目標および航空機に対して用いる。装甲目標へ通常弾を用いても装甲内部の重要部分を破壊できず、非装甲目標へ徹甲弾を用いても信管作動前に砲弾が貫通してしまい、破壊効果が低くなる。
しかし実際に戦闘が始まり砲撃が開始されると、標的が変わっても弾種変更が間に合わず、そのまま撃ち続けてしまう例が多い。空襲を予期して通常弾(対空弾)を装填していたが、不意に水上目標と遭遇し、咄嗟に徹甲弾への切替が間に合わず通常弾を連射し続けた例などである。サマール沖海戦での大和による米護衛空母砲撃、第3次ソロモン海戦での比叡による米巡洋艦砲撃などでそれが生じている。
そのため本級では現在装填中の弾種によらず、次弾から揚弾筒へ給弾する弾種を直ちに切り替え可能とする。砲塔バーベット内の上部給弾室には誘爆しにくい徹甲弾を1門当り24発、下部給弾室には通常弾を16発ストックしておく(バーベット内にストックする手法は米戦艦や大和級で採用されている)。揚弾筒には上部・下部の両方に給弾口がありどちらの弾種も直接給弾可能なため、給弾室内で並べ替えることなくただちに揚弾する弾種を変更可能である。(※ 大和級の主砲塔も上下の給弾室から揚弾筒へ給弾できる構造になっており、実際にはこの機能があったかも知れない)
さらに弾種変更を確実とするため、方位盤・艦橋・射撃指揮所(射撃盤)・給弾室間に指示・表示回路をつなぎ、指揮所から(号令によらず)次発の弾種を直接指示し、また現在装填されている弾種と次発の弾種が指揮所の表示器に示される。
(※号令による指示や確認が訓練されていても、戦場においてはそれが忘れられる可能性が常にある。その危険性が予期される以上、それを防ぐ手段は最大限講じるのがエンジニアリングである。しかしこの指示装置・表示装置を設置しても、それを「見忘れる」可能性もまた大いにある)
この仕様は、本級は機動力を利して積極的に前線へ投入され、戦闘艦隊・輸送艦隊・航空部隊・陸上目標など多様な標的との乱戦状態に置かれる事態を想定してのものである。例えば戦艦・巡洋艦部隊と交戦中、魚雷攻撃のため急接近してきた敵駆逐艦を直ちに撃破する必要が生じた場合、弾種の切替は効果的である。戦艦主砲の通常弾は小型爆弾並みの炸裂効果と遥かに大きな運動エネルギーがあり、駆逐艦であれば1発の命中で大破・撃沈できる可能性があり、至近弾でも水圧を通じて相当の被害を与える。しかし徹甲弾では船体を貫通しても中破、上部構造貫通や至近弾では実効がない可能性が高い。艦型が小さく機動性の高い駆逐艦には命中弾を与えにくい分、少ない命中弾で確実に無力化するには通常弾の使用が望ましい。同様に、輸送船や護衛空母などにも通常弾の使用が望ましい。
反面、装甲目標に通常弾を多数命中させても余り効果はなく、第3次ソロモン海戦で比叡は飛行場攻撃用の対空用三式弾を切り替えられないまま米巡洋艦に発射した。
(サウスダコタは霧島の砲弾1発と巡洋艦の砲弾40発以上が命中し上部構造は大破したものの艦の生命に影響は無かった。そして戦艦ワシントンの反撃を受けた霧島は徹甲弾9発の被弾により沈没に至った。この夜間砲撃戦は射距離7,000〜8,000mの至近距離で発生しており、徹甲弾であれば霧島の35.6cm砲で十分にサウスダコタの舷側装甲を貫徹可能であった。このとき迅速に徹甲弾に切替え命中弾を与えていれば、サウスダコタにかなりの損害を与え海戦の帰趨が異なった可能性がある。)
戦艦の存在価値はその主砲威力にあるが、弾種を間違えれば主砲の威力そのものが半減し、ひいては艦の存在意義すら低下する。この重要性に関する議論はあまり見かけないが、戦場における生死を分つ要因として、適切な弾種の選択とそれを保証する揚弾薬機能の確保は重要である。
3.1.9 俯仰範囲 ––傾斜反対舷への砲撃と対空射撃への対応––
俯仰範囲は俯角7度〜仰角55度と広くとってある。通常の戦艦なら俯角は5度、仰角は35〜45度程度である。固定角度装填式であるため、俯仰範囲を広くとることのデメリットは余り無い。
俯角を大きくとってあるのは次の理由による。
1)小型艦艇に対する至近距離での砲撃も想定しているため。
2)動揺により敵と反対舷に傾斜した場合も砲撃可能とするため。荒天下であれば最大傾斜が15度を越えることも珍しくない。そうした状態でも極力砲撃可能とする。
3)舷側への浸水により艦が傾斜した場合でも、その反対舷近距離への砲撃を極力可能とするため。
仰角を大きくとったのは対空射撃のためである。本主砲は高初速かつ旋回・俯仰速度を高くして対空射撃を行うことを想定している。ただし固定角度装填であるため、高仰角では発射間隔は長くなる。
3.1.10 砲弾定数・砲身命数
本級は積極的に前線で戦闘を実施すること、また排水量に比し主砲口径・門数が小さいため、1門当りの砲弾定数は多くとり150発とする。戦訓では対空弾(通常弾)の使用が多く、日本海軍の定数である3割では不足する場合があったことから、徹甲弾90発(6割)、通常弾60発(4割)とする。なお、本級の主砲は高初速砲であるため砲身命数が少なく、砲弾定数とほぼ同じであり、砲弾を全数撃ち尽くした場合は砲身内筒の交換を実施する必要がある。
砲弾は2次装甲内側の主要防御区画内に保管されるが、このうち徹甲弾は誘爆を生じにくいため舷側側の2次防御区画、通常弾は誘爆しやすいため中央側の3次防御区画に保管される。
(装薬は砲弾庫の下層に2階分の火薬庫を配置し保管される。本級は高初速砲を採用するため、砲弾1発当り装薬量が従来の1.5倍に達し、更に砲弾定数も多いため1門当り装薬量が従来の2倍強に及ぶ。そのため火薬庫の防御は厳重なものとする。)
本級が搭載する装薬量は、1発当り210kg、1門定数150発で31.5t、9門合計283.5tである。大和級では1発当り350kg、1門定数100発で35t、9門合計315t、金剛級は1発当り140kg、1門定数100発で14t、8門合計112tである。本級は排水量の割にかなり多くの装薬を搭載している。戦艦の攻撃力の大元は装薬の化学エネルギーであることから、装備する主砲口径・門数は少ないものの、本級は排水量に比し大きな攻撃力を内蔵していることが見て取れる。
3.2 両用副砲 ––対艦および遠距離対空射撃––
副砲として60口径15.5cm砲を14門(2連×7基)搭載する。搭載方法は変形ヘキサゴン配置であり、船体中心線後方のみ背負い式に2基装備、片舷砲力は10門である。この副砲塔は基本的に架空軽巡 幾春別 級の主砲と同じもので対空能力を重視した両用砲である。
当初案では対空能力を重視して副砲を廃止し、高角砲を32門(2連×16)搭載するものとしていたが
●対戦艦戦で重要となる15,000〜20,000mの戦闘距離は高角砲の有効射程外となる。
●近距離戦における巡洋艦・駆逐艦に対する攻撃力を確保する。
●対空火力の点でも長射程の対空砲を装備し、風不死級重巡や幾春別級軽巡と同等の対空射程を確保する。
という観点から、両用砲の副砲を搭載することとした。
対空火力としては主砲・両用副砲・高角砲・長機銃・短機銃と5段階の弾幕を展開可能である。また対水上火力としては27,400mの射程を持つ本副砲は、現実的な対水上砲撃が有効となる2万m前後から主砲と同時に攻撃が可能であり、副砲を持たない米戦艦との戦闘においては上部構造・照準装置などの破壊による戦闘力漸減で有利となる。 別に10cm高角砲を12基24門搭載することと併せ、戦後就役した仏戦艦ジャン・バールの15.5cm両用砲を9門(3連×3)、10cm高角砲を24門(2連×12)装備と略同等の対空火力であり、副砲の射界は360度全周である点でこれを上回る
3.2.1 要 目
口径:15.5cm
砲身長:60口径
砲弾重量:
装薬量:
初 速:920 m/s
最大射程:27,400 m
発射速度:8発/分
旋回速度:10度/秒
俯仰速度:15度/秒
俯仰範囲:-10〜90度
装填角度:0〜80度
旋回範囲:0(正面)〜155度
架空軽巡 幾春別級の連装両用主砲塔を重装甲化したもので、砲身は軽巡 最上級の主砲や戦艦 大和級の副砲として採用された60口径三年式15.5cm砲と同じである。高角砲としての能力を重視したため、連装砲身を同時俯仰する機構であり砲塔の小型化と高い旋回速度を実現する。
3.2.2 配 置
有効な射線数確保のため、3基を中心線上に配置した変形ヘキサゴン配置であり片舷砲力は10門となる。
3.3 高角砲
高角砲は65口径九八式10cm砲を採用し、連装砲塔で12基24門を装備する。
3.3.1 配 置(※修正未了)
各砲塔になるべく広い射界を確保し、効率的な砲撃が行えるよう配慮する。軍艦の対空砲火は舷側に配置されることが多いため、艦の首尾線方向の火力不足が弱点となる。しかも急降下爆撃機が最も狙いやすいのは後方からの爆撃である。そのため、特に首尾線方向の火力確保に配慮した。
船体中心線には、2砲塔ずつ背負い式に前後各4門、合計8門配置する。前部4門は2番主砲塔と前部檣楼間、後部4門は後部檣楼(MAC)と3番主砲塔間に配置され、左右両舷へ155度指向可能である。船体中心線に主砲塔3基と高角砲塔4基を配置するため、最前部および最後部の高角砲塔は主砲塔の上に若干オーバーラップして配置する。準全体防御方式を採用する本級は比較的バイタルパートの前後長が長く、2〜3番主砲塔間に距離があるのでこの配置が可能となった
舷側へは、連装砲塔3基6門を1群とし、計4群を上方から見てX字状に両舷に配置する。戦後就役した仏リシュリュー級2番艦ジャン・バールの10cm高角砲の配置を若干アレンジしたような配置である。3基の砲塔は背負い配置にし、最前部の砲塔は最舷側の位置、後方になるほど船体中心に近づく。艦の前後で対称となるよう、前方6門は前向き、後方6門は後ろ向きである。側方から見ると6基の砲塔が前後対称にピラミッド状に配置される。砲塔は最大限舷側に位置し、反対舷方向へも15度の射界を持ち、この結果艦首・艦尾は左右15度まで16門の火力を持つ。また砲塔の前後間隔を大きめに取ることで砲塔後方へも185度(反対舷へ5度)の射界を持つ。
中心線の砲塔郡は当然艦の前後方向への射撃が可能である。舷側砲塔は前方側砲塔郡は正面はもちろん前方の反対舷側10度(最後部砲塔)〜15度(最前部砲塔)へも指向可能である。このため前方左右10〜15度は前部舷側砲塔からも射撃可能である。舷側の後方側砲塔郡も首尾線に対し斜めに配置されているため、艦首だけでなく前方反対舷側に5〜10度の範囲で射撃可能である。当然後方に対しては反対舷10〜15度まで可能である。この結果、艦前方に対しては左右各5度の範囲内ならば前部中心砲塔、前部舷側砲塔、後部舷側砲塔の全てから計28門の射線を指向できる。砲塔は前後対称に配置されているので、当然後方に対しても同様である。
この結果艦の首尾線方向に関しては、左右各5度以内・上方10度以上という狭い範囲ではあるが全32門中28門という極めて濃密な対空砲火を展開可能である。また左右各5〜10度・上方10度以上ならば22門、左右10〜15度以内・上方10度以上ならば18門、左右15〜30度で16門、30〜90度では20門の射線を持つ。
急降下爆撃機が攻撃する際、対空火力の盲点でありかつ最も爆撃精度を期待できる艦尾方向からの攻撃が多い。この範囲に通常の戦艦の2〜4倍もの高角砲射線を指向できることはかなりの効果を持つと考えられる。(参考挿入→空母艦爆隊)本級を爆撃しようとするパイロットは、中心線から攻撃すれば激烈な対空砲火を受け、更に炸裂煙で前方視界が遮られる。本艦の上部構造全体が対空砲火で火の塊のように見えるはずである。被弾を避けるため首尾線からずれた角度で攻撃を行えば爆弾の命中率が低下する。本級の高角砲配置は撃墜の実効だけでなく、被弾確率を減らす牽制としても有効である。
3.3.2 砲塔・給弾室および砲弾定数
両用砲でありかつ発射速度も高いため、砲弾の定数は砲身命数の2倍の1門当り700発とする。大和型が12.7cm高角砲1門当り500発だったのに比し、より多くなっている。後述の通り艦内工場において砲身内筒交換が可能で、命数を超えた場合は航海中に交換する。
砲弾は32門合計22,400発を搭載する。このうち中心線の砲塔は1門当り150発、舷側砲塔は120発を1次装甲内部・2次装甲外部の給弾室に保管し、揚弾薬筒から迅速に砲塔へ給弾する。
全砲門とも砲架式ではなく砲塔式であり、50mm程度の軽装甲を備える。砲塔下方から揚弾薬筒により給弾する。この際、中間給弾室を1次装甲内に配置し、弾薬の一部を集積することで給弾の迅速化を図る。1次装甲内にあるため巡洋艦クラスの艦砲、250kgクラスの徹甲爆弾に対し安全であり、かつ誘爆を生じても2次装甲より上部にあるため主要防御区画内には被害を及ぼさない。給弾室は砲塔ごとに独立させ、かつ隔壁を50mmのCNC甲鈑として1室の誘爆が他室の誘爆を生じないようにする。主要防御区画内の高角砲弾薬庫から給弾室への補充は、通常通り2次水平装甲の装甲ハッチを介した給弾路を通じて非戦闘時に行う。
3.3.3 砲身命数と砲身内筒交換設備
本級は前線において接敵機会が多く、発射弾数が多いことが予想される。一方で九八式10cm砲は高初速故に砲身命数が350発と少なく、艦内の常備弾数を使い切る前に砲身命数に達してしまう。そのため艦内機械工場に高角砲の工作設備を設け、ここで砲身内筒の交換作業を迅速に行えるようにする。激烈な航空攻撃下で、高角砲の使用可否が艦の生命に与える重要性に鑑み、工作室は1次防御区画内で、かつ前部と後部の2カ所に設け作業を確実とする。
3.3.4 対空射撃指揮装置(→射撃指揮系統)
大和級に搭載された94式高射装置は、標的が水平直線運動している場合にしか照準が出来ず、急降下爆撃をはじめとした降下・上昇中の敵機に対し効果が無い。また光学式測距のため小型で動きの速い航空機への正確な測距も困難である。 これらの問題点から、本級においては照準に光学式、測距にレーダーを用いる複合式の対空照準装置を用いる。使用するレーダーは対空見張り用13号電探を小改良したもので、測距のみに用い照準(方位・仰角測定)には光学式を採用するので、開発の技術的なハードルは低い。 詳細は後述する。
3.3.5 防空能力の推測
第2次改装後の大和の12.7cm高角砲24門+94式高射装置と比較した単純な防空能力は以下のように推測される。
1)九八式10cm高角砲は八九式12.7cm高角砲に対しおよそ2倍の有効性を持つと評価されている。
2)門数は24門に対し32門と1.33倍。砲塔配置により有効射界が広いので、片舷砲力は20門/12門と1.66倍。首尾線方向も含めた、全体的な有効門数は約1.5倍程度。
3)以上を総合すると2×1.5で、大和(改装後)の約3倍の高角砲射力と推測される。改装前の12門搭載状態に比較すれば6倍近い。ただし大和級の15.5cm副砲はかなりの対空射撃力を有するが、本級は主砲を高射装置で照準することで相当の対空射撃力を発揮する。
4)命中精度は、レーダー測距により測距誤差が減少し命中率が約2倍、射撃盤が高度変化に対応することで約2倍、照準を1人で行うことで約1.5倍、合計で約6倍。
5)射撃力3倍で命中精度6倍であるため、合計で18倍。
大和が菊水作戦で撃沈されるまでに、艦隊全体で撃墜した機数が15機。このうち大和によるものが半数の7機と仮定すると、同じ条件に置かれた本艦が撃墜可能な機数は18倍の120機余りと推定される。
3.4 機銃
機銃は従来の25 mm機銃では射程・威力が不足することから、架空スペックの35 mm機銃との2段構えの構成とする。
機銃の「実質的」な対空火力に関しては、機銃・射撃管制装置の性能以前に、人的要因が非常に大きいと考えられる。対戦後半の日本海軍艦艇はあらゆる場所に機銃を増備したが、有効な対空火力を持っていたとは言い難い。これは火力が低いというより、そもそも命中しないことが最大の問題である。その命中率は、指揮装置の問題や、銃の威力、更には銃手の練度以前に、「戦闘下で落ち着いて、しっかり狙って撃てるか」という、極めて基本的な部分に問題の根幹があったと思える。
実際の戦闘における談話では、激しい敵の攻撃の中で冷静に狙うどころではなく、敵機が見えたら半分は恐怖心で反射的に引き金を引き続けたという例が見受けられる。金剛級の艦長の談話で、対空戦闘であまりに射撃が当たらず、攻撃の合間に乗組員に敵機をしっかり狙って撃つよう叱咤した処、次の攻撃では目に見えて命中率が上がりかなりの敵機を撃墜できたというものがある(各部署からの合計で65機になるので、他艦との重複を考え報告は50機にしたとあった。実際には5機程度だったとしても、艦の装備を考えれば相当な戦果である)。
機銃の操作員は艦上で最も危険に晒され死傷者の多い配置である。甲板上に生身をさらして操作し、対空戦闘が始まれば真っ先に機銃掃射の標的にされ、自銃はもとより他の機銃・高角砲などの爆風にも晒され、爆弾・砲弾の破片に晒され、直撃弾があれば全滅する。しかも十分な訓練を受けないで配置されることも少なくない。その中で、冷静さを保ち、敵機の動きを観察し、無駄弾を撃たず、十分に引きつけてから、正確に見越しを掛けて射撃する。これを実現するには単に訓練だけでなく、危険から保護され、爆風・衝撃音を受けにくく、冷静沈着に射撃可能な操作環境を艦側で提供する必要がある。
3.4.1 35mm長射程機銃(仮)
機銃に関しては日本海軍標準の25mm60口径機銃では十分な射程・破壊力を発揮できないため、架空の機銃を想定する。スペックとしては35mm70口径とし、これを連装として対爆風・弾片防御兼用のカバーで覆われた擬似砲塔とする。連装銃座の大きさは25mm三連装銃座とほぼ同等である。
35ミリ機銃仕様
口径:35mm
銃身長:70口径
初速:980m/s
発射速度:300r/min
冷却方式:水冷(ウォータージャケット+強制通風ラジエター)
弾倉:ベルト給弾式
照準方式:光学照準(銃座単体時)or 光学照準・電探測距(射撃指揮装置使用時)
光学照準方式:縦横照準=銃手1名、測距=測距手1名(ステレオ式測距儀)、傾斜補正=艦内ジャイロからの補正信号
弾頭威力と高初速の両立のため、戦後に多く用いられた口径35mm、銃身長70口径とする。25mm機銃の1.5〜2倍の有効射程をもち、命中すれば1弾で撃墜を期待できる威力を持つ。機能上重視したのはベルト給弾として連続射撃を可能としたことである。これは25mm機銃では弾倉が15発であり、弾道を修正しながら射撃を続けると、命中を期待できる頃には残弾が無くなるという事態が生じるためである。このため25mm3連装機銃では中央銃のみ・両側2銃のみを切り替え、その間に停止側の銃の弾倉交換を行う運用がされていた。これを防ぐためベルト給弾とし、弾の消費に伴い適宜次弾を連結して必要時は連続射撃可能とする。
激しい航空攻撃下で対空射撃が連続すると銃身が過熱しやすいため、冷却性を重視し連続射撃を行いやすくする。
銃座全体を爆風避けを兼ねた薄鋼板で砲塔状に覆い、射手を保護する。大和級に採用された25mm機銃用爆風避けのような生産性の低い「芸術的」形状ではなく、平面と円筒面を鋭角でつなぎ合わせたシンプルな構造である。防御面は後述するが、砲塔式とすることで耐候性が高まり、また主砲発砲時も退避する必要がなく、砲の発射や被弾に伴う爆風も防ぐため射手が操作に専念しやすいなどの利点がある。
3.4.2 25mm短射程機銃
近距離用の機銃として日本海軍標準の96式25mm単装高射機銃を装備する。単装機銃なので銃手による直接照準で、指揮装置による管制は受けない。詳細は風不死級重巡を参照。
本級における装備法の特徴としては、従来のように甲板上に露出した機銃座を設けるのではなく、前檣・後檣その他の上部構造物に砲郭式の銃眼を設け、この中に設置する。これは機銃員の防御のためであり、防御の項で解説する。
3.5 射撃管制装置
3.5.1 主砲管制
3.5.1.1 配 置
本級の主砲方位盤の一大特徴は、主方位盤を後檣上に、副方位盤を前檣上に配置したことである。本級では前檣より後檣の方が海面高が高く、その最上部45mの位置に主方位盤が設置される。戦艦大和でも海面高は37mであり、配備位置が高いため水平線のより遠くまでを見通すことが可能で、海面の霧・もやの影響も受け難く照準に好影響が有る。
構成としては、対水上用方位盤、10m測距儀、対水上用21号電探改型をセットとする。
3.5.1.2 両用方位盤
本級の主砲は最大仰角55度に達し、高初速かつ旋回・俯仰速度も大口径砲としては速いなど、超大型高射砲としての性格を併せ持つ。それを利用して高高度を飛行する大型爆撃機への対空射撃も可能であるため、方位盤も対艦砲撃に特化したものではなく、高射指揮装置としての機能も持つものとする。具体的には照準眼鏡、測距儀、および対空用レーダーは共に45度の仰角を持ち、高空の航空機への照準を可能とする。
3.5.1.3 レーダー照準
対水上用として22号電探の改良型、対空用として13号電探の改良型を装備する。改良により、見張りだけでなく照準にも使用可能なものとする。
対水上見張り・照準用として、22号電探改四型を更に改良する。レーダーによる照準の最大の問題点は方位精度が低いことにある。米海軍のレーダーでも行われ、22号電探改四でも史実として試験されたように、わずかにずらした2個のアンテナを用い、双方の受信強度が同じになる方位をもって目標方位とする等感度方式を採用する。そのため史実の22号電探改四とは異なり、送信・受信の両アンテナを2基ずつ装備し、方位盤の左右に配置する。
方位精度さえ確保できれば、多くの世評とは異なり日米のレーダーの「数値的」能力に大差はない(逆に言えば数値以外の部分に違いがある)。史実として22号電探は方位精度0.5度以内、測距誤差100m以内を発揮し、戦艦大和に搭載された際には発射された15.5cm副砲弾の飛行を15,000mまで検知し、着弾の水柱も測定できている。サマール沖海戦の実戦でも、欠点とされた方位精度は予想外に良好であり(誤差は3ミリ以下、すなわち距離20,000mに対し60m以下)、測距精度は元々良好であった。したがって後少しの本体改良と、照準システムへの統合化(2次元表示のスクリーンなど)があれば、レーダー照準による砲撃は実用レベルになっていたと考えられる。
同時に、神格化された感のある米海軍のレーダー射撃も実際には10kmの近距離にいる日本艦隊を発見できなかった例など、けして魔法のような性能を持っていた訳ではない。また昼間戦闘における砲撃の命中精度も、4,000発以上を発射して命中弾がわずかに10発程度だった例や、戦後のアイオワ級の散布界が大きかった事実など、お世辞にも高いものではない。
特に留意すべきことは、レーダーの利点は夜間・悪天候も射撃可能な点と測距精度が高い2点だけで、それ以外の
「散布界」「気流」「船体動揺」「計算精度」「砲塔精度」などの命中精度に影響する諸点についてはレーダー照準も光学照準も同様
という点であり、射撃精度とレーダー照準にあまり相関は無い。魔法のように見えた理由は
・夜戦で日本側が照準できず
・そのため10,000m以内の近距離から一方的に砲撃可能で
・射距離が至近だったために命中率が高かった
結果に過ぎない。日本海軍は目視による夜戦に自信を持っていた故に、その優位を覆したレーダーを過大評価するとともに、レーダーの理解が不十分であるが故に米軍の優勢を何でもかんでもレーダーの性能に帰してしまったことも神格化の一因であろう。電波は原理や能力が見え難いだけに、なまじ分析力の乏しい人間にとっては
「レーダーはレーダーであるが故に無敵である」
という信仰に陥りやすい。
※この信仰は、警察でレーダー速度計によるスピード違反摘発が始まった時期にも認められ、明らかに速度計の誤動作であっても警察側が誤りを認めないといった形で現れた。初期のレーダー速度計はマルチパスなどによる誤計測が発生し、上り坂で摘発された満載状態のトラックが物理的に40km/h以上の速度を出せなかった場合すらあったが、警察はあくまで誤動作を認めなかった。
3.5.2 高角砲管制
太平洋戦争において艦艇にとって最重要の能力は防空能力だったことは明白であり、そして日米の技術力で最も差が大きかったのがこの分野と言える。米海軍は優秀な対空兵器により、直掩機の迎撃を突破した日本軍機の大半を撃墜している。一方で日本海軍の対空火力は事実上「牽制」以上のものではなく、戦艦大和の水上特攻で数百機の米軍機に攻撃されながら、撃墜はわずかに5機前後というお粗末な物であった。泊地に停泊中で変針も動揺もない射撃に好都合な状況においてさえ、空襲後の戦況分析では「対空射撃の有効性は低い」であった。砲それ自体の性能や門数がどうあれ、命中させられなければ意味は無く、最大の違いは射撃指揮装置の能力差である。
本級においては、牽制ではなく真に有効な防空能力を具備させるべく、改装後の大和比で約100倍の対空火力実現を想定する。このうち物理的な火力増加は5倍程度、照準能力向上による命中率増加が20倍程度である。そこまで引き上げてやっと米艦に匹敵しうるレベルであり、元々の日本海軍の防空能力が気休めレベルだったと言うことである。米海軍は日本軍機が魚雷・爆弾の投弾前に大半を対空射撃で撃墜し日本は特攻に頼らざるを得なくなったのに対し、日本海軍は米軍機を撃墜できずに投弾後に回避運動でこれを避けていた事からも、この事実は明らかである。
レイテ沖海戦で、第2艦隊は大和・武蔵以下戦艦数隻を擁する大艦隊でありながら、空襲する米軍機を効果的に撃墜できず、武蔵に約20本に及ぶ命中魚雷を許して沈没に至らしめた。日本艦艇が気休め以上の有効な防空能力を持っていれば、6本の命中魚雷を受けてなお航行可能という強靭な防御力を発揮した武蔵を、簡単に失うはずは無い。立場が日米逆であったなら、米艦艇を攻撃した日本機の多くが撃墜され、大和級戦艦を撃沈できる程の命中魚雷を与えられなかっただろう。武蔵の真の沈没原因は、艦長の操艦技量でも、艦の防御力不足でも、日本の航空援護の不足ですら無く、20本もの命中魚雷(そしてその数倍の失中魚雷)の「発射を許した」日本艦艇の防空能力の欠如である。
ただしこの防空能力は、米国以外の諸国海軍も大同小異であり、ひとり米海軍のみが傑出していたとも言える。問題解決における合理的なシステムアプローチにおいて、米国人の見せる能力は敬服に値する。ただしこの米海軍の防空能力は、全体的な射撃システムや方法論の構築の上に成り立っており、「レーダー」「VT信管」などの単発技術だけで実現されている訳ではない。その背後にあるシステムアプローチ全体に着目することが重要であろう。
旧来比20倍の命中率を実現するには、何より射撃管制「システム」の改良が必要である。単純にレーダーというギミックを導入すれば命中率が高まる訳ではなく、システムとしてのアプローチが必要である。米軍で使用された近接信管(VT信管)は当時の日本の技術力では到底実現不可能と見なし、時限信管を用いた対空火力で上の目標を達成する。またVT(近接)信管はそもそも砲弾を敵機の至近へ到達させられなければ効果は無く、重要なのは信管以前に照準能力である。
(対空射撃は専用の高射指揮装置を装備し、これにより主砲・高角砲の管制を行う。)対空警戒・照準(測距)用として13号電探の改良型を装備する。測距儀の前方に俯仰機構を介して取付け、高射方位盤の俯仰に連動して仰角をとり、測距情報を得る。
対空射撃の照準上の問題は次の3点である。
1)標的の選択(上下・左右照準)
高射装置でも砲側照準でも、日本の射撃指揮装置の多くは上下(俯仰)と左右(旋回)の操作手が別々になっている。このため訓練時はともかく多数の敵機が飛び交う実戦においては、俯仰手と旋回手の照準対象が食い違うというお粗末な事態が発生したと考えられる。また標的機を指揮官が言葉で指定し、照準手はそれが具体的に把握できず、かつ俯仰手と旋回手で違った敵機を照準してしまうなど、およそ実戦的とは言いがたいものであった。この結果機銃においては、見越し計算機を用いた射撃指揮装置で管制された三連装機銃よりも、一人の兵が個人技で照準・発射する単装機銃の方が高命中率を期待できるほどであった。
本級で使用する高射装置・機銃射撃指揮装置はいずれも「スター・ウォーズ式」、つまり一人の射手が上下・左右双方の照準を同時に行う方式とする。従って上下・左右を同時に指定できる操縦桿式の油圧操作柄を持つ。1名によって照準されるため、密集した多数の敵機に対しても間違うこと無く上下・左右の照準値を得ることができる。
この方式では、操作柄の操作量は旋回や俯仰の変化率(角速度)を指定することになり、変位させている間だけ、その大きさに比例した角速度で指揮装置および砲が俯仰・旋回し、中立位置に戻すと停止することになる。そのため操作系の機構はかなり複雑なものになる。一方旧来の日本式照準装置は丸ハンドルを使用し、ハンドルの回転量がそのまま俯仰・旋回の絶対角に比例する。ハンドルを回す速度が速ければ俯仰・旋回速度も速く、ハンドルを回した角度だけ砲も俯仰・旋回させれば良いので制御機構上は単純で設計・製造が容易であり、使用に当たっても信頼性が高い。しかし1ハンドルでは上下か左右のどちらかしか指定できず、射手を上下・左右で別々に配置するという安易な解決を行ったため、実戦的な機能を持たなかった。これは技術的な問題というより、発想の欠如や、新機軸による問題解決を厭う怠慢というべきであり、この点開発者たちは非難されるべきであろう。
1名の照準手で上下・左右照準を行う場合、問題となるのは艦の動揺に対する照準線の安定である。砲弾は重力によって後落しながら飛翔するため、標的の方向も動揺する艦に対してではなく、重力の方向つまり地球(水平線)に対する絶対角が必要になる。日本海軍式の照準では、3名の照準手がそれぞれ上下(俯仰)・左右(旋回)・傾斜(照準視野を水平にする)の操作を行うので、結果として艦の傾斜はキャンセルされ、水平線(地球)に対する標的の角度を知ることができる。
スターウォーズ式照準では照準手の操作を艦の傾斜センサーとして使用できないため、艦内に装備されたジャイロの傾斜情報を各高射装置・射撃盤へ電線を通じて送るものとする。配線が複雑化するが、実用的な命中率を得るためには必要な措置である。
2)測距(距離照準)
3次元空間に存在する標的は、極座標上では仰角(上下)・方位角(左右)・距離の3自由度のパラメータ測定により位置が確定する。そして空中標的の場合、この距離の測定がまた困難であり、光学式測距儀では小型で高速な航空機の正確な測距が難しい。特に距離の時間変化から標的の遠近速度を算出する際に誤差が大きくなりやすい。本級でも一応光学式のステレオマーク型測距儀は装備するが、遠距離になるほど測距儀の誤差は大きくなる。
そこで、本級では対空用13号電探を改良し、高射装置と連動させて測距を行う。13号電探は本来対空見張り用であり、アンテナも旋回機能しか持たない。しかし本級では高射装置上に設置したアンテナを照準機に連動して俯仰させ、高射装置の仰角・方位情報と電探による距離情報を高射射撃盤に送り、主砲・高各砲の対空照準諸元を計算する。
3)高度変化の計算
94式高射装置では標的が水平直線飛行している場合のみ見越し計算が可能であり、急降下爆撃をはじめとした降下・上昇中の敵機に対し効果が無い。この問題に対処するため、射撃盤の計算パラメータに高度の変化率も加え、降下・上昇する標的に対しても見越し計算可能とする。標的が直線運動するという前提なのは機械式射撃盤・非誘導弾の見越射撃では当然であり、そのままである。
以上3点の改良により、従来の九四式高射装置等と比べて格段に高い照準精度を実現可能である。
以下、各砲熕兵器に対する各論を述べる。
3.5.2.4 高射射撃指揮装置
(未変更:高射射撃指揮装置は6群の高角砲に合わせ6基配置する。1・2番を船体中心線上に、3〜6番を舷側よりに、六角形に配置する。このうち1・2番は必要に応じ主砲の対空射撃の管制も行う。高射射撃指揮装置は方位盤・測距儀・対空用13号電探改型の組み合わせとなる。)
3.5.3 機銃管制
3.5.4 管制装置雑感
日本海軍は米英に比べレーダーの技術が低く圧倒的に劣位にあった、というのが世間の定評であるが、今回検討して技術それ自体はそれほど劣っていなかったのではないかと感じた。
(米海軍のレーダー射撃の優秀さがよく喧伝されるが、その優位性はほとんど「悪条件下でも照準可能であった」という一点に尽きるように思われる。レーダーによる照準精度そのものは、海戦の結果を見ても決して高いものではない。わずか10kmの距離にいる日本艦艇を発見できなかったり、敵味方の識別が出来ず攻撃が出来なかったり、命中精度も決して高いものではない。)
日本の一三号電探は改良により編隊に対する探知距離が150km以上、場合によっては240kmで探知するなど相当な性能を発揮している。またアンテナに使われている八木アンテナは日本人の発明であり、当時の外国においても(もちろん現代でも)使用された。さらに電波の発信器について、日本で開発されたものが諜報活動で英米に持ち出され、そのままコピーされて実戦配備されていたという実例もある(出典:遠藤諭「計算機屋かく戦えり」日本の開発者が、戦後の発表会の後こっそり欧米の技術者から耳打ちされたという)。
結局、レーダーの要素技術については日本もそれなりの水準にあったと思われる。ただし、それを実戦活用できる有効なパッケージにまとめる能力(構想力と言い換えられるかも知れない)と大量生産する工業力が不足していたように感じられる。有名な米軍の回転式レーダースコープも技術的な優劣の問題ではなく、一次元表示されていたレーダーの感度情報を、アンテナ指向方向と同期させて2次元のスコープ上に回転表示させるという、発想の勝利とも言える部分である。電波を発信し標的までの距離情報を得るという基本機能において、日本が致命的遅れを取っていた訳ではない。
この点は現代においても、ひたすら機能追加に終始した日本のガラケーと、シンプル化とそれのもたらす操作性自体に大きな意義があることを実証したiPhoneに象徴されるように、依然として続いているように思われる。
レーダーを評価する際「レーダーはレーダーであるが故に無敵である」という思考停止に陥らず、基礎技術とその応用法を峻別し、また応用法の原動力となる発想を促す思考文化、そうした観点で冷静に評価していくことが重要であると思う。
3.6 航空兵装
前方哨戒も行う艦の性格上、偵察用の水上機を搭載する。ただしスペースの都合、特に格納庫に収容する関係上機数は最小限の3機とする。搭載機は搭載スペースの問題からも、汎用性の点からも主翼折畳み機構のある零式水上偵察機を3機とし、零式水上観測機は定数には含めないが、必要に応じて搭載は可能である。
搭載方式は艦砲の爆風からの保護と耐候性を高めるため格納庫収用とし、位置は対空火器の障害とならず被弾火災時に影響の小さい艦尾とする。
4. 防 御
防御方式は本級の最大特徴であり、多くの第2次大戦型戦艦と異なる方法論に基づく。その一つが対弾装甲の多層防御方式であり、それにより安全戦闘距離を近距離側で零距離としている。もう一つは相対的に主用防御区画長の長い「非」集中防御方式(準全体防御方式)である。また船体構造でも述べるが、3軸の主機にあわせ船体を横に3分割した防御区画も特徴と言える。
4.1 【直接防御】
4.1.1 近代戦艦の戦闘ドクトリン —盲点となった近距離戦闘—
「近代戦艦の防御上の弱点は、近距離戦闘における舷側装甲である」
これが本級の防御上の基本ドクトリンである。ユトランド沖海戦以後、戦艦の弱点は遠距離・大落角弾に対する甲板装甲とされ、その充実が防御上の至上命題とされてきた。大面積の水平装甲増厚に伴う重量増加は膨大であり、それを削減するために集中防御方式を採用せざるを得なくなった。もちろん水平防御は重要であるが、各国海軍が遠距離砲撃に対する水平防御を意識し過ぎた結果、盲点として生じたのが近距離砲撃に対する舷側の垂直防御の相対的な不足である。
第2次大戦の実績から見て、戦艦同士の有効な砲撃戦が成立するのはおおむね2万m以内の射距離である。これ以上の距離で砲撃を行っても、挟夾を得るのに苦労するだけで無く、挟夾しても中々命中弾を得られない。レーダーの効果が強調されている背景は、それが夜間戦闘で用いられ1万m以内の至近距離での砲撃戦が多かったからと推測される。レーダーだから命中弾を得られたのではなく、レーダーにより夜戦において自艦のみ照準が可能であり、それを利して近距離から砲撃したため命中弾を得られたためである。逆に言えば、昼間戦闘であれ光学照準であれ、近距離で砲撃戦を行えば確実に命中弾を得られる。更にレーダーにより夜戦が頻繁に生じれば、なおさら近距離戦闘の機会が増し、それに対応する防御が重要になる。
実例から判断すると、命中弾を確実に期待できる砲戦距離はおよそ15,000m以内と考えられる。デンマーク海峡海戦で独戦艦ビスマルクが英戦艦フッドを撃沈した際の射距離はおよそ13,000m、ロドネーがビスマルクに最初に有効弾を与えた距離は1万m台半ば、第三次ソロモン海戦で米戦艦ワシントンが戦艦霧島を撃沈した際の射距離はおよそ7,000m(夜戦)である。また、ユトランド沖海戦で英巡洋戦艦が撃沈された距離もおよそ1万〜1万5000mと絶対値としては遠距離ではなく、W.W. 1前の想定よりは遠かったに過ぎない。英巡洋戦艦の甲板装甲が貧弱すぎたためにこの程度の距離(落角)の砲弾にも耐えられなかったことが沈没理由である。
そして近代戦艦の安全戦闘距離をみると、近距離側は15,000〜20,000 m前後であり低落角弾に対する防御力が不十分である。一方遠距離側はおおむね25,000〜30,000mであり大落角弾へ対応している。例えば大和級では自艦の主砲弾に対し近距離20,000 m〜遠距離30,000 mの範囲が安全戦闘距離であるが、言い換えれば20,000 mより近距離で戦闘を行うのは危険ということである。ただし敵艦を正横にして戦闘する確率は低く、斜めに位置すれば舷側装甲に対しては撃角増加により貫徹力が低下するため、余裕ができる。
新戦艦の戦闘距離が遠くに設定されているのは、砲戦距離が長くなり30,000m前後から砲撃が始まるので、接近するまでには決着がつくという前提に基づく。しかし現実には、20,000m以遠での戦艦戦の命中例は人類史上で「英戦艦ウォースパイトが14斉射して23,400mで得た1発」のみであり、当然撃沈例はない(独戦艦シャルンホルスト・グナイゼナウが24,000mで得た3発は逃げる空母相手、米戦艦マサチューセッツが20,000〜24,000mで7発命中させた際は港に係留中の静止目標)。一方、第2次大戦だけで4隻の戦艦が15,000m以内の近距離からの砲撃で被弾・沈没している(フッド、ビスマルク、霧島、シャルンホルスト)。
更に現実の戦闘は艦隊を組んで複数対複数で行われる。仮に相手の1番艦に対し遠距離から砲撃開始し、近距離までに撃沈・無力化できたとしても、そこには無傷の2番艦が残っており近距離からこちらを砲撃してくる。1対1で行われる砲戦オリンピックがあれば近距離に近づく前に決着が付くとしても、現実の艦隊戦ではそうならない。
各国の造船官は、第1次大戦前は将来遠距離(10,000m以遠)戦が生じ大落角弾の脅威が高まることを予測し損なった。そして第2次大戦前は、無誘導の砲弾では大遠距離(20,000m以遠)での砲戦は「実戦においては」成立せず、10,000m台前半の戦闘と低落角弾の脅威が依然重要であることを予測し損なった。唯一的確に想定していたのはドイツ海軍で、ビスマルク級の安全戦闘距離は近距離10,793 m〜遠距離23,319 mであり、これは実際に生じた砲撃戦の距離そのものと言えた。
ここに重大な問題がある。有効な命中弾を得られかつ現実に頻発した戦闘距離において、ほとんどの近代戦艦の舷側装甲は敵弾に耐えられない。実際、フッドも霧島も射距離から考えて低落角弾によって舷側装甲を貫通され撃沈に至ったと推測される。従って現実に想定される砲撃戦を有効に行うには、15,000 m以内の近距離からの砲撃にも耐える防御力が必要とされる。
4.1.2 想定スペック
本級の防御要領は近代戦艦の定石である「1層防御」「集中防御」を捨て、一見時代を逆行した「多層防御」と「準全体防御」を採用する。防御区画はその厳重さによって、非防御区画・1次防御区画(準防御区画)・2次防御区画(主要防御区画)・3次防御区画(最重要防御区画)の4段階に分かれる。通常の戦艦で言う主要防御区画は2次・3次防御区画が相当する。
本級の対砲弾・爆弾防御・対水雷防御の全てに「多層防御方式」を採用する。基本スペックは40.6cm45口径砲弾に対し安全戦闘距離0〜28,000m、魚雷に対しトルペックス450kg炸薬(TNT700kg炸薬)防御である。
舷側防御(水線部)
2次防御区画(主要防御区画):
40.6cm45口径砲弾に対し、射距離0m以遠で安全。
1次防御区画(準防御区画):
40.6cm45口径砲弾に対し、射距離2万m以遠で安全
30.5cm50口径砲弾に対し、射距離1万m以遠で安全
20.3cm50口径砲弾に対し、射距離0m以遠で安全
舷側防御(乾舷上半部)
2次装甲:100mm水平装甲(水平、MNC甲鈑)
40.6cm45口径砲弾に対し、距離零m以遠で安全。
1次装甲:
30.5cm50口径砲弾に対し、射距離1万m以遠で安全
20.3cm50口径砲弾に対し、射距離零m以遠で安全
甲板防御
2次装甲:100mm水平装甲(MCN甲鈑)
40.6cm45口径砲弾に対し、距離2万8000m以内で安全。
900kg徹甲爆弾に対し、高度3000m以下の投弾で安全。
1次装甲:75mm水平装甲(CNC甲鈑)
20.3cm50口径砲弾に対し、最大射程で安全。
450kg徹甲爆弾の急降下爆撃に対し安全。
喫水線下防御
湾曲防御鋼鉄:50+50mmCNC甲鈑
トルペックス450kg炸薬に対し安全
水中弾防御用150〜100mm装甲(喫水線下2〜4.5mまで、外傾斜15度、VH甲鈑)湾曲防御鋼鉄50mmに重ね合わせ。
主砲塔防御
16インチ砲弾に対し、10,000〜20,000mの範囲で被弾しても機能に支障を生じないこと。また0〜25,000mの範囲で被弾しても砲塔内に貫通を生じないこと。
900kg(2000lb)徹甲爆弾の3000mからの水平爆撃を受けても機能に支障を生じないこと。
4.1.3 多層防御方式の採用理由
本級の構造上最大の特徴が、「一見旧式」な多層防御方式の対弾装甲である。この方式のメリットを列挙すると以下のとおりである。
1)1層の装甲厚が薄くて済むため、装甲の大半を船体強度部材として活用可能で、重量効率が良い。また甲鈑1枚の面積を大きくできるため、耐弾性の劣る甲鈑辺縁部の比率が低くなる。
2)主水平装甲(2層目)をほぼ喫水線レベルとしその両舷側部分の傾斜を小さくすることで海水を防御に活用し、主要防御区画を零距離射撃に耐えられるようにする。(この手法はドイツ戦艦で一般に用いられる他、それ以前の装甲艦時代には一般的であった)
3)副水平装甲(1層目)を最上甲板(露天甲板)とし、この区画は250kg徹甲爆弾急降下爆撃、中口径(20cm)艦砲に対して完全防御を実施。これにより直接防御された区画の容積が大きく、傾斜時等でも予備浮力・復元力が確保され、また乗員の死傷も減少できる。そもそも戦艦の露天甲板は船体強度保持の必要上45mm前後の厚さを持つ。このためここを積極的に装甲化した方が効率的に防御容積を増大できる。
4)徹甲弾を傾斜装甲で防ぐ場合、1層の甲鉄で防ぐより、2段階に分け前段で被帽を破壊し大撃角(斜撃)での貫徹力を低下させ、後段の傾斜装甲で被弾経始を活用して防ぐ方が効率的である。
5)機関吸排気経路の水平装甲貫通個所が1層目および2層目の2段階になり、その位置を離すことで貫通部への爆弾直撃による機関部への被害可能性を減少できる。
6)水平装甲が薄いため、乗員昇降に使われる装甲ハッチが軽量・小型になる。このためハッチ開閉が容易であり、またハッチの総数を増やすことができ、脱出経路の確保が容易となる。そのため浸水や総員退艦時の水線下区画からの脱出がし易く、人命被害を減少できる。
7)装甲厚が薄くて済むため、大面積の水平装甲に薄装甲用のCNC甲鉄(Cu添加非浸炭鋼)を大幅に導入しMNC甲鉄(Mo添加非浸炭鋼)を削減できる。CNCはMNCに比べて希少なMo(モリブデン)、Cr(クローム)の含有量が低く省資源である。
8)甲板上の対空火器・射撃指揮装置へ至る電線・通信線を1層目装甲の背後に設置することにより、爆撃などで電線が破断されにくく、敵攻撃下での継戦能力が高くなる。
補足)多層防御を採用した最大の理由は「無難・凡庸・没個性・在り来たり」は嫌だからである。機械屋として、装甲厚などの「数字いじり」ではなく、構造の工夫で勝負したい。
4.1.4 垂直防御(舷側防御) —零距離射撃への対応—
本級の防御力の最大特徴は、40.6cm45口径砲に対し安全戦闘距離を近距離側0m、遠距離側28,000 m(対SHSでは24,000 m)と、零距離射撃に耐えるものとしていることである。すなわち至近距離での砲撃戦では不沈に近い防御力を持ち、高初速砲の威力と相まって無敵に近い戦闘力を持つ。本級に匹敵する近距離戦闘力を持つのは各国新戦艦中ドイツ海軍ビスマルク級のみである。
この舷側防御を可能としているのは、ドイツ式の二・三層防御方式である。この方式の特徴は、二段の水平装甲のうち主となる装甲(厚い装甲)を二段目(下段)とし、なおかつその高さをほぼ喫水線と同じにしていること。そしてその舷側付近の斜め装甲の角度を水平に近いもの(水平面から22.5度)として舷側の喫水線下へつなげていること、加えて水雷防御縦壁を斜め装甲の奥に設置していることである。言い換えると主要防御区画を喫水線下に沈め、その天井をほぼ水平な甲板装甲で蓋をした形状になっている。
この方式のみそは、低落角の近距離弾を垂直な1次装甲と水平に近い2次装甲の組み合わせで防ぐ点に有る(ドイツ以外の二層防御では、2次装甲は水平面から45〜60度立上がった準垂直装甲である)。射距離が近く落角が小さくなると、垂直装甲は貫徹しやすくなるが、その背後の緩傾斜の斜め装甲はかえって貫徹しにくくなる。厚い垂直装甲を貫徹した低落角弾は、貫徹時に被帽が飛散し、水平に近い2次装甲に弾体が直接ぶつかる。結果滑り止めの被帽が無い弾体は、弾頭部の丸い肩部分で2次装甲に当たり、食い込めずに弾かれる。更に最悪この斜め装甲が破られても、その内側には水雷防御縦壁が砲弾に対しての三層目装甲として待ち構えている。
この結果ビスマルク級の安全戦闘距離は、名目上でも約11,000m以遠23,000m以内(機関部では21,000m以内)と非常に近距離戦に強いが、さらに実戦では2,500mの至近距離からの主砲弾に耐えており、実質零距離射撃を防御可能だったと推測される。近距離の砲撃戦においてまさしく「砲弾ではビスマルクは撃沈不可能(英海軍トーヴィー大将)」であった。
4.1.5 水雷防御
太平洋戦争の実例として、戦艦にとって最も脅威となるのは魚雷による浸水、特に片舷への集中による転覆である。艦砲・爆弾によっては大型戦艦は容易に沈まない反面、魚雷の被害で喪失に至る例が多かった。したがって厳重な水雷防御力は近代戦艦として最も必要性の高い事項である。
戦艦大和級、米戦艦サウスダコタ級・アイオワ級で用いられた、水線部傾斜装甲をそのまま艦底まで延長した水雷防御方式は、水中弾に対する効果を重視した結果水雷防御能力に疑問が残る方式であった。このためアイオワ後継であるモンタナ級では、湾曲式水雷防御に水中弾防御の装甲を追加する方式となっている。
本級の基本は、空気層と液体層を交互配置した多層防御に、最終段に水雷防御縦壁を配置した複合的防御構造である。多層防御、ハニカム構造、液体層による音響レンズ効果などを複合的に活用し、より効果的な防御を実現するよう工夫してある。
基本的な構造は、外側から船体外板(第1縦壁)、第2縦壁、第3縦壁、第4縦壁、水雷防御鋼鉄(第5縦壁)、第6水密縦壁の6層構造である。このうち、第2〜3縦壁間と第4縦壁〜防御鋼鉄間、防御鋼鉄〜第6縦壁間は燃料タンクとなり重油が充填されている(当然航海につれて減少し空になっていくが、まず内側から使い始め外側はなるべく最後まで残す)。この重油は防御力の増加、浸水量の減少の役目の他、別項で述べる防御鋼鉄の腐食防止の機能を持つ。以下に各段階ごとに防御効果を検証する。
4.1.5.1 球面波の膨張距離の確保
水雷防御で重要なのは、主となる防御板と爆発点の距離をなるべく離すことである。これは爆発の破壊力は球面衝撃波となって伝播するため、衝撃波面のエネルギー密度は距離の2乗に反比例し、離れるほど大きく減少して防御板で受け止めやすくなるからである(※個人的仮説)。大和級やサウスダコタ級の傾斜水雷防御では、特に喫水線付近の浅深度でこの距離をとりづらいことが第一の問題であった。湾曲防御鋼鉄であればこの距離は比較的大きく取れ、膨張による破壊力の減少が見込めるため有利である。
4.1.5.2 爆発ガスの膨張容積の確保
衝撃波面による動的破壊の後、爆発・膨張するガスの圧力による準静的破壊が生じる。これを弱めるには爆発ガスが膨張する容積を確保する必要があるため、バルジ内の容積を確保してガス圧力の上昇を抑える。これには湾曲防御鋼鉄より、ドイツ戦艦のような斜め装甲の後端まで水雷防御縦壁を後退させた構造が有効である。
4.1.5.3 ハニカム構造による破壊力吸収
次に、第1・第2水密縦壁は間をフレームでつなぎ、一種のハニカム構造として大きな曲げ強度を持たせる。フレームは艦底部と最上部のみで船体構造につながり、途中は背後への接続を持たないため、このハニカム構造が内側へ曲がりながら極力爆発のエネルギーを吸収する。
魚雷の破壊力は最初に衝撃波として通過後、さらに膨張した爆発ガスの噴流として2段階で伝わると推測される。二重ハニカム構造が防ぐのは主として第2段の爆発ガスであるが、ここが鋲接構造で作られると衝撃波の通過時にリベットが破断し強度が大幅に低下すると懸念される。したがってここは全面的に溶接構造とし、ハニカムの各室が同時に浮力保持の水密区画となるような構造とする。船台上で2枚の板の間を溶接でつなぐのは不可能であるため、この二重ハニカム縦壁は工場で製造後、ブロック工法的に船体へ取付ける。
4.1.5.4 液体層による音響レンズ効果の活用
その次は、第2水密縦壁と水雷防御縦壁間の燃料タンクである。魚雷の球面衝撃波がここを通過する際、外側の気体層(低音速)から内側の液体層(高音速)へと伝播する際に波面に屈折が起こり、球面波はより急角度に広がりながら伝播するため、防御縦壁に到達する際は更にエネルギー密度(破壊力)が低下する。この拡散を十分に行うには、液体層におよそ0.9m以上の厚さが必要であることが日本海軍の実験で判明しているため、本級も約1.2mの重油層を設ける。さらに、この第2縦壁は断面をなるべく円に近い形状とし、衝撃波を拡散するための凸レンズ(レンズ内の音速が外部より高いので凸レンズは通過波を拡散する)としての機能を高め、同時にフレームの強度も確保する。
4.1.5.5 水雷防御鋼鉄
防御力の要となる水雷防御鋼鉄は、艦底部まで厚さ100 mm(35 + 35 + 30)とし長門級・土佐級の75mm、空母大鳳の44mm、改大鳳型の50mmより遥かに厚いものとしている。大和級においても機関室艦底部では75mmである。この防御鋼鉄も背後のフレームは上端と艦底部のみで船体構造につながっているため、爆発力を受けて後方へ湾曲しても船体内部への破壊力伝達は最小限に抑えられる。
またこの防御鋼鉄は、対弾防御を主目的とした硬い材質ではなく靭性を備えた材質であるため、爆発力を受けてそれ自体が変形しながら破壊力を吸収する。大和級やサウスダコタ級のような硬い装甲では、広い面積に爆圧を受ける魚雷では背後のフレームにまともに大きな力がかかり破断等を生じやすいことが第2の欠点であった。
4.1.5.6 防御鋼鉄背後の燃料タンク
防御鋼鉄と第3水密縦壁の間は燃料タンクとして重油が充填されており、爆発に伴い防御鋼鉄から破断したリベットなどの破片が水密縦壁に被害を与えづらくしてある(ただし重油が未消費でタンク内にある間だけであるが)。また被雷時はほぼ確実にこの区画までの水密は破られるが、元々あった重油という重量物が水に取って代わられることになるため、浸水重量は最小限に抑えられる。この区画は爆発により生じる防御鋼鉄の後方湾曲を受け止めるための区画でもあり、その変形が艦の内側に及ばないようにしてある。
4.1.5.7 水雷防御力の推定
想定される最大級の魚雷を受けても、第3水密縦壁の内側に浸水を生じないことが本級の水雷防御の最終目標である。この構造から推定される防御力を推測してみる。
基本となる防御鋼鉄の厚さは100mmであり、空母翔翮の30mmが対200kg炸薬、大鳳の44mmが対300kg、5021号艦の50mmが対350kgを想定している。さらにハニカム2重縦壁や液体層の効果もあり、単純に見て5021号艦の2倍、対700kg炸薬を見込める。米軍が魚雷に使用していたトルペックス爆薬は日本海軍の約1.5倍の破壊力を有し、したがって対トルペックス炸薬で450kg程度の防御力と推定される。米魚雷はトルペックス炸薬290kgであり、本級はその1.5倍の炸薬量に対する防御力を有すると推測される。
耐300kg炸薬で設計された戦艦武蔵の被雷状況を検討すると、被雷した内側の機関室・弾薬庫はほぼ確実に浸水していたため、本級程度の水雷防御力は必要と考えられる。それでも主要部への浸水を食い止めるだけで、バルジ周辺に広範囲の浸水を受けることは避けられない。
4.1.5.8 装甲の腐食防止策 —高艦齢時の防御力維持—
艦齢が古くなったとき軽視できない問題として、装甲・防御板(特に喫水線下)の腐食による防御力低下がある。長年海水・ビルジ等の水分・塩分に暴露されることで装甲鈑の表面が厚く腐食する。整備のため叩くと鉄ではなく錆の塊を叩いた音がし、どさどさと錆が落下し床に積み上るという報告がある(坂井三郎、零戦の真実)。当然固定ボルト・継ぎ手のリベットなども腐食しているはずで、実質的な防御力は大きく低下していると推測される。太平洋戦争で最も活躍した日本戦艦金剛級は艦齢が古くこの問題が顕著だったはずで、霧島は第3次ソロモン海戦で16インチ砲弾とはいえ、わずか9発の被弾で沈没に至っている。
本級では防錆・防蝕を徹底させるため、水線下の水雷防御鋼板は極力その裏表を燃料タンクとし、重油に浸漬(しんし)することにより長期的な腐食を防ぐ。この場合、外側の重油は被雷時の衝撃波を拡散して防御力を向上させる役目を持ち、内側の重油は水防を破られて浸水する重量を元ある重油の分だけ減少させる効果を持つ。
また舷側装甲を内部装甲としたのも海水との接触を避け、腐食を減少させるためである。
4.1.6 水平防御(甲板防御) —船体強度への活用—
本級で2層防御が最も効率的に活用されるのは水平装甲においてである。特徴はドイツ式2層防御と同様、1層目を露天甲板にしたこと、また防御板(高靭性の薄鋼板の重ね合わせ)ではなくMNC、CNC鋼を用いた甲鉄としたことである。ただし遠距離砲戦のみならず航空機からの爆撃に対処する必要上、ドイツ艦より厚めの水平装甲となっている。
1層目は75mm(舷側付近)〜65mm(檣楼下部)のCNC鋼であり、巡洋艦以下の砲撃・1000lb以下の通常爆弾・500lb以下の徹甲爆弾に対して防御力を持つ。この装甲は露天甲板そのものであり船体最上部に有るため、露天甲板より1層下にある通常の2層防御と異なり船体強度をより効果的に受け持ち、また喫水上の防御区画の容積が大きくなる。船体のなるべく広い区画を直接防御することが本級の基本方針であり、これは特に航空攻撃に対処するためである。
2層目は中央の水平部分と舷側の斜め装甲部に分かれ、中央部は弾火薬庫で120mm、機関部で100mmのMNC鋼であり、露天甲板と合わせた板厚はビスマルクより35〜45mm厚い。斜め装甲部は弾火薬庫で150mm、機関部で125mmである。1層目と併せ16インチ/45口径砲に対し、通常徹甲弾に対して弾薬庫28,000m・機関部26,000mまでの着弾に耐え、SHS(超重量弾)に対しても弾薬庫24,000m・機関部21,000mで耐える。近距離の対砲弾防御を重視した一方で遠距離弾への防御もかなり充実させられたのは、排水量に比し主砲重量が小さいこと、装甲を強度部材として活用し軽量化したこと、構造上水平装甲(中甲板)の強化が近距離弾への防御にも資すること、同様の設計のビスマルク級に比べると防御区画長が短い(他国の新戦艦よりは長い)ことなどによる。
4.1.7 吸排気経路防御
水平装甲には艦内への吸排気路となる多くの開口部が開いている。やや旧式の戦艦ではここにコーミングアーマーと呼ばれる縦の装甲枠を設置し落角を持った砲弾が吸排気口に飛び込むのを防ぐ。しかし砲戦距離が長くなると想定する砲弾の落角も大きく、コーミングアーマーの高さも高くなって重量増となる。そこで日米の新型戦艦及び空母では小さな孔を開けた蜂の巣状の装甲鈑を用いており、日本の大和級戦艦、大鳳級空母、米国のレキシントン級空母、サウスダコタ級戦艦、エセックス級空母などに実例が認められる(引用:平野鉄雄、アメリカの航空母艦、p123、大日本絵画)。
しかし秋名級においては主装甲となる中甲板がほぼ喫水線レベルにあり、舷側の垂直装甲に被弾して水密を破られ傾斜も生じた状況では、吸排気路から機関室や諸室に浸水を生じる恐れがある。コーミングアーマーならその高さ分は喫水から持ち上がって浸水しにくくなるため、中甲板の貫通部については従来艦と同様にコーミングアーマーを採用し、最上甲板のみ蜂の巣装甲とする。
4.1.8 主砲塔防御 —複合装甲により、貫徹阻止だけでなく継戦能力を維持—
主砲塔には頗る特徴ある防御を行う。安全戦闘距離内において主砲弾を被弾しても貫徹されないだけでなく、被弾後も機能を維持し砲撃を継続可能なものとする。(防御目標として、命中弾の砲塔内侵入・誘爆の防止だけでなく、被弾しても極力砲撃能力を維持する。)そのため多層防御、被弾経始、さらに装甲と砲塔内部機構を極力切り離して衝撃の内部伝達低減などの対策を行う。
砲塔が多連装になるほど1砲塔喪失時の攻撃力低下が大きく、本級は三連装3基であるため1砲塔喪失で1/3の砲力を失う。これではそれ以降の戦闘で不利になり、敵に圧倒されて撃沈に至る危険がある。特に本級は近接防御力に優れ接近戦において優位であるが、接近戦は主砲塔への被弾確率が高いことも意味する。近距離戦闘に強い特質を活かすためにも、砲塔へ被弾しても継続して攻撃可能な防御力が必要である。
●継戦能力の維持 衝撃吸収の必要性
ほとんどの戦艦の主砲塔防御方針は、砲塔内部への貫徹を防ぐ装甲を与えることである。しかしその防御を持ってしても、被弾した場合にはその砲塔は使用不能となるのが実戦における結論である。第三次ソロモン海戦において米戦艦サウスダコタは、対16インチ砲防御であるにも拘らず14インチ砲弾のバーベットへの直撃により第3砲塔の機能を失った。砲塔へ直撃していればなおさら被害は深刻だっただろう。
この最大の理由は、砲弾貫徹を装甲で防ぎ得ても、砲弾の運動量を装甲で一瞬で受け止めた際の強い衝撃により、砲塔及び内部機構・人員が被害を受けることであろう。砲塔の継戦能力維持には、砲弾貫入阻止だけでなく、被弾衝撃を小さくする緩衝機能のある防御構造が必要と推測される。これを実現するため、装甲の多層化・被弾経始を組合せ、衝撃を空間的にも時間的にも分散させ、内部へ伝播する衝撃を緩和する構造とする。
●2層装甲による複合防御
主砲塔にも2層防御を実施する。近代戦車の空間装甲に似たもので、意図としては1層目で被帽破壊と運動エネルギー減殺を行い、2層目で被弾経始を活用しつつ貫徹を防ぐ。ただし戦車砲と違い大口径の艦砲では砲弾の重量・運動量が非常に大きいため、衝撃による砲塔機能喪失を防ぐには運動量を1層目で極力吸収する必要がある。そのため1層目と2層目の間は比較的強度の低いラダーフレーム状の構造で接続して1層目を意図的に衝撃で動き易くし、砲弾の運動量を装甲の運動量に変換する。更に間の空間には樫材を挟んでその破壊により衝撃を吸収させる構造とする。
●砲塔形状
前面装甲は特に近距離戦における低落角弾に対する被弾経始を重視して、くさび形として下半分は前方へ45度の傾斜装甲、上半分は後方へ70度の傾斜装甲とする。上面は水平で、側面もほぼ垂直である。特に砲塔全幅をなるべく狭くし、被弾面積を最小化する。これには尾栓を下開きとした構造も貢献する。砲塔装甲は前面・上面・側面とも、ほぼ同厚の2層構造である。
・上面装甲
厚さ90mmのCNC鋼を1層目に、300mmの間隔を空けて110mmのMNC鋼を2層目に配置する。
中間は樫材を充填し衝撃吸収を図る。また横方向の桁材で上下を接続する。これは1層目が砲弾の衝突により後方へ衝撃を受けた際、桁材がドミノ倒しのように後方へ曲がり、甲鉄が後方へ移動しながら砲弾の衝撃を吸収させるためである。同時に中間に充填された樫材も衝撃を吸収しながら破砕され、砲弾の運動エネルギーを吸収すると共に一層目衝突の衝撃が直接砲塔内へ伝播するのを防ぐ。
●衝撃最大値の緩和
2層防御の目的の一つは、被弾時の砲弾運動量の吸収を1層目と2層目で時間差で行うことで、砲塔に加わる衝撃の最大値を低くし、被弾による砲塔機能の喪失を極力防ぐことにある。敵弾の侵入を防ぐのみでは不十分であり、衝撃を極力緩和して砲塔の機能維持を図る。
●1次装甲をなるべく大面積・大質量の1枚板とする
これにより被弾時に装甲鈑全体で砲弾の運動量を自身の後方への運動量として受け止め吸収する。また耐弾力の低下する甲鈑周辺部の面積比が低下する。
砲塔を2層防御化したことの副次的メリットとして、1層目が遮熱板の役目を果たし炎天下において砲塔内部の温度上昇を抑制する。2層の間には衝撃吸収用の木材(樫材)が充填されており、これは断熱材としても機能する。
(1層目は砲塔前面で100mm、上面・側面では75mm厚の装甲とする。これを2層目(主装甲)から300〜500mm離して設置し、中間を桁材で接続する。2層目装甲は前面下半分が400mm前方へ30度傾斜、上半分が350mm後方へ60度傾斜とし、特に低落角の近距離弾に対し被弾経始を発揮させる。上面及び側面は150mm厚とし、1層目と合わせると225mm厚である。)
●装甲部と砲機構の別体化 同軸二重ローラーパス
●バーベット防御
バーベット部分も砲塔同様に2層防御で被弾衝撃が内部に伝播し難い構造とする。砲支塔はバーベットから完全に分離しており、バーベット上端でも直接の接続はなく横方向に30cm・縦方向に10cmほどの間隙を設けてある。砲塔(旋回部)とバーベット間は油浸した防水布で水の侵入を抑制する。ただし完全な水密は確保できないため、青波を受けた場合などはバーベット内部にかなりの漏水を生じ、ポンプで排水する必要がある。思慮の浅い観察者ならこれをもって本砲塔は出来損ないと判断するかもしれない。
露天甲板から上部のバーベットは2層構造で、内側は砲支塔のすぐ外に、外側は更に間隔をあけて設置されているので、バーベットの直径は砲塔幅よりやや広い。露天甲板より下部は内側バーベットが1層目装甲内部にあるため、バーベットはそのまま2層目装甲となる。
4.1.9 機銃防御
本級は35 mm・25 mmの機銃を装備するが、対空戦闘において最も死傷者を生じるのが機銃要員である。敵機が対空火力減殺を狙って特に艦尾側の機銃座へ向けた機銃掃射や炸裂断片に晒され、更に甲板上に爆弾を受けた際には付近の機銃員は悲惨な死を遂げる。加えて戦艦の場合自艦の主砲の爆風にも晒され、戦闘中に退避ブザーなしに発砲が生じた場合自艦の爆風により死傷することすらある。激しい敵機の攻撃と敵味方の砲撃・弾着に伴う衝撃・爆発音等で精神的にも非常な緊張状態に置かれる。更に戦争後半ともなると人員不足・物資不足からほとんど実弾練習もしたことのない初心者が配置される例もある。結果として冷静な照準が望めず、反射的に機銃を撃ち続ける盲射撃が生じがちであった。
敵弾に暴露された甲板上で大勢が配置される機銃員に対しては、死傷者数を減らすためにも、それにより継戦能力を高めるためにも、更には冷静な操作により射撃精度を高めるためにも、各機銃に対しては直接的な断片防御を実施する。
35 mm長機銃防御
35 mm長機銃は甲板上の比較的広い射界を得られる場所に設置されるため、逆に機銃掃射や炸裂弾片も受けやすい。1基に7〜8名の要員が配置され、これが四方からの銃弾・弾片に晒されるため、防盾がなければ戦闘時に多数の死傷者を生じる。
そのため長機銃に対しては搭載全基に爆風覆いも兼ねた防盾を装備する。耐候性・爆風防止を意図した覆いは一般に3 mm程度の薄板であるが、前方に対しては機銃掃射に対して有効性を持つよう15 mmの厚さを持たせ、それ以外の側方・後方・上方には7mmの厚さとする。当然実戦に際してはこの外にマントレットの固縛、土嚢の積立てなどを行うことになる。防盾には爆風よけの機能もあるため、機銃と主砲の同時使用が可能である。このため、対艦戦闘中に敵機が牽制攻撃してきた場合への対処、対空戦闘中に主砲による対空射撃の実施など、戦闘における柔軟性も高まる。
甲板に被弾した場合、機銃への電力線・照準通信線が切断されることが多く、その場合手動旋回・手動俯仰・銃側目視照準となって火力が大幅に低下する。更に35mm長機銃は強制空冷であるため、冷却ファンが停止すると連続射撃が困難になる。このため、機銃座への電力・信号線は軽装甲の管中に通し、主要防御区画内の配電盤・制御盤へ繋げる。秋名級では上甲板(露天甲板)の大部分も75mm装甲で防御され、その下に導設された電力・信号線は他の無防御の艦よりはるかに安全であり、攻撃を受けた際でも防空火力の低下を抑えられる。
機銃の銃口には防眩を兼ねた防炎ノズルを取り付けるが、これは発射炎が射手の照準障害になるのを防ぐだけでなく、銃口からの衝撃波・発射音を前方に集中することにより、銃座や艦上の人員への爆音等の負担を削減させる意味もある。精神的負荷が減るだけでなく、口頭による指示・連絡を行いやすくする効果を持つ。
25 mm短機銃防御
25 mm短機銃は人力操作の単装であり、全体を防盾で覆うことは不可能である。したがって広い射界を得られる(すなわち四方から弾片・銃弾を受ける)場所には配置せず、後方や側方に遮蔽物のある場所に設置し、かつ前方の射線より下部には弾片防御板を設置する。甲板上への配置にあたっては横に数基の銃座を並列して設置し、安心感により機銃員の精神的負担を減らすよう配慮する。
また上部構造に配置する場合、剥き出しの機銃座に置くのではなく、構造物壁面に銃眼を設けこの中から外へ銃口を突き出して射撃する構造とする。
4.1.10 推進軸防御
米戦艦・独戦艦の防御で特徴的なのは、バイタルパート後方の推進軸にも直接防御を行い、それをそのまま延長して舵取機室も防御している点である。日本海軍では推進軸への装甲防御は行っていないが、これは細い推進軸には砲弾命中の確率は低いという想定ではないかと考えられる。
しかし対魚雷・爆弾防御を考慮した場合、推進軸周辺へ命中・爆発すると爆圧により付近の船体構造が大きく変形する可能性がある。その場合、船体に取付けられた軸受けで支持されるプロペラシャフト自体に曲げが生じて回転困難を生じる恐れがある。更に偏心したシャフトの回転により貫通部の水密シールが破壊されて長い軸室全体に浸水し、最悪機関室まで浸水を生じる恐れがある。マレー沖海戦においてプリンス・オブ・ウェールズが左舷後部に被雷、左舷外舷軸が曲って回転により軸室を破壊、機関室や発電機室に浸水し速力低下のほか停電により後方の対空火力が失われるなど深刻な被害を生じた。またフィクションだがT.クランシー著「レッド・ストーム作戦発動」で米空母がこうした浸水を生じる描写がある。
こうした事態が生じると破損した軸に繋がる推進器は停止せざるを得ず、速力が大きく低下する。艦底が浅い艦尾付近では1発の魚雷で舷側軸と中央軸の2軸が損傷する可能性も否定できず、その場合生残性に及ぼす影響が大きい。集中的な航空攻撃を受けると艦尾付近に魚雷・爆弾を被弾する可能性は高く、軸数の少ない秋名級では推進軸防御の必要性は小さくない。
また非技術的な問題であるが、日露戦争までは武運に恵まれた日本海軍はその反動のように太平洋戦争末期は徹底的な不運に見舞われ、念入りな重防御を設置した艦がそのアキレス腱を狙い撃ちされたような不運な損傷を受けることが多かった(例1:飛行甲板防御を行なった大鳳が、その結果生じたガソリンタンクの防御上の欠点を突かれ一撃で沈没した例。ガソリンタンク以外であれば水雷防御も強力な大鳳は1発の魚雷をものともしなかったはずである。例2:多くの空母が潜水艦に撃沈された戦訓から水線下5m以下のバルジ内にコンクリートを充填した信濃に対し、常識に反して浅深度に命中させた方がトップヘビーによりダメージが大きいと考える変わり者の潜水艦長が3mの深度に魚雷を調定し沈没させた例)。秋名級は後知恵で考えられる限り隙の無い防御を実施しており、それが実戦に投入されれば前例のない部分への被害で呆気なく撃沈される事態が、当時の日本海軍の武運からは生じうる。それは日本海軍で前例のない推進軸への直撃である可能性は小さくない。
従って本級では日本海軍戦艦の伝統を覆して、軸系にも直接防御を施す。その主目的は魚雷・爆弾による船体変形の影響を軸系に与えないことで、上面・側面・下面のそれぞれに装甲鈑・防御板を設置し装甲トンネルを構成する。このトンネルは同時に舵取機室への操舵経路・電力経路の防御も兼ね、生残性向上に資する。
4.1.11 舵取機室防御
第2次大戦の戦訓として、戦艦喪失の無視できない契機は舵の損傷であった。独戦艦ビスマルク、日戦艦比叡が舵の損傷により行動不能となり、船体の損傷は軽微でも艦の喪失に繋がっている。特に点を破壊する砲弾以上に、面を破壊する魚雷・爆弾が舵に対する脅威となる。このため舵防御の重要性は主要防御区画に劣らない。
舵取機室には厳重な直接防御を行うが、その手法は米戦艦とも大和級とも異なる。これら既存艦の防御は対弾防御に主眼を置き、そのため舵取機室を水線下に配置している。本級でも対弾防御は当然考慮するが、最重視するのは水雷防御である。水雷防御を考えた場合、舵取機室を水線下に配置するのは危険である。船体外板、特に艦底からの距離が近く破壊力を受けやすい上、浸水で水没しやすくなる。ビスマルクが舵取機室に被雷した際、室内に浸水したため潜水服を使用しての舵軸の取外し作業は難航し、転舵状態の舵の1枚は固着を解除できず操艦困難に陥った。ビスマルク級も舵取機室・プロペラ軸室は装甲防御されているが、主に対砲弾防御を想定したものであり、これは魚雷の命中に対しては無力であった。米戦艦・日本戦艦の防御方式も同様の問題を持つと推測される。
本級は3枚舵に応じて舵取機も3基ある。1基1室に収納されるが、防御の効率化のため3室を1まとめの装甲で防御する。ただし各室は厚さ50mmの防御板で区画され、1室が被害を受けても他へ及ばないようにする。場所は舵取機室の床面をほぼ喫水線レベルとし、艦底部への魚雷命中に備える。
防御要領は主要防御区画に準拠した2層防御とし、魚雷の艦底部爆発に対応した艦底部防御も実施する。舵取機室の下面から艦底部へは複層の水雷防御板を設け、対水雷防御を行う。側面と上面は対弾防御の装甲を設置する。
喫水線上にあるため側面装甲は砲弾の直撃を受けることとなり、厳重な耐弾防御を行う。傾斜甲鉄が効果を発揮するのは被帽を失い貫徹力の低下した2層目装甲であることから、2層目装甲は外側へ30度傾け最大限の被弾経始効果を発揮させる。
4.1.12 艦底部防御
艦底部の防御に関しては、三重底の採用を行う。そのため機関部については大和級よりは重防御、米戦艦と同程度である。一方大和級のような弾火薬庫における艦底部装甲は本級では重量的に困難である。
4.1.13 電力線・信号線防御
甲板上には高角砲・機銃・それらの指揮管制装置が多数設置されている。被弾の際それらへ接続された電源・信号線が切断されると、対空火力が失われるか大幅に低下する。このため電力線・信号線に対して極力防御を行い、被弾・損傷時も戦闘力の低下を防ぐ。
この点秋名級は最上甲板がそのまま装甲鈑になっており、その下は1次防御区画でかなり安全性が高い。そのため主要防御区画の上方に配置された砲熕装備・管制装置類はその電源・信号線を最上甲板下に導いて連絡する。最上甲板より上にある装備に関しては、その高さまで20 mm厚程度の防御管により配線を導く。戦中に増設された機銃座などは固定自体が木甲板へのボルト留めだけで、当然配線も甲板上を這っていたと推測されるが、本級では全て甲板(鋼板)に直接固定し、配線は甲板を貫通してその下の1次防御区画内へ通してから、給電網や管制装置へ接続する。
4.1.14 余談)防御思想の雑感 船体ありきの装甲と、防御区画ありきの装甲
欧米諸国の新戦艦と日本の大和級の装甲防御を見ると、発想の差とも言える違いを感じる。主要防御区画の前後端の隔壁部分に特に顕著であるが、欧米の場合船体に元々ある隔壁を厚くして装甲鈑とし、その内部が結果として主要防御区画になる、という形態に見える。この横隔壁はアイオワ級を含むほとんどの欧米戦艦で垂直かつ真横である。
一方、大和級では船体構造とは独立して装甲鈑が存在し、これは耐弾性のため前後に傾斜している。しかも平面図で見ると前面装甲(首尾線と直交)と舷側装甲(首尾線と平行)の中間は45度の角度で取付けられ、表面積を最小にし重量節約と防御力向上を図っている。いわば主要防御区画というカプセルを船体にはめ込んだ構造となっている。
この船体構造とは別個の、表面積最小・容積最小限の防御区画ありきの発想がいつの時点で日本海軍に生じたか、浅学にして知らない。ただしその典型例を平賀造船中将私設計の35,000t型戦艦に明確に見ることができる。集中防御方式の極限とも言えるこの戦艦案では、前後端に傾斜装甲を配置し、艦底部にも装甲を与え、かつ装甲で囲まれた容積を最小限に絞り込んでいる。限定された重量の下で重要部に十分な装甲厚を与えるために、装甲すべき区画を徹底的に絞り込み、かつ装甲の面積を最小とすべく配置した結果がこの「装甲カプセル」であろう。
一定の体積で表面積が最小となるのは球であるから、防御区画も理想は球形・円形になる。表面積を小さくして重量を節約すればその分装甲を厚くでき、また被弾確率も減らせる。
既存の船体構造に捕われると、垂直・真横・前後方向の船体隔壁の装甲化ということになり、防御区画は直方体となり容積の割に表面積=装甲重量が大きくなる。また装甲区画内に重要度の低い区画が含まれることにもなる。そこを発想を転換させ、まず絶対に防御すべき区画を洗い出し、それを最小限の容積にまとめ、その表面に面積最小となるよう縦横の傾斜を付けて装甲を配置し、カプセルのような防御区画を構成する。この方法論は恐らく平賀氏が発想したものと思え、その思想は大和級の防御に色濃く反映されている。
ただし、この方法論が正解となるのは防御を砲戦に限定した場合である。防御区画を絞ることは、非防御区画の容積が増えることでもあり、攻撃された際の浸水容積も増加してしまう。徹甲弾への対応なら水密区画の細分化である程度効果がある。しかし魚雷や遅延信管付き爆弾の攻撃を受けると、非装甲区画は大規模に破壊され浸水を受け、特に傾斜を生じて艦の生命・戦闘力を低下させやすい。
実際には、絶対重要な区画を重防御するだけでなく、船体表面をなるべく装甲化して脆弱な部分を減らすことも浸水量局限のために重要である。大和級は弾火薬庫が厳重に防御されているが、そのため舷側下部は装甲区画の下に大きな非防御区画が存在し、魚雷を受けた際にこの区画への浸水量が大きく傾斜を生じやすい弱点が有った。
戦艦主砲による艦隊決戦で戦争の雌雄を決する、という前提なら大和の方式が正解である。しかし現実にはそうした局面は発生せず、大和級が曝されたのは航空機による大量の魚雷攻撃であり、そのかすり傷の累積により沈没した。
弾薬庫誘爆という致命傷を避けるための集中防御方式は、一方で浸水・傾斜増加などのかすり傷を累積させやすい短所も併せ持つ。真に有効なバランスがどこにあるかを見つけるのは、難しく、正答も無く、そして考察し甲斐のある命題である。
平賀私設計の戦艦は、艦砲による艦隊決戦に必勝するという前提に立ち、実に合理的にストイックに設計されている。ストイックすぎて、それ以外のことは念頭に無いのではと疑うほどである。艦隊決戦が生じれば、遺憾なく実力を発揮したと思われる。だが、艦隊決戦は実際に起きただろうか。そして、この戦艦が艦隊決戦以外の作戦に使われたら、果たして効果的な働きをしただろうか。
技術的に合理的な解決を図っても、前提条件・出発点が誤っていると全てが無駄になりかねない。技術者は狭い枠、特に専門領域という名の枠に捕われること無く、自由かつ徹底的に、考えうる限りの考察と検討を行わなければならない。特に、常識と考えられているその常識、大前提と考えられているその前提自体が本当に正しいか、常に検討しなければならない。調べ過ぎ、勉強し過ぎもまた問題である。調べても、その時点で誰も気づいていないことはどこにも書かれていない。それを発見するには、自分の頭で考え、思いつくしか無い。調査・勉強は問題解決の必要条件ではあるが、十分条件にはほど遠いのである。
4.2 【間接防御】
4.2.1 水密区画細分化
4.2.2 急速注排水装置・重油移動装置
当時の多くの軍艦と同様本型も急速注排水区画を持ち、浸水により傾斜を生じた際に迅速にこれを補正可能とする。急速注排水区画への注水所要時間は5分、排水所要時間は30分なのは大和型と同様である。ただし実際の戦訓に鑑み、大和型の急速注排水による横傾斜補正能力は約8度
4.2.3 船体の溶接構造
4.2.4 低燃費が防御におよぼす問題
本級は低燃費艦であり、航続力に比して搭載燃料が4,800tと少ない。燃料は水雷防御の一環として衝撃の吸収や浸水重量の減少に役立てられるため、搭載量が少ない分それにまわせなくなる。また浸水時に艦の傾斜を修正するため燃料の移動を利用するが、これも燃料搭載量が少ないと修正量が少なくなる。その対策として、横傾斜に対しては燃料をバルジ最外側のタンクに移動させモーメントの腕を稼ぐことである程度対策する
4.2.5 舵の3枚舵化と配置
本級は舵を3枚装備するが、これは旋回性能を高めるほかに抗胆性を高めるためでもある。戦艦のサイズでは舵を2枚装備するのが普通だが、横に2枚装備すると魚雷で2舵共に破壊される危険性が高い。これを懸念して前後に副舵・主舵として配置したのが大和級戦艦・翔鶴級・大鳳両空母であったが、小型の副舵では十分な操艦性能(特に当て舵による直進への復帰能力)が無く冗長性は高まらなかった。秋名級の3枚舵は両舷の2舵は前方、中央舵は後方に配置されるため同時破壊の可能性は低く、更に舵面積が3枚とも一定以上ありかつ推進器の後流内に置かれるため1舵でも最低限の操艦性能は確保され、舵部への被害に対する冗長性は他艦に比べ相当高い。
4.2.6 舵軸の強制切断機能
旋回中に舵取機に損傷を受けた場合、舵を無効化して直進に復帰できることは戦訓から見て非常に重要である。ビスマルクも比叡も旋回中に舵取機に損傷を受け(対空戦闘における回避運動中は転舵状態でいる時間が長い)、転舵状態で固着した舵により定常旋回を続けてしまい、艦喪失の最大原因になっている。日本海軍では被害時に舵を強制的に中立位置へ戻す機構を備えていたが、比叡の戦訓から見て不十分だったようである。
この場合、舵取機と舵の連結を切り離して舵を自由回転させ直進さえできれば、曳航式応急舵による脱出可能性も出てくる。直進不能ならば戦闘海域からの離脱が不可能となり、正確な砲撃も困難となるため、敵の攻撃で艦を失うか自沈させるしか無くなる。
通常舵取機と舵軸はフランジとボルトにより固定されているが、転舵状態で舵が固着すると舵軸には大きなトルクが掛かり、フランジからボルトを抜くのは困難と予想される。ビスマルクの例では2舵のうち片方は切断に成功したが他方は失敗した。浸水してピッチングに伴い激しく海水が流れる舵取機室内で、潜水服を着用しての作業は困難を極め、三名の作業員が死亡している。(※それでもこの危険な作業に志願する者には事欠かなかったと言う事実が、危機に直面した時に一部の人間が発揮する勇敢さの実例と言える。私ならきっと死と苦痛を恐れて躊躇する)
この解決策としては、2案が考えられる。一つは舵取機と舵軸をスプラインを用いたカップリングでつなぎ、カップリングを軸方向にスライドさせるとスプラインが抜けて舵軸の連結を解除する。もう一つはフランジのボルトを火薬を内蔵した爆砕ボルトとして、緊急時にはこれを爆砕してフランジの接続を解除する。
前者ではカップリングの機構(特にスプラインの工作精度)やトルクが掛かった状態でのカップリング移動が難しい可能性があり、後者では平常時の安全性と非常時の爆砕の確実性に問題がある可能性がある。どちらがより適切かは結論が出ないが、いずれかの方法を用いて舵軸の強制切断機能を確保する。
なお、舵が自由回転すると安定板としての機能が無くなり直進性低下をもたらすが、本艦の場合中央軸のスケグ側面積が大きいことと、後部檣楼が巨大かつ翼断面であるため風圧側面積の中心が後方にあり、舵が無効でも直進性に問題は無いと考えられる(仏客船ノルマンディーもダミーの第3煙突の空力作用で操安性に好影響があった)。ただし後檣による空力安定は風見安定性を高めるため、横風がある場合に艦を風上に向ける力が強くなるため、それを補正する舵力が必要となる。
4.2.7 射撃指揮装置の配置
戦闘で被弾した場合、各種の照準装置の破壊は頻繁に起こり、そうなれば艦の戦闘力は大幅に低下する。そのため照準装置の損傷防止と冗長性を高める工夫は重要である。
高射射撃指揮装置は6群の高角砲に併せて、6基を装備する。高角砲群の配置とほぼ同様に、前檣前面及び後檣後面に各1基、上部構造左右側面に2基ずつである。
配置上の特徴として、上部構造のなるべく高い位置に配置する。これは第一に、甲板から離すことで発砲煙や被弾時の火災などの影響を受けにくくし、照準に支障が出にくくするためである。
第二に、指揮装置の破壊を極力防ぐためである。爆弾等が甲板や海面に命中して爆発した場合、その弾片の飛散密度は距離の2乗に反比例する。つまり甲板からの高さが2倍になれば、甲板での爆発による弾片を受ける確率が1/4に減少する。更に指揮装置には軽装甲を装着して弾片・機銃弾に対処するとともに、指揮装置の下部台座もある程度の厚さを設け、被弾時に下方から飛んでくる弾片が指揮装置を直撃しづらくする。これらの対策により激しい空襲、特に戦闘機(機銃掃射)、爆撃機(爆撃)、雷撃機(雷撃)の同時攻撃などの状況下でも、極力照準能力と対空火力を維持することを狙う。
4.2.8 乗員保護 —弾片・爆風防護の実施—
砲弾・爆弾の命中時はもちろん、海面へ徹甲弾が弾着した場合ですら甲板上には破片が飛び交う。砲爆弾の破片は鋭利でギザギザの鉄片で、海面に着弾した場合ですら衝撃・炸裂で非常な高温になり、不用意に素手で拾い大火傷を負った例もある。命中すれば大小の鋭利な破片が非常な速度で飛び交い、乗員をあるいは引き裂き、あるいは手足を切断させることになる。乗員の死傷を極力防ぎ五体満足なまま帰国させることは職業福祉の点からも極めて重要である。死傷者の減少は、戦闘力低下を防ぎダメージコントロール力を確保し、代替要員の補充を減らせるなど戦力への影響が大きい。軍艦では優先順位を付け、優先度の低い区画では乗員の犠牲をやむなしとする設計をせざるを得ないが、本級においては可能な限り乗員保護に対しても配慮する。兵器は殺傷を目的とした機械であるが、乗員の安全がそれなりでいい理由にはならない。
対空戦闘の時など、甲板上には機銃員をはじめとした生身の人間が、敵の機銃弾・炸裂弾片・爆発の衝撃波・火炎などに曝される。この被害を最小限とするため、機銃にも防護覆いを装備する。35 mm長機銃に対しては砲塔形状、25 mm短機銃に対しては砲郭式遮蔽板とする。板厚は大和級の機銃覆いのような3.2 mmではなく、15〜20 mm厚として米軍機の12.7 mm機銃弾に対する防御とする。この遮蔽はまた爆発・砲撃の衝撃波・音を緩和し、乗員に掛かるストレスを軽減し、能力発揮を促進することも意図する。
また反跳した機銃弾や弾片が乗員を殺傷しにくいよう、暴露された壁や床に滑り止めを兼ねた細い板状のショットトラップを突き出し弾片を引っ掛ける。また機銃座は極力後方に遮蔽物のある場所に配置し、前方への射撃中に後方からの機銃掃射・弾片飛来による死傷を防ぐ。
これらの副次的効果として、厳重な装甲で守られた安心感は戦場において兵士を勇敢にさせる、というものがある。安心感は冷静な判断をもたらし、精神疲労を減少させ、乗員の能力発揮を容易にする。それが射撃精度や損傷復旧作業などに好影響を及ぼす可能性もある。特に対空射撃を銃側照準で行う場合、激しい攻撃や衝撃、敵弾や爆音などのプレッシャーから、銃手が正確な予測照準をせず反射的に引き金を引き続ける盲射撃が生じがちである。落ち着いて敵機を選択し、冷静に射距離を判断しつつ見越し射撃を行うために、精神的な安心感が与える影響は小さくないと推測する。事実高角砲において敵機を十分に引きつけてから発射することで命中率を大幅に向上させた例や、艦長が敵機をよく狙って撃つよう叱咤してから命中率が段違いになった事例などが存在する。個人技が重要な当時の兵器体系では、精神状態が命中率に及ぼす影響は大きかっただろう。
この精神安定には、守られている事実の他、遮蔽による発射音・爆発音・爆風などの減衰も寄与する。更に戦闘後や退役後、実戦経験者の数割が患うPTSDの発症を幾らかでも減少させられる可能性もある。生死の境目で兵器を使う者の精神面まで慮れないようでは、兵器開発者として失格であろう。
4.2.9 乗員脱出経路の確保
軍艦は被害時の浸水極限のため、特に喫水線下は縦横の水密隔壁で細かく区切られ、各区画間に横方向の扉は極力設けない方針となっている。一方で戦闘配置の区画には乗員が勤務しており、浸水時に極力脱出し生存させる方策が必要である。
旧来の設計方針では艦の生命維持に必要なら乗員の水死はやむなしという考えである。例えば艦底部にある聴音機の操作室などは、操作員が上の区画からハッチを通って入室後、そのハッチを「上の区画から」ボルト留めして閉鎖、下からはハッチの開放を不可能にした構造の艦もあった。被弾時にハッチが緩んだり、操作員が脱出のためハッチを開放して浸水が拡大することを防ぐためであるが、操作員の水死を前提とした設計である。
技術畑では議論されることも言及されることも無いが、水死というのは緩慢な焼死などと同様極めて苦痛な死に方である。潜水艦救難用のレスキューチェインバー開発者の動機は、沈没潜水艦で死亡した友人の爪が、脱出しようとハッチを掻きむしった結果全部剥がれており、溺死が想像を絶する苦しみを伴うものであることを知ったためという。それが軍隊であり軍艦であるという考えもあるが、筆者は現代の人間でありそれに反対である。喫水線下の区画において、乗員の配置されている区画のハッチをラッチではなくボルト留めの機構とし、そのボルトを乗員と反対の区画から固定するような非人道的設計は戦闘艦であっても許されるべきではない。技術上可能な限り、艦全体の生命を危険にしないように、乗員を生きたまま脱出させる方策を講じることは、技術者の良心として忘れてはならないと考える。
浸水時・沈没時などに特に乗員の水死を招きやすいのは機関室・弾火薬庫などである。喫水線下にあるため浸水しやすいこと、上部に水平装甲があり脱出経路が少なく、また装甲ハッチが重いため開閉が難しいことなどが理由である。
本級の水密区画の設計方針は以下の方針に従う。
1.脱出困難になりやすい区画(艦底の舷側部・艦首・艦尾付近など)には極力乗員を配置しない
2.配置する場合には脱出経路(水密トランクなど)を極力確保する。
3.更に1区画からの脱出経路を極力2系統以上用意する。
4.その際、1系統は上方へ、他系統は側方(船体中心側)へつなげ、隣接区画が水没しても脱出可能なルートが残りやすくする。
5.上方へのルートも、1つはハッチで直上の部屋へ、もう一つは水密トランクで2層上へなど、なるべく重複しないルートを設ける。
6.主要防御区画内など比較的広い区画の場合は脱出トランクを極力離して2カ所以上配置する。
区画が狭い場合、トランクを1カ所の他、艦内奥の隣接区画への脱出ハッチを設ける。ハッチ扉は外開きとし水圧で塞がれる方向とする。また立って通過できる扉ではなく、くぐり抜けるための円形の小型ハッチ(マンホール)とし、これを部屋高さの中間に設置する。少し高くするのはその分水圧が減り漏水しにくくするため、余り高くしないのはハッチが閉鎖不能となってもハッチ穴より上にある空気が横へ抜けず、乗員の生存空間を保てる可能性があるからである。脱出トランクやハッチの板厚は水密隔壁と同厚とし、これが防水上の弱点と成り難くする(大和級においては重量節約を優先した結果ここが薄くなっていた)。一方浸水範囲の増加を局限するため、艦の前後方向(横隔壁)にはハッチを設けない。
脱出トランクは極力各甲板直通とし、艦の前後部の主要防御区画外では出口を露天甲板の1層下に設ける。主要防御区画内では2次水平装甲直下の区画に出口を設け、ここからさらに装甲ハッチを通じて上部へ脱出する。
水平装甲にある装甲ハッチは前開き式とし、補助スプリングの強度にも余裕を持たせる。一般的な横開きとしないのは、艦が扉開放側へ傾斜した際に重力で開放困難になるのを防ぐためである。戦艦大和の沈没時、左傾斜により右開きの装甲ハッチ開放が困難になって脱出不能になった可能性を危惧する意見がある。
前述の通り、本級は2層防御であるため水平装甲1層の板厚が薄く、装甲ハッチが小型・軽量化され開閉が容易であるほか、多くの脱出経路を設置可能で乗員の脱出性を高めている。
沈没時に総員退艦が発令された場合、動けない負傷者は階段を登れないまま艦内に置き去りにされ死亡することが多い。救助を懇願する負傷者を振り切って脱出せざるを得ない状況が生じる。顔見知りを置去りに脱出した兵が非常な自責の念に苛まれた例が、フォークランド紛争シェフィールド沈没時にもあった。そこで特に負傷者の自力脱出を極力可能にするため、梯子・ラッタルに以下の対策をする。
1.軍艦の昇降梯子は通常角度60度であるところを、スペース的に可能な限り50度にする。負傷者(特に歩行不能な脚部負傷者)を極力脱出させやすくするためである。
2.容積(床面積)に余裕のある区画では、垂直のラッタルだけでなく斜めの階段状梯子を極力設置する。理由は同上。
3.上の梯子は横方向ではなく艦の首尾線方向へ設置する。横方向に設置すると、浸水で横傾斜した際勾配がきつくなる階段ができ、脚部負傷者が腕力だけで這い上がるのが難しくなるためである。
4.艦内梯子は艦首へ向かって昇る方向とする。浸水した軍艦は通常予備浮力の少ない前方へ傾斜することが多く、その際梯子の角度が緩くなり登り易くなるためである。(露天甲板への梯子だけは、この向きではハッチを開いた際に風雨が飛び込み易くなるため後方へ登る方向にする。)
5.梯子の左右には密にフレームを配置し、脚部負傷者が這い上がる際に手で掴んで登り易くする。
6.可能ならば梯子の手摺下部にはロープを配置し、片腕でも歯で噛んで体重を支えながら這い昇れるようにする。(両腕を負傷した脱出者が、救助船からのロープを口で咥えて海面から艦上へ引き上げられた例がある)
4.3 防御検討の終わりに
本巡洋戦艦は第2次大戦の実例を元に、後付の知識全開で最も適切な戦艦像を検討するというものであった。にも拘らずこと対砲弾防御についてはビスマルク級、遡れば第1次大戦のバイエルン級より効率的な方法をついに考案できなかった。舷側防御に関して、逆傾斜装甲を使い接近するほど強固になる巧妙な被弾経始、水雷防御壁までも活用した3層防御、装甲を最大限船体強度に活用できるなど、ビスマルクの防御設計は検証するほどにその合理性に感嘆の念を禁じ得ない。これを戦前、しかも第1次大戦時に開発していたドイツの造艦技術者に対しては脱帽せざるを得ない。
同時に2000年頃から流行り始めた、ビスマルク級に対して誤認と予断の多い低評価を下した上、品性に欠ける表現で本艦を造り上げた技術者達の努力・戦った将兵の名誉までも侮辱する一部の言動には疑問を抱かざるを得ない。拙稿によって読者の方々が軍艦および技術者の創意工夫について、より多様で客観的な考察機会を得る一助になるなら、望外の喜びである。
5. 機関・艤装
5.1 主要目および特徴
5.1.1 主要目
最大速度:32.5 kts
(過負荷全力速度:33.5 kts)
機関構成:【架空】艦本式15号2型ディーゼル12気筒9,000SHP、18基(6基/軸)
軸数:3
最大定格出力:162,000 SHP(54,000 SHP/軸)
過負荷出力:178,000 SHP(11/10負荷)
推進器直径:6.3 m
重油搭載量:4,800 t
補助燃料搭載量:720 t(軽油・灯油)
航続距離(定格):7,000 nm/30 kts、13,000 nm/20 kts、15,000 nm/18 kts、20,000nm/15 kts
航続距離(過積載):8,000 nm/30 kts、17,200 nm/18 kts、23,000nm/15 kts
舵数:3枚(各同面積・同平面形、異断面形)、推進器直後
5.1.2 機動力
巡洋戦艦の存在意義はその機動力にある。本級では機動力をさらに細かく以下を目的にする。
1)高速力:最大32.5 kts
軍艦は戦闘機会を得られなければ実戦力としては無用の長物である。そのために30kts以上の速度は必要である。本級の目的は艦隊決戦用の主力艦ではなく、前線において縦横に行動・活躍できる有用な艦とすることであり、その必須条件が高速力である。高速発揮しやすい船形・効率的な推進器配置などにより、162,000SHPの出力でこの速度を可能とする。これは同出力・略同大の独戦艦ティルピッツより1.7kts優速である。
2)大航続距離:18ktsで15,000nm
同様に航続距離の長さも活躍には重要である。特に高速では航続距離が短くなるので、高い巡航速度を可能とするためにも大航続力は必須である。航続力は18kts時15,000nm、15kts時20,000nm、30kts時7,000nmと長大である。ただし、航続力は燃料搭載量の増加によるのではなく、燃料消費率の減少によって実現する。
3)低燃料消費率(燃料消費を同排水量・同出力の既成艦の55%に抑える)
燃料消費率低減は航続距離を長くするだけでなく、貴重な資源であり兵站である燃料を節約する面から、資源に乏しい日本において戦術上重要な長所となる。更に燃料消費が少なければ同一航続距離に対して燃料搭載量を減らすことができ、その節約重量を防御や攻撃力の強化に利用可能となる。ディーゼル機関の採用・効率的な三軸推進・大直径プロペラ・船形の工夫によりこれを実現する。既存艦からの節約分45%のうち、ディーゼル主機による熱効率向上で35%、三軸推進及び推進器・船体形状による推進効率向上で10%を達成する。
4)高い旋回性(旋回半径だけでなく、転舵から旋回開始までのタイムラグを最小に)
本級は機動部隊の前衛をはじめ、積極的に前線へ展開し場合によっては水雷部隊を嚮導して敵艦隊への突撃等も想定する。小型艦と協調して俊敏に艦隊行動を行うにも、雷撃・爆撃の回避行動を行うにも、高い旋回性が必要である。旋回半径が短いだけでなく、転舵してからすぐに回頭を開始するレスポンスの良さが求められる。鈍重な戦艦ではなく、軽快な巡洋艦並みの機動力が必要である。このため舵を同形3枚舵とし、各々推進器の直後に配置することで強い旋回力を発揮し、操舵から回頭開始までのタイムラグを戦艦として異例なほど短くしている。同時に、3枚舵とすることで被害時に舵の全滅を極力防ぎ、生残性を向上させる狙いもある。
5)優れた航洋性(凌波性を良好とし、動揺角を小さく、動揺周期も長くする)
荒天下において安定した航行ができることは、戦闘能力発揮の面でも重要である。動揺が大きければ砲撃自体が不可能になり、また動揺周期が短ければ照準精度が低下する。アイオワ級が荒天下で30度の動揺を生じた処、同行するヴァンガードは15度しか傾斜しなかったと言われるが、本級は同条件で12度程度を目標とする。これだけ違うと、主砲の発砲可能時間にも差が付き、更に装甲が敵弾に弱くなる角度(敵艦側へ傾斜すると水平装甲が、反対へ傾斜すると垂直装甲が貫徹されやすくなる)にもなり難くなるなど戦闘力への影響は無視できない。またどんな気象条件下でも安定した航行が可能で、かつ長期の遠洋航海も可能な航洋性は「使える軍艦」として重要である。船形の工夫、喫水線上部の幅を広くした船形、フレア、ナックル、トランサムスターン、幅広のビルジキール、空力安定をもたらす上部構造の採用などでこれを実現する。
5.1.3 ディーゼル3軸推進 —燃費効率、推進効率、容積効率の追求—
2層防御と並ぶ本艦の大特徴は、主機をオールディーゼル推進とし、かつ3軸配置とすることである。3軸合計で出力162,000馬力、最大速力32.5ノットの高速戦艦(巡洋戦艦)とし、18ノットで15,000海里の長大な航続力を、わずか5,000tの燃料で達成する(米アイオワ級は15ノットで15,000海里に対し燃料8,700tを搭載する)。機関出力の割に高速で、燃料搭載量に対して著しく航続距離が長いが、これらはディーゼル主機、3軸推進、バルバスバウ、トランサムスターン、空力改善などいくつもの技術的特徴により達成される。
5.2 ディーゼル主機
主機として戦艦大和級に採用予定だった艦本式13号2サイクル複動式ディーゼルを2回にわたり改良した、架空スペックの艦本式15号内火機械を採用する。各軸に対し、15号2型(12気筒9,000 SHP)6基を2基の減速機で各3基ずつ接続、1軸当り54,000 SHPを得る。これを3軸搭載し、合計出力162,000 SHPを得る。
ディーゼルを主機とする利点を以下で説明する。
●燃料消費率の低減(蒸気タービンに比較し約2/3)
当然ながら、ディーゼル機関の最大のメリットは熱効率の高さによる燃料消費量の低さである。これは以下のようなメリットをもたらす。
・航続距離の増加
・燃料搭載量の減少(軽量化・艦形の小型化)
・燃料補給量の減少(燃料節約、兵站輸送の負担低減)
本級は18ノットで15,000海里の長大な航続力を、わずか5,000tの燃料で達成する。米アイオワ級は15ノットで15,000海里、すなわち18ノットで約12,000海里に対し燃料8,700tを搭載する。戦艦金剛級は第2次改装後は18ノット10,000海里に要する燃料6,000tに対し、秋名級は距離当りおよそ55%の燃料しか消費しない。この節減分45%のうち35%がディーゼル機関の燃料消費率に由来する。
●被弾時の安全性
この問題は、被弾時の戦闘継続性に想像以上に大きな影響がある。
蒸気タービン艦の場合、高温高圧の蒸気・熱水の充満したボイラー・タービン・蒸気管は弾薬に次いで危険な「爆発物」である。被弾により破損すると、圧力の抜けた水胴・水管中の高温高圧水が爆発的に気化・噴出する水蒸気爆発を起す。しかもその缶室・機関室のみならず、蒸気は吸排気経路や破口を通じて他の機関室にも噴入し、特に人員に被害が及ぶ。高温高圧蒸気により乗員は蒸し焼きとなってほぼ確実に死亡、即死を免れても重度の火傷、特に肺の火傷による呼吸困難などにより、非常な苦痛の中で死亡する(生命を取り留めても、重度の火傷の治療は拷問に等しい苦痛を伴い、重い後遺症を負う)。そして隣接する機関自体は破壊を免れても、操作する機関員が全滅すれば操艦が困難になる。実際戦艦霧島は機関室に受けた主砲弾により蒸気管が破断し、機関科員がほぼ全滅して航行不能となり、最終的に沈没している。
大和級戦艦の当初案であるディーゼル・タービン併用案では、この危険を考慮して被弾確率の高い外舷軸にはディーゼル、より安全な内舷軸に蒸気タービンを配置した。秋名級は全ディーゼル推進であるため、万一機関室に被弾しても蒸気爆発の心配は無く、また高速回転するタービン羽根が折損・飛散して周辺を破壊する危険も無い。徹甲弾・徹甲爆弾を機関部に受けた際の継戦能力・生残性・乗員安全性は、蒸気タービン艦より飛躍的に向上している。
●吸排気経路のスペース減少(容積効率の向上)
ディーゼル機関は蒸気タービン機関のボイラに比べ吸気流量・排気流量とも小さいため、吸気経路・排気経路とも容積が少なくて済む。これを利用して全煙路を後檣後部に導き、排煙が照準や指揮に悪影響を及ぼさない様にした。また流路断面積が小さいことは、吸気路・煙路の装甲貫通部の面積も小さくて済み、防御上のメリットとなる。更に艦内スペースの有効活用にも資する。
●高温排気の減少による艦橋部・照準装置への悪影響防止、煙路周辺の熱害減少
ディーゼルは排気温度も低いため煙路周辺へ及ぼす熱害も少ない。また煙突から出た排煙が艦橋や照準装置へ及ぼす熱害も抑えられる。更に艦内への熱害も抑えられ居住環境が向上し、高温多湿の南方海域においてこの利点は小さくない。
●真水の消費量節約
冷却水にしか真水を使用しないため、船上で貴重な真水の使用量が少ない。蒸気タービン艦では熱媒に水を大量に使用するので平常時でも損失量が多く、被弾・損傷した際にはタービン用の水が失われて行動不能になりやすい。最悪海水をボイラーに導入して非常運転した場合、ボイラーは以後使用不能になる。このため真水が不要なことは損傷時の継戦能力・生残性にも貢献する。
一方、ディーゼル主機による欠点は以下が考えられる。
●タービンに比べ機関重量・容積とも増加。
●主缶からの蒸気供給が不可能(砲塔動力用水圧ポンプ・補機の電動化、暖房用ボイラーの設置の必要)
●振動の増加(居住性のみでなく、照準等の障害になる恐れ)
※本級で使用する15号2型は12気筒機関であり、このため1次・2次振動とも無い完全バランス機であるため、振動面で有利である。
●騒音の増加(水中聴音機の障害、居住性への影響)
●排煙の煤による搭載機器、特に光学機器への悪影響(これは蒸気タービンでも発生する)
これらは一般論としてのディーゼル主機の欠点だが、当時の日本海軍または世界的なディーゼル機関にはエンジンそれ自体にも問題があった。このため当時の実在のディーゼル機関を戦艦の主機として実用するのは無理があり、架空の改良型を搭載するものとする。以下にその内容を説明する。
5.3 主機および補機用のディーゼル機関
5.3.1 (実在)13号内火機械概要
※)以後の日本海軍ディーゼルに関する記述は次の資料を参考にしている。
坂上茂樹、戦時日本の中速・大型高速ディーゼル、大阪市立大学大学院経済学研究科 Discussion Paper No.90、2016
ボア480 (mm) × ストローク650 (mm)
気筒ピッチ:800 (mm)
定格回転数:350 (rpm)
ピストン速度:7.0 (m/s)
平均有効圧:5.1 (kgf/cm2 ?)
最大圧:60 (kgf/cm2 ?)
全長(10型):9942 (mm)
機関全高:3937(軸芯上) + 800(軸芯下)=4737 (mm)
機関全幅:2640 (mm)
台板幅 :1800 (mm)
複動式(ピストンの上下両側に燃焼室がある)
13号内火機械は元々戦艦大和級に搭載予定だったディーゼル機関で、水上機母艦日新に試験的に搭載された。ボア480×ストローク650の複動式(ピストンの上下両側に燃焼室がある)で、計画された単気筒出力は800馬力、10型は10気筒、2型は12気筒である。実際の定格出力は条件に応じて減格され、日新では単筒735 SHPである。また高出力を意図した2ストローク機関であるため、吸排気(掃気)のため強制的な空気供給が必要であるが、当時はまだターボ過給機は実用化されていなかった。そのため機関室内に小型の4ストローク機関(22号内火機械)を併設し、これでブロアを駆動して掃気を行った。 しかし13号の元となった11号機械(12号は潜水艦用)は、設計図も完全には完成していない実験機関レベルのものであり、事実搭載された大鯨においては計画出力の6割も発揮できず、燃焼不良により部分負荷でも朦々たる黒煙を出し、ピストン棒折損・ピストンリング破損等の根本的故障が頻発した。これを改良(ネガ潰し)した13号も恐らく十分な性能も信頼性も実現できなかったはずで、それ故に大和型では急遽この機関の使用を中止し全タービン推進に設計変更された。秋名級の構想では、この13号機械を2回に渡り改善した架空の15号内火機械を搭載するものとする。その性能は種々の改善によりようやく13号内火機械の当初計画性能(信頼性および出力)を実現したものである。
5.3.2 【架空】14号内火機械概要
13号内火機械の信頼面を重点的に改良し、その代償として若干の性能低下を忍んだ機関。 11〜13号内火機械で破損等が発生した最大要因は、ピストンスピードが7.0 m/sと当時のドイツ製機関と比べても非常に高かったためと推測される。高いピストンスピードは出力追求の結果であるが、14号ではこの基本仕様を変更し、ストロークを若干縮めてピストンスピードを毎秒6.4メートルとし信頼性を向上させる。ストローク減少に伴う排気量減少はボアを若干大きくして相殺するが、ウォータージャケット厚の減少によりシリンダピッチは13号のままとする。この結果排気量は同一でも、圧縮比の減少と掃気効率の低下により出力・燃費は若干悪化することを忍ぶ。
13号までの艦本式ディーゼル機関で信頼面で最大の弱点はピストンロッドの亀裂・折損であった。このためロッドとピストンの接合部の強化、ロッドに対する熱処理改善による強度向上、内部の冷却水路の改善によりロッドの冷却性を改善、ピストンの軽量化などを実施する。またロッドとコンロッドの接合リンクの強化、往復・回転部の重量バランスを改善し偶力を低減する。
冷却水・潤滑油の経路を最適化し、シリンダブロック・ピストン・ピストンロッド各部の温度差を低下させ熱歪みを減少させることで、局部応力発生の防止や摺動部の面圧を均一化し、クラック等の発生を抑止する。
各部の温度差を減らす熱的バランス、重量に基づく振動・偶力を減らす重量バランス、形状の最適化・材料改善・熱処理改善による強度向上により信頼性を向上させる。
5.3.3 【架空】15号内火機械概要
14号内火機械の燃焼・吸排気面を重点的に改良して性能を向上し、13号で当初予定された性能を実現させた機関。燃焼室・吸排気経路の全般に渡って流体力学的・燃焼工学的改良を行い、吸排気効率・掃気効率・燃焼効率の向上により出力・燃費性能の改良を図る。
この改良に当たっては、従来の機械工学の技術者のみでなく流体力学および燃焼工学の専門家が開発に加わる必要が有る。航空レシプロエンジンの傑作とされるロールスロイス・マーリンエンジンが高性能を発揮したのは、開発陣に流体力学の専門家が加わり、各部に流体力学的に効率の高い設計が為されたことが主因である。
・掃気ブロアおよび掃気ダクトの改良でより高い掃気圧・風量を確保し、掃気効率の改善を行う。
・掃気・排気ポート形状を単気筒エンジンによる実験により最適化し、掃気効率を向上。(ただし機構複雑となる部分管制掃気は不採用)
・燃料噴射ポンプ・高圧パイプの改良により噴射圧を高圧化し、噴霧性能を向上。
・下側燃焼室の噴射ノズル配置を実験により最適化。
・下側燃焼室の噴射方式を直噴式ではなく渦流室式とし、若干の燃費悪化を忍びつつ、燃焼効率を向上。
・排気管を位相が120度ずつ異なる3気筒でまず集合させ、その後全気筒集合させる12-4-1構成とし、排気干渉を減少させ排気効率を向上。
なお、当時の日本海軍の高性能(を意図した)ディーゼル機関には部分管制式と呼ばれる、排気側にロータリーバルブを設けて排気をコントロール(管制)し、掃気効率を向上させたものがある。しかしこれは余りにも機構が複雑で、生産性・整備性・信頼性の面で兵器用としてはデメリットが多いため、本15号では管制掃気無しに上記燃焼改善を実施したものとする。性能向上のために極度の複雑精緻化を行ってしまうのは当時の日本軍事技術全般に言える問題であり、一概に悪とは言えないが、「武人の蛮用に耐える」ことを求められる兵器としてここでは信頼性を優先する。
14号・15号の2度に渡る改良により、15号内火機械では複動式2サイクルディーゼル機関として、一定の完成を見たものとする。ただしそれは目覚ましい高出力・平均有効圧・ピストンスピード・燃料消費率・出力重量比を達成するような華々しい成果ではなく
・計画値通りの定格出力を発揮し
・必要に応じて過負荷全力(11/10全力)も発揮でき
・最大出力でも煙幕のような黒煙は出さず
・排気管に溜まった未燃燃料が後燃えして盛大な白煙を出したりせず
・熟練した機関員が徹底的な点検・予防整備をしなくてもロッド折損したりせず
・長期にわたって一定以上の性能を維持できる
という、当初13号機械で実現予定だった性能をやっと実現可能にした、地味で堅実な改良である。
5.3.4 (実在)22号内火機械概要
22号内火機械は日本海軍で広く利用された4ストロークディーゼル機関で、潜水艦・水上艦共に多くの艦艇に採用された。ピストンの上側だけに燃焼室があるシンプルな単動式であり、その分信頼性や製造性に優れるが、出力は同ボア・ストロークの複動式に比べて半減する。かつ4ストロークは2ストロークに比べ出力が半減する為、理論上は複動2ストローク機関に比べ出力は1/4となる。4ストローク機関であるため、外部に掃気ブロアは必要としない。
元々22号内火機械は、2サイクル機関である11号内火機械のターボブロア(ここでいう「ターボ」ブロアとは送風機にタービン翼車を使用しているという意味であり、排気タービンにより駆動される「ターボチャージャー」という意味ではない)駆動用として5気筒型が開発され、以後6〜10気筒の各型も開発された。複動式に比べ単純な構造のため製造性・信頼性が「相対的に」優れ、大戦後半ではディーゼル機関の主力となった。ただしその信頼性は、戦後民生用として流用された際に信頼性の低さが大問題となった程度である。まして更に信頼性の低い日本海軍2ストローク機関は、戦後見向きもされなかったという。
5.3.5 【架空】22号内火機械改概要
5.4 補足)日本海軍におけるディーゼル機関の実態
秋名級構想では主機をディーゼルとしたが、実は当時のディーゼル機関は艦艇用として実用レベルに達していなかった。
根本的な理由は2つあり、1つ目は当時まだ排気ターボ過給が実用化されておらず、艦船用高出力ディーゼルは複動式と呼ばれるピストンの上下両側に燃焼室を持つ方式で、これに起因する種々の問題を抱えていたためである。2つ目は同様の理由で4ストローク機関は出力不足のため2ストローク機関が主流だったが、ボアの巨大な舶用エンジンではオートバイ用のようなポート掃気は土台無理であり、排気バルブ併用のユニフロー式まで待たねばならなかった(但しユニフロー式は大型低回転用の機関であり、小型高出力が要求される艦船には使用できない)。艦艇用としてディーゼル機関を利用するには、排気ターボ過給の中高回転型4ストローク単動ディーゼルの完成が必要であった。
多くの問題にも拘らずこの時期複動式ディーゼル機関が日本をはじめ各国海軍で試みられたのは、同じ大きさ(ボア×ストローク)・重量の単動式に較べ、約1.8倍の出力を実現可能だったからである。商船で用いられていた単動式ディーゼル(ピストンの上にだけ燃焼室がある、現在の全てのディーゼル機関の方式)では出力の点で艦艇用としては不足であった。
問題点1:複動式
失敗第1の要因である複動式ディーゼル機関はその発想元として複動式蒸気機関を範に取っている(蒸気機関車のピストン・シリンダーを想起されたい)。外燃機関である蒸気機関の場合、ピストンを動かすガス(蒸気)はボイラーで作られシリンダ内では膨張するだけなので複動式でも問題は無い。しかし内燃機関であるディーゼルの場合、ピストンを動かす高温ガスはシリンダ内の燃焼で生じる。しかもガソリン機関のような事前に燃料を気化し混合気にしておく方式と異なり、ディーゼルでは液体の燃料を噴射ノズルから直接シリンダー内に吹き込み、そこで気化・混合・着火・燃焼・膨張という複雑な過程を一気に行う。
燃焼面から見て、ピストン下側の燃焼室は太いロッド(ボア径の約1/3)が中央に存在するため、噴射ノズルの適切な配置、燃料ジェットの適切な拡散・燃焼が難しく燃焼不良を生じ易い。レシプロエンジンにとって理想的な燃焼室形状は半球型であるが(表面積(=熱損失・燃焼不良の元)が最小で、形状が軸対称であり中央から燃料噴射することで全体で均一な燃焼が得られる)、中央に軸の貫通したドーナツ型の燃焼室はこの理想からほど遠く、良好な燃焼は実現不可能である。
機構面から見ても、ピストンロッドはピストンに加わる大きな力を受け止めるが、複動式ではそのロッドが燃焼室内にあるため高温の燃焼ガスや未燃生成物などに曝される。シリンダ下端にあるロッド貫通部のシーリングも厳しい環境に置かれる。ロッドへ掛かる引張り荷重も、下部燃焼室の爆発がピストンを押し上げるので単動式よりはるかに大きくなる。
こうした燃焼・機構両面の問題から、複動式ディーゼル機関は性能面でも信頼面でも多くのトラブルを抱え、実用機関とは言い難いものであった。性能面の問題としては、燃焼不良から来る最大出力の不足・黒煙、煙路への未燃燃料の滞留、未燃燃料の再燃焼による白煙など、信頼面の問題としては機構から来るピストンロッドの折損、ピストンリングの破損など、根本的なものであった。
問題点2:掃気方式
第2の要因として、当時の掃気ブロア式2ストロークディーゼル機関は吸排気弁を持たず、ピストンが下がった時に開くシリンダ側壁の掃気ポートから吹き込んだ掃気で排気ガスを追い出す方式であり、ボアの巨大な舶用機関では良好な掃気ができず、燃焼不良・出力不足の原因となっていた。
空気は小さな寸法下では粘性のある塊として挙動するため、オートバイのような小排気量シリンダでは給気と排気ガスが混ざりにくく現実的な掃気が可能となる。しかしサイズが一桁以上大きい舶用機関ではより流動性の高い挙動を示し(これを専門用語ではレイノルズ数が高いと表現する)、しかも低回転で掃気に掛る時間も1桁長いため、給気と排気が混合しやすく良好な掃気は困難である。
その条件下で良好な掃気を得ようと複雑な掃気ポート形状が試行錯誤され、掃気ポートの一部にロータリーバルブを装着して掃気をコントロールする部分管制掃気も導入されて一定の効果を挙げたが、根本的解決には至っていない。
問題の解決策
こうした問題を解決し舶用ディーゼル機関が十分な出力・燃焼状態を実現するには、戦後の「排気ターボ過給」の実用化と、それを用いた中高速用「4ストローク・ディーゼル」、低速用「2ストローク・ユニフロー式ディーゼル」(どちらも単動式)の実現を待つ必要があった。前者はターボ過給と高回転化により単動4ストロークの低出力を克服し、後者は気筒内でガスを一方通行させることで掃気と排気の混合を克服した。
ディーゼル機関の燃焼室内で空気・燃料がどのような挙動でどう反応しているか、その複雑な現象を正確に把握するのは近年までほとんど不可能であり、試行錯誤的改良を積み重ねていくのがディーゼル開発史の大半で行われた手法であった。そして4ストロークまたは2ストロークユニフロー式でない、バルブに依らない掃気は大型ディーゼルではそもそも困難であった。ディーゼル開発の歴史の浅かった当時の日本海軍・艦政本部では、実験装置レベルのディーゼル機関しか開発できず、燃焼ガスの掃気一つとっても十分な成果を得られなかったのは、ある意味当然であった。
ただしその解決に向けて開発当事者が行っていた開発努力は見事なもので、技術者達は非常に優秀であった点は強調しておきたい。ディーゼルエンジンに関する研究で博士号を取得した筆者としては、彼らの開発の見事さには敬服の念を禁じ得ず、素人のマニア風情が当時の機関技術を上から目線でこき下ろすことは厳に慎んで頂きたい。
5.5 3軸推進
3軸推進の採用は秋名級および他の架空空母・重巡・軽巡で共通した一大特徴である。これは単に軸数減少分の軽量化・低コスト化以外にも多くのメリットがあり、本級ではそれを最大限に活用した設計を行う。
3軸推進の第1の特徴は推進効率の高さである。
推進器は基本的に小型多数よりも大型少数の方が効率が高くなる。そのため同出力なら4軸艦より3軸艦の方が効率が良く大推力(大有効馬力)となり、同じ軸馬力ならより高速、同じ速力ならより低馬力で済み低燃費になる。
更に、3軸の場合中央軸は船体中心に配置される。この結果、船体に引きずられて生じる伴流の中に置かれた中央推進器は追い風(水流)を受ける形となって推進効率が増す。これは船体が水に与えた運動エネルギーの一部を推進器で回収したとも言える。この利点のため、現代の貨物船はほとんど単軸推進となっている。(以上の解説は、筆者が以前軍事系掲示板に投稿した内容)
また推進器・推進軸を支持するため水中に突き出した張出し軸受け及び推進軸はかなりの抵抗を生じるとともに、乱流を発生させ推進器効率を低下させる。3軸艦では中央軸が船尾スケグ(軸数に関係なく存在する)の中を通っているため、4軸艦なら4基必要な張り出し軸受けが半分の2基で済み、推進効率増加に寄与する。
これら諸般の理由により、3軸推進は4軸はもちろん2軸推進よりも推進効率が高く(参考資料:村上豊、ディーゼル3軸コンテナ船“えるべ丸”の機関部基本計画、日本船用機関学会誌、Vol.9 (1)、97-107、1974)、同じ軸馬力(SHP)に対してより大きな有効馬力(EHP)=推力を得られる。
更に本級では以下の設計により効率を高めている。
・軸数が少ないため、4軸艦と異なり後方から見て推進器同士のオーバーラップが無く、内舷軸は外舷軸の水流を受けないため推進器効率が高くなる。
・多軸艦では推進器のオーバーラップを減らすため、機関から推進器に至る推進軸が上から見て末広がりの角度を持っている。これは推力の方向が進行方向に対し斜めになり推進ロスを生じる。本級は船体形状および機関・推進器の配置上、全軸を首尾線と平行に設置できるため推進効率が高い。またこの配置は建造時に機関系の設置を容易にし、コストと工期の削減に貢献する。
(・通常は機関と推進器の高低差から、推進軸は横から見て後ろ下がりの角度を持つ。これも減速機の出力軸高さを最適化し、軸を水平に設置する。得られるメリットは上と同じである。)
・推進器の回転方向は、水槽試験の結果外舷軸は内回りの方が効率が高いことが判明したため(→参考文献)、左舷・中央軸は右回り、右舷軸は左回りである。
これらの要因により、機関出力の割に高い速力、長い航続距離の実現に寄与している。
5.6 機関配置
3軸推進の第2の特徴は機関配置で、3軸分の主機を横へ並列配置可能である。
戦艦の艦幅をもってしても主機械を4軸横並びにするのは困難である(大和級で可能だったのは非常に艦幅が広く、一方軸当り出力は比較的低いためである)。そのため金剛級・長門級では中央2軸を同一の機械室に配置し、なおかつ左右舷主機室とは若干前後にずらしている。一方3軸の場合、比較的幅の狭い主機であれば横に並列配置可能で、2軸ずつ前後に配置するより前後長も短く、合理的な機関室配置が可能となる。ギアードタービンは1軸に対しタービンが左右に並び、更に低圧タービン径が大きいので機関幅が大きいが、ディーゼル機関は前後長が長い反面幅は狭い。そのため本級の機関配置は各軸が
|機 関|減速機|機 関|減速機|機 関|——>推進器
の順番に配置され、これが横に3列並ぶ整然とした配置となる。
なおかつ、艦幅を3等分する構造は機関部のみでなく前後の弾火薬庫・船体においても継続され、船体長の大半において連続した構造となり強度及び水密の確保に貢献している。船体に中央隔壁が存在しないため、浸水時の傾斜を減少させる効果も有る。
更に、軸系および推進器の数が減少することにより軽量化が図られるほか、建造費も若干低下する。また後部バイタルパート内で意外に容積を浪費するプロペラ軸室が1本分減少するためスペースの有効活用に資する。本級はバイタルパートの全高が低く容積を確保しづらいため、この利点は小さくない。
一方で軸数の減少は冗長性の低下ももたらし、1軸が使用不能になった場合の速力低下は大きくなる。この点を配慮し、舷側機械室と中央機械室間の水密縦壁は厚さ20mmのDS材で構成し、若干の防御力を持たせることで中央軸の生残性を高めている。また防御の項で述べたように、米・独戦艦と同様バイタルパート後方の推進軸にも装甲防御を施す。
5.7 機関接続法
本級では各軸毎に6台の主機を2基の減速機で連結している。3台の主機を1基の減速機で接続し、これを前後に2段並べて1軸分の出力とする。主機と減速機の間には動力を断続するための継ぎ手が置かれる。この時期の艦船の例に習い、本級もここに流体継ぎ手であるフルカン継ぎ手を配置し、流体(オイル)を入れると動力接続、抜くと接続解除となる。フルカン継ぎ手は液体を介してポンプ翼とタービン翼で動力を伝達する原理上、スリップによる動力損失を生じる※)。損失は最適点で約3%、そこを外れると更に大きくなる。後年はこれを回避するため油圧式多板クラッチによる断続が採用されるが、当時の技術レベルでは困難と判断しフルカン接手を採用する。流体によるフルカン接手には軸系の捻り振動を緩衝する作用もあり、その点1軸当り6基もの主機を接続する本級には適した方式である。
フルカン接手を組み込んだ減速機は独立した減速機室に配置される。攻撃でここに浸水、減速機が水没した場合でも当面の間減速機の断続操作を行い機関操作に支障が及ばないよう、接手は耐水構造の操作系で外部から遠隔操作可能な設計とする。
※)トルクコンバーターを用いたオートマチック車の燃費が悪かった主因がこの伝達損失であり、近年その燃費が改善された理由はトルクコンバーターをクラッチで極力ロックアップさせ、スリップを局限したことによる。なおフルカン継ぎ手とトルクコンバーターの違いは、前者は駆動トルクの増加が出来ず出力側回転数が落ちればそのままスリップとして動力損失になる(損失した動力=機械エネルギーは 流体の温度上昇=熱エネルギーに変わる)のに対し、後者は出力側回転数が落ちればそれに反比例して出力側トルクが上がり、スリップ分を除いて動力(回転数×トルク)は減少しない点にある。
5.8 機関予熱装置
2機のディーゼル主機を1つの機関室に配置するが、その際双方の機関で冷却水・潤滑油を相互に循環させる経路を設置する。これにより巡航時に2基のうち片方を停止しても、運転中の機関の冷却水・潤滑油によって予熱されるため、短時間の暖機で運転が可能になる。巡航時は機関の一部を停止して燃費を節約しつつ、咄嗟に会敵して戦闘が開始された場合は短時間に全機関を起動して高速航行に移行することができる。
5.9 補機の多燃料化(余剰灯油・軽油の活用)
当時の技術体系では軍事的に利用される燃料は航空用のガソリンと艦艇用の重油に偏重していた。結果として、特に南方の占領地における製油所では原油精製で同時生産される灯油・軽油の使い道が乏しく、余剰を野焼き処分していた実態がある。この余剰軽油を利用することで不足しがちな重油を節約することは、石油資源に乏しい日本において戦略的なメリットをもたらす。
こうした余剰燃料の活用を考慮して、補機であるターボブロアと発電機の原動機に多燃料性を持たせる。具体的には重油のみならず軽油・灯油での運転を可能とするよう、燃料噴射系統に改良を施して多燃料切替機関とする。補機原動機はシンプルな4サイクル単動式であるため、主機用の2サイクル複動式より多種燃料への改造適性が高い。軽油は英語名をdiesel oilと呼ぶ通り、重油よりも燃料性状がディーゼル機関に適しており、大型船舶が重油を燃料とするのは経済上の理由からである。灯油は軽油より更に軽質・高流動性でガスタービン機関の燃料として利用されるが、ディーゼル機関用としても問題ない。
重油より粘度の低い軽油・灯油を使用しても燃料噴霧が正常に行われる噴射ノズル、噴射ポンプへ改良を行う。予備燃料タンクとして軽油・灯油専用のタンクを設置し、補給可能な港湾ではここへ補助燃料を補充し、その後補助燃料でブロア・発電機用補機を運転する。補助燃料が無くなった場合および最初から補助燃料を補給できない場合は重油で運転する。また補機だけでなく、暖房用蒸気ボイラーも必要に応じて補助燃料を使用可能な構造とする。ただし平時においては軽油・灯油は重油より高価格であるため重油専門で運用し、戦時の補給事情で必要な場合に補助燃料併用の運用を行う。
補助燃料の最大積載量は重油の約15%の720tとし、補助油搭載時はその分重油を減載するが、過積載状態として重油も満載すればその分航続距離の延伸も可能である。秋名級の場合、重油単体もしくは重油及び補助油の定格積載状態で航続距離は15,000nm、補助油・重油とも満載の過積載では17,200nmである。補助油タンクは平時は余り使用機会が無く、燃料移動による傾斜補正には使用しないので船体中心付近の船底で、かつ使用前の内部清掃が行い易い箇所に設置する。
5.10 3枚舵
本級は機動部隊の前衛をはじめ、積極的に前線へ展開し場合によっては水雷部隊を嚮導して敵艦隊への突撃等も想定する。小型艦と同調して俊敏に艦隊行動を行うためにも、雷撃・爆撃からの回避行動を行うためにも、高い旋回性が必要である。特に転舵してからすぐに回頭を開始するレスポンスの良さが求められ、鈍重な戦艦ではなく軽快な巡洋艦並みの機動力が必要である。三軸の推進器直後に配置した三枚舵によりこれを実現する。
求めた操舵性能は以下のようなものである。
1)操舵してから実際に旋回を始めるまでの時間遅れが短いこと。
2)旋回半径がなるべく小さいこと。
3)旋回状態から直進状態へ迅速に戻れること。(当て舵が効くこと)
4)旋回時の横傾斜が極力小さいこと。(砲撃・対空射撃精度に影響大)
5)旋回に伴う艦速低下がなるべく小さいこと。
6)舵自体に発生する推進抵抗が極力小さいこと。
7)3枚の舵のうち1枚が機能しなくなっても艦隊運動が可能で、2枚が機能しなくなっても航海が可能であること。
1)排水量も全長も大きい戦艦では慣性モーメントが巡洋艦や駆逐艦とは比較にならないほど大きいため、実際に旋回を開始するまでの時間が大きくなる。これを短くするには舵に発生する力を強くする必要がある。そのため、多くの戦艦では2枚舵であるところを、本級は3枚舵とする。なおかつ、それぞれを三軸の推進器の直後に配置し、プロペラ後流により強い横力を発生させる。舵の平面形・大きさは3枚とも同形であり、舵取機も同型として生産性・整備性を高める。ただし舵の断面(翼面)形状は右回転する左舷・中央軸推進器と左回転する右舷軸推進器に合わせて異なっている。この理由は6)で説明する。
2)大型の戦艦でも、一旦旋回を始めてしまえば旋回半径自体はそれほど大きくないのが普通である。本級は舵の効きが良いため、旋回半径も十分小さくなると予想される。
3)これは旋回開始以上に舵の効きが要求される性能であるが、本級は舵の効きが良いためこれも問題ないと考えられる。更に、この性能には船体そのものの直進性、すなわち水力・空力の抵抗中心が重心よりどれだけ後方にあるかも関係している。本級は中央軸のスケグにより船体後部の水線下側面積が大きく、また後部檣楼が大型かつ翼断面で安定翼の機能を果たすため、この性能も良好と推測される。
4)旋回中は遠心力により船体は外側へ傾く。これは砲の照準に悪影響を及ぼし、特に激しい回避運動を行うと対空射撃精度を大きく落とす結果となる。また敵艦と反対舷への傾斜は舷側装甲への撃角が小さくなり貫徹され易くなるとともに、舷側装甲を喫水線上に持ち上げ水中弾防御に悪影響を及ぼす。一方敵艦側へ傾斜すると敵弾の水平装甲への撃角が小さくなり貫徹されやすくなる。よってなるべく抑える必要がある。同時に傾斜角が小さいだけでなく変化率が小さい(動揺周期が長い)ことも射撃精度面から重要である。本級は3枚ある舵のうち、左右2枚は垂直ではなく下開きになる配置であり、舵を切ったとき働く横力をローリングを打消す向きに働かせる。また船尾形状が幅広のトランサムスターンであること、船体の喫水線上にフレアーが付いていることから、傾斜時の復元力が強く働く。
5)旋回を行うと船体が進行方向内側を向く(水流に対して船体が迎え角をとる)ことで抵抗が強くなり、艦速が低下する。これを抑えるには少ない迎え角で旋回力(船体に加わる旋回中心向きの横力)を発生させる必要がある。ローリング防止に幅広のビルジキールを採用したこと、船尾中心のスケグが比較的大きいこと、後部檣楼が船体同様旋回力を生じること、などから旋回方向の揚抗比が大きい。また中央軸と旋回内舷軸の推進器はスケグの整流効果により推進器に当たる水流角度が斜めになりづらいため推進効率の低下も少なく、これらの相乗効果で相対的に艦速低下は少ない。
6)推進器直後に配置された舵は効きが良くなる反面、それ自体が抵抗を生ずる。これを幾らかでも相殺するため、舵板は推進器中心軸の上下で非対称の翼断面とする。推進器は回転しているためその後方の水流も回転運動を生じるが、水に回転運動を与えた分のエネルギーは推力(有効馬力)にならず、軸馬力が無駄になる。これをタービン静翼のような案内翼により整流し水流の回転を止めると、案内翼に推力が発生し推進効率が高まる(静止水流の中で推進器を回転させると推力が発生するように、回転水流の中に静止した推進器を置いても推力が発生する)。
そこで本級では舵板を左右対称ではなく推進器回転軸を中心として上下対称にねじり、翼断面により回転水流に対してタービン静翼のような整流効果を与えて推進効率を高め、舵板による抵抗増を相殺する。3軸のうち左舷・中央軸は右回転、右舷軸は左回転なので、各舵板もそれに応じた形状とする。
7)これは広義の防御力・生残性のために重要である。単純に考えれば、複数の舵を持つ艦は1枚が損傷しても他の舵で操舵可能となり冗長性が高まるように思える。しかしこれには、損傷した舵が無効化(中立位置で固定、または自由遊動)されるという前提が必要である。損傷舵が転舵状態で固着したままになると、他の舵が生きていても操艦が困難になる。つまり1枚でも舵が損傷すると操艦不能になる多舵艦は、1枚舵の艦よりも生残性が低い。(同様に、エンジンが1基でも停止すると飛行不能になる多発機は、単発機よりも信頼性が低くなる)
従って防御の項で述べたように、本級は従来日本艦艇に搭載された舵軸中立装置に加え、舵軸の切離し機能により損傷舵を遊動状態として無効化する機能を装備する。この結果、舵の1枚が損傷しても残りの2枚で十分な操艦が可能であり、2枚が損傷しても残りの1枚で通常航海が可能である。
5.11 発電・配電
機関が全ディーゼルであるのに併せ、発電機も当然全ディーゼルとなる。
艦本式23号乙8型4ストローク単動式機関(8気筒)、850BHPにより1台当り600kWの発電能力を持つ。ただし本級は蒸気駆動の水圧ポンプを持たないため、主砲塔も含めた全ての艤装用動力を発電機でまかなう。このため所用発電力は12,000kWと大和型の4,800kWの2.5倍に達する。このため20基に及ぶ発電機が必要となり、その重量は約1,000tに達するほか、配置に工夫が必要である。
バイタルパート内では1室に3基合計1,800kWを機関部の前方と後方の舷側側に4室設置、合計12基で7,200kWを確保する。残り8基はバイタルパート上方中甲板上の準防御区画内に分散配置する。この機関は前述の通り多燃料切替式で、必要に応じて軽油・灯油での運転が可能な改良型である。
従来の艦では主缶蒸気を用いた蒸気ターボ発電機が主用されており、大和級でも全発電量4,800kWの半分が蒸気発電による。秋名級の全ディーゼル発電方式はスペース効率・重量効率の点では蒸気発電に劣るが、燃料経済性はもとより防御力においてもメリットがある。蒸気ターボ発電では機関部に被害を受け主缶が損傷すると発電機への蒸気供給も止まり、動力だけでなく電力も停止もしくは減少してしまう。全ディーゼル発電は主機と独立して発電が行われるため、損傷時の電源信頼性が高い。
5.12 探照灯
探照灯は長門級までで使用されたのと同様110cm探照灯3基を両舷に各1基・後檣後方に1基配置する。探照灯を照射しての夜戦は危険であり、なるべくレーダーによる照準を行うこととし基数は最小限にする。またその位置はなるべく艦の後方とし、後檣側面および後面にする。
戦訓によれば、夜戦で探照灯を使用した場合その艦は周辺の全ての敵艦から集中砲火を浴びる。一方艦は前進している関係上、着弾は艦の後半に多くなる傾向がある。そのため、標的となる探照灯をなるべく艦の後方に置くことで、敵弾が艦の後方へ外れる確率を増やす。
6. 居住施設
6.1 空調設備
軍艦への冷房実施は贅沢であろうか。否、が筆者の見解である。平和(ボケ)な現代人が冷房と聞くと涼しく快適な室内環境を連想するかも知れないが、ここで言う冷房とは現代人なら堪え難い程の暑さ・湿度を「何とか我慢できる」レベルにする暑熱緩和と言う意味である。これは贅沢装備ではなく、乗員の戦闘力維持にとって不可欠なだけでなく、戦闘中においては「生命維持」にも必要となってくる装備である。本級は当然居住区への冷房を装備する。
6.2 空調の熱源
軍艦には弾薬庫があり、火薬の品質を保つためと、装薬の温度が砲弾初速に影響するため、保管温度を22℃一定に維持される。そのためどの軍艦にも弾薬庫冷却用の冷房機があり、その余剰能力を居住区の空調に利用したのが大和級である。具体的には弾薬庫冷却には1日8時間の使用で足りるため、それ以外の能力を空調に活用していた。大和級では必要な冷房能力が大きかったため冷房機をそれまでのブラウン式から、大容量時に効率的なターボ式に変更し成功を収めている。本級も防御の稿で述べたように排水量に比し弾薬庫容積が大きいため、大和級同様ターボ式を採用し、力量・基数も同一とする。その結果、弾薬庫容積・排水量とも小さい本級では余剰の冷房能力が大きくなり、全艦冷房が可能となる。
一方、主機にディーゼルを用いる本級では暖房が問題になる。主機用ボイラーが無いため暖房蒸気の供給ができないからである。このため暖房用の蒸気ボイラーを装備するが、その予熱にはディーゼル発電機の冷却水・排気熱を利用したエコノマイザ(一種のコジェネレーションシステム)を用い、燃料経済性の向上を図る。
6.3 平時における空調
日本海軍の行動範囲は赤道直下の熱帯地域に及び、この海域で航海中は熱源を内蔵する軍艦では冷房が無ければ「平常時で」艦内温度は35℃に達し、かつ海上であるため高湿度である。この条件で長期にわたり健康を維持するには冷房は有って当然であり、無ければ不合理と言える。更にその装備を士官居住区には設け、兵員居住区に設けないのは、どちらも生理的に同じ人間である以上不合理である。そのため、冷房は可能な限り居住・人員配備区画全体に設置する。
ただし、その上で十分な冷却を実施するのは設備の能力的には難しいため、熱中症等生理異常を生じない最小限のレベルとし、目安としては30℃以下を目標とする。現代の冷房で省エネの観点から室温28度が最適と言っているのは熱中症を生じない室温の上限という根拠であるが、本艦は鍛えられた軍人が搭乗するので30度とした。
大和級の実績では28℃程度であったが、室温低下は不十分だが湿度低下により居住性は大いに向上したとのことである。更に、冷房の冷水管からは凝結により真水が得られ、利用は禁じられたものの真水の乏しい艦内では実際には重宝されたそうである。本級では空調機に集水タンクを設置し、凝結水を雑用水として積極利用し利便性向上を図る。
6.4 戦闘時における空調
冷房が重要となるのは平常時より戦闘時である。戦闘態勢では被害極限のため水密区画に対する通風が制限もしくは停止され、区画によっては非常な高温となるためである。特に熱源機器がある区画は顕著で、大和級では舵取機室においては室温55度、舵取機油温87度に達したとの記録がある。その上高温になる各種機械はそれ自体が大型の「遠赤外線暖房機」となる。密閉された室内のため湿度も高かったはずで、サウナは湿度が低いため汗の気化熱で50度以上でも耐えられるが、多湿ではそれができず生命の危険に曝される。
戦艦金剛ではガダルカナル島ヘンダーソン飛行場砲撃の際、敵の攻撃を受けていないにもかかわらず熱中症により「戦死者」を出している。生命の危険に曝されるほどの高温であっても、戦闘配置中の乗員はそこからの退避は許されない。こうした区画に対し、戦闘中でも冷房を実施し室温を「生命維持可能な」程度に保持することは継戦能力維持の点からも、当然職業福祉の点からも必要である。
戦闘態勢では居住区に対する冷房は停止し、その冷房余力を積極的に高温になる戦闘配置区画に配分する。まず判断力が重視されるCIC(発令所)、砲撃管制室、電力・動力管制室、注排水管制室などは26度程度の低温に保つ。また熱源があり高温となる舵取機室、電動機室、減速機室などは32度以下の「生存・活動可能」な温度に維持する。一方主機室、発電機室などは機関への給気もありかつ熱源が大きすぎて冷房が追いつかないので通風のみとする。なお本級は主機・発電機ともディーゼル駆動のため、蒸気タービン・ターボ発電機を使用する艦より熱負荷は小さく空調上有利であり、また機関の表面温度が低いため輻射熱も少なく機関科員への負担は小さい。
※)余談であるが、戦後でも炭坑に配備された防毒マスクは、使用者の肺を冷却機とする前提で設計された実用不能なものであった。このマスクは一酸化炭素を吸着剤に結合させて除去するが、この吸着(酸化)は一種の燃焼なので懐炉と同原理で発熱し、空気は高温になる。これを使用者が吸うと肺によって常温に「冷却」され、その吐気によって吸着剤が冷却されるので連続使用可能、という「設計」であった。もちろん実際には不可能であり、非常時に使用すると吸気が熱すぎて使用できず、マスクを外した結果中毒になるという実態であった。技術者と名のつく者の中には、こんな設計をして涼しい顔をしていた連中もいる。自分がそのマスクを使うとしたら、使わなければ生命に関わる状況に置かれるとしたら、そんな設計が出来ただろうか?
6.5 通風設備
通風に関しては、艦内は基本的に送風機と通風ダクトによる強制通風となり、その際に生じる騒音はかなりのものである。特に第2次大戦期の戦艦は水密確保のため舷窓を廃止した密室であるためより顕著となる。乗員は24時間その騒音に曝される他、騒音の発生は通風抵抗が大きいことも意味し、通風量不足・動力浪費も生じることになる。そのため騒音を生じにくく通風動力も低減するため、通風経路は通風抵抗の小さいものとなるよう配慮する。具体的には、経路をなるべく直線的にする、屈曲部をなるべくRの大きい形状とする、案内翼を設ける、スペース上可能ならなるべく大径のものにするなどである。また大和級では騒音低減とスペース節約のため、送風機の電動機を通風ダクトに内蔵する方式とし効果を上げており、本級でもそれを踏襲する。
2013年8月17日 執筆開始