戦艦ノート

戦艦ノート

このページでは,戦艦について考えたことを適宜記入して行きます。ある程度まとまった内容のものは,後日独立したページに移動するかも知れません。


■大和級戦艦の主砲塔は斉射可能か

松本喜太郎著「戦艦大和・武蔵設計と建造」には「主砲塔の砲支筒は3連装中の2門を同時に発砲した際の約3,400トンの反動に耐えられるよう設計され,十分目的にかなったものであった」旨の記述があります。

私はこれを「大和の主砲は発砲遅延装置により順次発砲されるため一度に大きな反動は掛からず,余裕を見て2門分の強度を持たせたもの。よって発砲遅延装置は砲熕重量の削減にも有効な装備である」と理解していました。

が,発砲遅延装置の完成は大和級の設計完了より後らしく,その効果を当てにして設計をするだろうか,という疑問があります。

可能性として

  1. 1700tは砲身に直接掛かる反動であり,駐退機を経由した反動はこれより低い。駐退機不使用で2門斉射の反動に耐えられれば,使用時の3門斉射に耐えられる。
  2. 1700tは駐退後の反動であり,やはり発砲遅延装置の効果を織り込んだ強度計算である。
  3. 実際の訓練・戦闘では発砲は交互撃ち方が多く,全門斉射の頻度は少ない。強度計算には安全率が掛かっているため,主用される交互撃ち方(2門または1門の交互発射)に合わせて強度を持たせ,頻度の少ない3門発射は安全率で対応する。(これにより構造重量が低減できる)

の3つが考えられます。

なお2門にしか耐えられないため3門斉射は不可能,という可能性は低いでしょう。全門斉射は戦艦として当然の要求であり,公試でも現に全門斉射しており,設計自体は全門斉射可能なように成されているはずだからです。


そこでまず,発砲時の反動1700t/門がどのような値か(直接か,吸収後の反動か)を検討してみます。

反動は運動量保存則から概算できます。

質量,速度,力(=反動),力を掛けた時間とすると,運動量=力積の関係から

主砲弾質量:=1,460 [kg]
主砲弾初速:=780 [m/s]
加速時間 :=0.0462 [s]
砲弾運動量:=1,138,800[kg m/s]

を代入すると

平均反動=2,514 [t]

となります。記述された1,700tより少し大きな値です。記載されていた反動1,700tは駐退無しの値のようにも思えます。砲身中の加速形態(非等加速度)からは反動は2,500tより大きくなりそうですが,実際は「支筒自体が変形する=2,700tの砲塔自体も後方へずれ駐退機能を果たす」と考えられるので,砲支筒へ伝わるのが1,700tというのは妥当ではないでしょうか。

さらに駐退機を通した反動がどの程度か計算します。

簡単のため,反動で砲身が砲弾の運動量と同じ(但し方向は逆)運動量を受け取り,その後駐退のストロークを等減速度運動し,その間の力が砲塔に伝わる,とします。(実際は等減速ではなく,また砲弾の加速中にも駐退は始まっていますが)

砲身質量:=160,000 [kg]

砲身駐退速度(最大値): =7.12[m/s]

駐退ストローク:=1 [m](仮定値)

駐退時間: [s]

駐退機反動: [N]

とすると

より

=4,052,705[N]

=413 [t]

となります。これからすると3門同時発射しても反動は平均1,200〜1,300t程度であり,砲支筒の強度上問題はないことになります

よって駐退機構を考えると3,400tの強度が有れば全門斉射は問題ないように思われます。

(2001.02.08)


■プリエーゼ式水中防御

プリエーゼ式防御とはイタリア戦艦ヴィットリオ・ヴェネト級に採用された,二重円筒式の水中防御構造です。考案者であるプリエーゼ造船中将の名前で呼ばれており,また実際には魚雷防御の効果が低かったことで有名です。失敗の原因は,爆発による破壊力の伝達原理を誤解していた点にあるでしょう。

この方式の構想は次のようなものだと推測できます。内外二重になった大きな円筒が水線下にあり,内筒は中空,内外筒間は液体が充填されています。魚雷が外筒側面で爆発すると,爆圧で外筒が押され内部の液体に圧力がかかります。このとき内筒の強度が弱ければ内筒が潰れて圧力を吸収し,外筒内の液圧は一定以上にならず破壊は艦の内側には及ばないはずです。

しかし実際にはそうなりませんでした。恐らく次のような原理だと推測されます。

魚雷(または爆弾)が爆発したとき,破壊力は爆発点を中心として球面状に広がる衝撃波の波面上に集中しています。具体的には衝撃波面上に高密度に存在する分子の,外側への運動エネルギーという形です。この衝撃波が物体に当たったときに物体は破壊されます。衝撃波面の面積は爆発中心からの距離の2乗に比例して増加するので,単位面積当たりのエネルギーは距離の2乗に反比例して減少することになります。

実はこの点がバルジの存在意義で,爆発点から水雷防御板までの距離が大きくなることで衝撃波のエネルギー密度が急激に低下し,それを防ぐのに必要な防御板の厚さが非常に薄くて済みます。もし船体表面で魚雷の破壊力を受け止めようとすれば,喫水線から艦底部まで戦艦の垂直装甲鈑並の厚さの防御板が必要になるでしょう。その重量は莫大なものとなり,武装を搭載する余地が無くなるか,艦が水に浮かなくなるかでしょう。

プリエーゼ式防御に魚雷が命中すると,衝撃波が外筒の内部に向かって進行します。内筒にぶつかった分に関しては内筒が潰れることにより大部分吸収されるでしょう。しかしその上下,内筒と外筒の中間は艦の内部まで衝撃波の進行を遮るものがありません。結果,衝撃波は外筒の艦内側の表面に達し,これを破壊してしまいます。そして艦内奥に浸水を生じます。つまりプリエーゼ式は破壊力を防ぐどころか,衝撃波の良好な伝達媒体である液体を充填した通路を艦内奥まで用意したようなものでした。

同様に衝撃波による破壊メカニズムを誤解した失敗例として,翔鶴級空母の飛行甲板防御があります。格納庫内で爆発が発生すると内部の圧力が上昇し飛行甲板を吹き上げてしまうので,側壁を弱くしておけば先に側壁が吹き飛んで飛行甲板は無事なはず,という想定でした。実際には衝撃波球の表面が飛行甲板に達したときに破壊が生じるので,その後で側壁が吹き飛んでも意味はありませんでした。

(1999.7.2)


■主砲威力の比較――最強の主砲は?

●主砲威力の尺度

戦艦の主砲威力は何によって決まるのでしょうか。大和級の46cm45口径砲と,アイオワ級の40.6cm50口径砲ではどちらが強力でしょうか。私も長いこと疑問に思ってきましたが,結局は主砲の口径でもなければ砲身長でもなく,砲弾の運動エネルギーが第1の要因であろうとの結論に到りました。

口径が大きければ主砲威力は増しますが,それは砲弾の質量が大きく,(初速が同じなら)砲弾の運動エネルギーも大きいからです。また砲身長も重要ですが,それは砲身長が初速に影響するためで,砲身長自体が問題なのではありません。初速が同じなら短い砲身に大量の装薬を使った場合でも,長い砲身に少量の装薬を使った場合でも破壊力は同じです。重要なのは初速であって砲身長ではありません。

大砲は砲弾に運動エネルギーを与えることのみがその役割です。実際に装甲鈑を貫通するのは砲弾であり,その砲弾がどのような大砲から発射されたかは問題ではなくなります。着弾された装甲鈑が知り得るのはその砲弾の存速,撃角,砲弾の種類のみです。36cmの九一式徹甲弾が存速400m/s,撃角45°で命中した場合,装甲鈑はその砲弾が45口径砲から発射されたのか,50口径砲から発射されたのか知りようがありません。

そして各主砲の初速,砲弾質量は比較的簡単に分かり,この二つがあれば運動エネルギーは計算可能です。そのため主要な戦艦の主砲について,その1発当たりの破壊力,また全砲門を使って単位時間(1秒)に投射できる破壊力を計算してみました。ここで言う破壊力とは砲弾の運動エネルギーのことです。

●計算法の説明

【運動エネルギー】

砲弾1発の持つ運動エネルギー[J]です。

運動エネルギー[J] = (砲弾質量[kg]×初速[m/s])/2

で計算します。

【砲出力】

その戦艦が砲弾によって「一定時間にどれだけの運動エネルギーを敵艦へ投射できるか」を表します。

運動エネルギー[J]×発射弾数[発/分]

でその艦が1分間に投射可能なエネルギー[J/分]になります。これを1秒当たりにすると単位が[W]になり,機関出力や電力と同じ単位になります。1分当りの方が直感的に分かりやすいかも知れませんが,[W]の方がレーザー,レーダーなどとも比較し易いのでこちらを使用します。

●計算結果

主砲威力計算表

大 和

長 門

アイオワ

サウス
ダコタ

キングジョージ5世

ビスマルク

ヴィットリオ
ヴェネト

リシュリュー

主砲要目

46.0cm
45口径

41.0cm
45口径

40.6cm
50口径

40.6cm
45口径

35.6cm
45口径砲

38.1cm
47口径

38.1cm
50口径砲

38.1cm
45口径砲

砲弾質量

[kg/発]

1,460

1,000

1,225

1,225

721

880

882

884

初  速

[m/s]

780

780

762

701

757

820

870

830

運動エネ
ルギー

[MJ/発]

444

304

356

301

207

296

334

304

発車速度

[発/門・分]

1.5

2

2

2

2

2.4

1.25

2

単砲出力

[MJ/門・分]

666

608

711

602

413

710

417

609

門  数

[門/艦]

9

8

9

9

10

8

9

8

発射弾数

[発/艦・分]

13.5

16

18

18

20

19.2

11.25

16

総砲出力

[MJ/艦・分]

[kW/艦]

5,996

99,930

4,867

81,120

6,402

106,693

5,418

90,295

4,132

68,861

5,680

94,674

3,755

62,586

4,872

81,198

●砲弾1発当たりの破壊力

砲弾1発当たりの運動エネルギーまず,砲弾1発当たりのエネルギーが,その主砲がどれだけの厚さの装甲鈑を貫徹できるかの最重要パラメータになります。これを大きい順にグラフ化すると,右のようになります。

当然と言うか驚いたと言うべきか,大和の46cm砲の威力が圧倒的です。これまでの通説では,大和とアイオワを比較した場合,口径は大和の砲が大きいものの,砲身長はアイオワの方が長いため,口径ほどの差は無い,ということになっていました(私自身も大和のページでそう書いていました)。

アイオワの主砲は口径が小さいので砲弾の質量は小さくなります。しかし砲身が長いことにより初速で上回れば質量のハンデを相殺することも可能ですが,実際には初速も低いので運動エネルギーは更に低くなります。(追加すると,大和の46cm45口径砲は砲身長20.7mですが,アイオワの40.6cm50口径砲は20.3mで,砲身の絶対長ではやはり大和の46cm砲の方が長いのです)

もちろん,砲の貫徹力は運動エネルギーの他に砲弾の性能にも影響を受けるので,これだけをもって46cm砲が最強と結論づける訳には行きません。しかし砲弾の性能は運動エネルギーをいかに有効に貫徹の仕事に変換できるかですから,元になる運動エネルギーが大きければ根本的に有利なことに変わりはありません。この結果は,アメリカ人にしばしば見られる「主砲の実力はアイオワが大和より上」という主張に大きな疑問を投げかけるものと言えます。

ダークホースは伊ヴィットリオ・ヴェネトの38.1cm砲で,その威力はアイオワの40.6cm砲に次ぐ第3位でした。しかも運動エネルギーが同じながら砲弾径が小さいため,命中した装甲のより小さい面積にエネルギーが集中し,貫徹力では同等かあるいは上回ると推測されます。射程距離が42,500mと世界最長であることと併せ,意外な優秀砲と言えます。

リシュリューからビスマルクまでの4戦艦は,口径では40.6cmと38.1cmの違いがありますが,運動エネルギーではほとんど同等です。サウス・ダコタはアイオワの15%減で,これがすなわち50口径砲と45口径砲の差ということになります。情けないのはキング・ジョージ5世の35.6cm砲で,他の欧州戦艦の38.1cm砲がほぼ40.6cm並の威力なので引き離され,際立って低い値です。

大和の抜きん出た威力と,欧州大陸勢の意外な健闘,伝統の英海軍の不甲斐なさが印象的です。

●総砲出力

総砲出力続いて,戦艦1隻が一定時間にどれだけの運動エネルギーを投射できるか(総砲出力)を大きい順にプロットしたものが右のグラフです。一定時間に発射できる「砲弾質量」で議論されることが多かったものですが,質量が大きくても速度が低いとエネルギーは小さくなり合理的な尺度になりません。1発当たりの運動エネルギーに,1分間に発射可能な砲弾数を掛けた値が,その戦艦が発射できる「破壊力」の適切な指標となります。ただし,ここではそれを1秒当たりに直して単位を[kW]にして用います。

1発当たりの威力とは違って,アイオワが1位となりました。大和は1発当たりのエネルギーは大きいものの,発射速度が遅いため弾数が減り,合計のエネルギーではアイオワより劣っています。破壊力を投射する「破壊エンジン」としての能力は,アイオワが唯一10万kWの大台を超えました。

意外に健闘しているのがビスマルクです。主砲の口径も小さく,門数も少ないのですが,初速が高いことによって1発当たりのエネルギーは40.6cm砲に匹敵し,発射速度が速いため弾数では9門艦を上回ることがその理由です。ちなみに1門当たりの単砲出力ではビスマルクはアイオワと実質的に1位タイです。実戦で実証した射撃精度の高さと併せ,本級の攻撃力は侮りがたいものと言えるでしょう。

サウス・ダコタの4位は妥当なところと思われます。日本海軍第2位の実力を持つ長門ですが,1発当たりの破壊力では同率4位だったものの,1艦当たりの破壊力では6位と後退しています。

1発当たりの威力は大きかったヴィットリオ・ヴェネトですが,発射速度が非常に遅いため総砲出力では最下位となりました。そのためキング・ジョージ5世は辛くも最下位を免れています。しかし対ビスマルクとして考えると,1弾の威力も総砲出力も大きく劣り,しかも射撃精度も劣っていたため極めて不利と言えるでしょう。

全体としては,オーバー9万kW級の4戦艦,8万kW級の2戦艦,6万kW級の2戦艦の3グループに分けられます。知名度でもトップ3と思われる3艦が,総砲出力でもトップ3なのは面白い符合です。

最強の戦艦はどれか,ということになると,総砲出力はアイオワ・大和が僅差ですが,この場合1発当たりの破壊力が大きい方が装甲鈑貫徹の点で有利でしょう。命中精度や射撃管制能力等を度外視した,大砲の威力だけで考えた場合,やはり大和が最強であると言えそうです。

以上の考察では砲弾エネルギーのみを問題とし,貫徹力及び射撃精度,防御力は検討していません。それらを敢えて推測しながら1対1戦闘の強さを暫定的にランク付けると,現時点では

1位:大 和
2位:アイオワ
3位:ビスマルク
4位:サウス・ダコタ

と推定します(ただしレーダー射撃は考慮せず)。


【注 記】

砲の資料は時代によって砲弾種が違って質量が変わったり,強装や弱装で発射した場合と思われるものがあったりで,同条件での数字を拾うのが意外に困難でした(手持ち資料が少ないのが原因ですが)。

砲弾の「貫徹力」に関しては,砲弾の性能はもとより,砲弾の口径も絡んできます。口径が大きければ貫徹する面積も増加するので,同じ厚さの装甲を貫くにもより多くのエネルギーが要ります。この場合,貫徹面積当たりの運動エネルギーをその指標にすべきかどうか,まだ結論が出ていません。貫徹する面積の装甲が全て破砕されるなら,必要なエネルギーは面積に比例(口径の2乗に比例)することになるでしょう。しかし,甲鈑を(パンチをかけるように)「打ち抜く」かたちで破壊が生じるなら,外縁に沿ってせん断される面積に比例(口径に比例)するでしょう。両者の中間のような形で破壊が生じる場合は,必要な破壊力は口径の1乗と2乗の中間のべき乗に比例するのかも知れません。いずれにしても運動エネルギーは砲弾質量に比例し,砲弾質量は口径の3乗に比例するので,口径が大きい方が貫徹に有利なことは間違いありませんが。

なお,現在はまだ砲弾の性能を考慮に入れていません。しかし本文中に書いたように,運動エネルギーを如何に有効に破壊仕事に換えられるかが砲弾の性能なので,1発当たりの運動エネルギーに係数を掛ける形で砲弾の性能を導入できると思います。砲弾の性能が低いと,斜撃の際に装甲表面を滑ってしまい,より広い面積にエネルギーを拡散してしまったり,砲弾自体が破砕されてしまったりといったことが生じるでしょう。

貫徹力についてはさらに検討し,貫徹力比較表を試算したいと思います。その上で,貫徹力と砲出力を軸に2次元グラフを描けばかなり面白い結果になるのではないでしょうか。両者の積(原点とプロットで作られる矩形面積)が大きいものほど戦艦としての実力が高い,といえそうな気がします。


ちなみに運動エネルギーの源は装薬の化学エネルギーです。したがって,砲の破壊力のもっとも根源的なパラメータは装薬量ということができるでしょう。砲弾が大きくても小さくても,装薬量が一定ならその運動エネルギーは同じになります(重ければ初速が遅く,軽ければ速くなるため)。ただし砲身が短いと燃焼ガスが膨張し切る前に砲弾が砲口を出てしまい,エネルギーが無駄になるので,装薬量に適した長さの砲身長を持つことが必要ですが。

砲身が長いと自重によって砲身がたわみ,弾道が不安定になります。命中精度の点からは砲身は短く,軽い方が望ましいことになります。軽いにも拘わらず,強度が高くて大量の装薬を使用可能な砲があれば,命中精度でも破壊力でも理想的なものになります(命数は減るでしょうが)。この点,ビスマルクの38.1cm47口径砲は,薄肉で軽いにも拘わらず,高強度で装薬量が多いため高初速と,ほぼ理想的なものと言えます(付け加えれば発射速度も高い)。この技術を用いて,H級用の40.6cm砲や,H42〜44用の50.8cm砲が製作されていれば,艦砲として途方もない威力となっていたでしょう。

(98.12.05初掲載
(98.12.07改訂2版:計算方法と,ヴィットリオ・ヴェネトを追加)
(98.12.08改訂3版:キング・ジョージ5世,リシュリューを追加。アイオワ,長門の値修正)



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