戦艦ノート

■主砲威力の比較――最強の主砲は?  (98.12.05)

 戦艦の主砲威力は何によって決まるのでしょうか。大和級の46cm45口径砲と,アイオワ級の40.6cm50口径砲ではどちらが強力でしょうか。

 私も長いこと疑問に思ってきましたが,結局は主砲の口径でもなければ砲身長でもなく,砲弾の運動エネルギーが第1の要因であろうとの結論に到りました。

 口径が大きければ主砲威力は増しますが,それは砲弾の質量が大きく,(初速が同じなら)砲弾の運動エネルギーも大きいからです。また砲身長も重要ですが,それは砲身長が初速に影響するからであって,砲身長自体が問題なのではありません。極端な話,初速が同じなら短い砲身に大量の装薬を使った場合でも,長い砲身に少量の装薬を使った場合でも破壊力は同じです。重要なのは初速であって砲身長ではありません。

 大砲は砲弾に運動エネルギーを与えることのみがその役割です。実際に装甲鈑を貫通するのは砲弾であり,その砲弾がどのような大砲から発射されたかは問題ではなくなります。結局のところ,着弾された装甲鈑が知り得るのはその砲弾の存速,撃角,砲弾の種類のみです。36cmの九一式徹甲弾が存速400m/s,撃角45°で命中した場合,装甲鈑はその砲弾が45口径砲から発射されたのか,50口径砲から発射されたのか知りようがありません。

 そして各主砲の初速,砲弾質量は比較的簡単に分かり,この二つがあれば運動エネルギーは計算可能です。そのため主要な戦艦の主砲について,その1発当たりの破壊力,また全砲門を使って単位時間(1分間)に投射できる破壊力を計算してみました。ここで言う破壊力とは砲弾の運動エネルギーのことです。

主砲威力計算表

大 和

アイオワ

サウス
ダコタ

ビスマルク

長 門

主砲要目

46.0cm
45口径

40.6cm
50口径

40.6cm
45口径

38.1cm
47口径

41cm
45口径

砲弾質量

[kg/発]

1,460

1,225

1,225

880

1,000

初  速

[m/s]

780

739

701

820

720

運動エネルギー

[MJ/発]

444

334

301

296

259

発車速度

[発/門・分]

1.5

2

2

2.4

2

投射エネルギー

[MJ/門・分]

666

669

602

710

518

門  数

[門/艦]

9

9

9

8

8

発射弾数

[発/艦・分]

13.5

18

18

19.2

16

投射エネルギー

[MJ/艦・分]

5,996

6,021

5,418

5,680

4,147

主砲弾1発当たりの破壊力グラフ まず,砲弾1発当たりのエネルギーが,その主砲がどれだけの厚さの装甲鈑を貫徹できるかの最重要パラメータになります。これを大きい順にグラフ化すると,右のようになります。

 当然と言うべきか驚いたことにと言うべきか,大和の46cm砲の威力が圧倒的です。これまでの通説では,大和とアイオワを比較した場合,口径は大和の砲が大きいものの,砲身長はアイオワの方が長いため,口径ほどの差は無い,ということになっていました1)(私自身も大和のページでそう書いていました)。

 しかし表を見れば分かるように,アイオワの40.6cm砲は砲弾が小さいだけでなく,初速も46cm砲より低いのです。運動エネルギー[J]は

(質量×速度)/2

で表されます。

 アイオワの主砲は口径が小さいので砲弾の質量は小さくなります。しかし砲身が長いことにより初速で上回れば質量のハンデを相殺することも可能ですが,実際には初速も低いので運動エネルギーは更に低くなります。(追加すると,大和の46cm45口径砲は砲身長20.7mですが,アイオワの40.6cm50口径砲は20.3mで,砲身の絶対長ではやはり大和の46cm砲の方が長いのです)

 もちろん,砲の貫徹力は運動エネルギーの他に砲弾の性能にも影響を受けるので,これだけをもって46cm砲が最強と結論づける訳には行きません。しかし砲弾の性能は運動エネルギーをいかに有効に貫徹の仕事に変換できるかですから,元になる運動エネルギーが大きければ根本的に有利なことに変わりはありません。

 この結果は,アメリカ人にしばしば見られる「主砲の実力はアイオワが大和より上」という主張に大きな疑問を投げかけるものと言えます。ちなみに長門の40cm砲は,サウス・ダコタはもちろんビスマルクの38.1cm砲にも劣るという結果でした。

単位時間当たりに投射可能なエネルギーグラフ 続いて,戦艦1隻が一定時間にどれだけの破壊力を投射できるかを大きい順にプロットしたものが右のグラフです。一定時間に発射できる「砲弾質量」で議論されることが多かったものですが,質量が大きくても速度が低いとエネルギーは小さくなり合理的な尺度になりません。1発当たりの運動エネルギーに,1分当たり発射可能な砲弾数を掛けた値が,その戦艦が発射できる「破壊力」の適切な指標となります。

 1発当たりの威力とは違って,アイオワが大和とほぼ同等の1位となりました。大和は1発当たりのエネルギーは大きいものの,発射速度が遅いため発射可能な砲弾数が減り,合計のエネルギーではアイオワにわずかに劣っています。破壊力を投射する「破壊エンジン」としての能力は,大和もアイオワもほぼ同等ということになります。

 意外に健闘しているのがビスマルクです。主砲の口径も小さく,門数も少ないのですが,初速が高いことによって1発当たりのエネルギーが大きく,発射速度が速いため弾数も多いことがその理由です。

 日本海軍第2位の実力を持つ長門ですが,1発当たりの破壊力でも,1艦当たりの破壊力でも他の新戦艦に差をつけられています。やはり建造時期の古さは隠せないといったところでしょう。

 最強の戦艦はどれか,ということになると,総破壊力はアイオワ・大和が同等ですが,この場合1発当たりの破壊力が大きい方が装甲鈑貫徹の点で有利でしょう。命中精度や射撃管制能力等を度外視した,大砲の威力だけで考えた場合,やはり大和が最強であることは間違い無さそうです。


【注 記】

 アイオワとサウス・ダコタの初速については資料によって違いがあり,これより大きな値のものもあります。その場合は当然破壊力はより大きくなりますが,傾向としては同様です。砲の資料は時代によって砲弾種が違って質量が変わったり,明らかに強装や弱装で発射した場合と思われるものがあったりで,同条件での数字を拾うのが意外に困難でした(手持ち資料が少ないのが原因ですが)。

 砲弾の「貫徹力」に関しては,砲弾の性能はもとより,砲弾の口径も絡んできます。口径が大きければ貫徹する面積も増加するので,同じ厚さの装甲を貫くにもより多くのエネルギーが要ります。この場合,貫徹面積当たりの運動エネルギーをその指標にすべきかどうか,まだ結論が出ていません。貫徹する面積の装甲が全て破砕されるなら,必要なエネルギーは面積に比例(口径の2乗に比例)することになるでしょう。しかし,甲鈑を(パンチをかけるように)「打ち抜く」かたちで破壊が生じるなら,外縁に沿ってせん断される面積に比例(口径に比例)するでしょう。両者の中間のような形で破壊が生じる場合は,必要な破壊力は口径の1乗と2乗の中間のべき乗に比例するのかも知れません。

 いずれにしても運動エネルギーは砲弾質量に比例し,砲弾質量は口径の3乗に比例するので,口径が大きい方が貫徹に有利なことは間違いありませんが。

 なお,現在はまだ砲弾の性能を考慮に入れていません。しかし本文中に書いたように,運動エネルギーを如何に有効に破壊仕事に換えられるかが砲弾の性能なので,1発当たりの運動エネルギーに係数を掛ける形で砲弾の性能を導入できると思います。砲弾の性能が低いと,斜撃の際に装甲表面を滑ってしまい,より広い面積にエネルギーを拡散してしまったり,砲弾自体が破砕されてしまったりといったことが生じるでしょう。


 ちなみに運動エネルギーの源は装薬の化学エネルギーです。したがって,砲の破壊力のもっとも根源的なパラメータは装薬量ということができるでしょう。砲弾が大きくても小さくても,装薬量が一定ならその運動エネルギーは同じになります(重ければ初速が遅く,軽ければ速くなるため)。ただし砲身が短いと燃焼ガスが膨張し切る前に砲弾が砲口を出てしまい,エネルギーが無駄になるので,装薬量に適した長さの砲身長を持つことが必要ですが。

 砲身が長いと自重によって砲身がたわみ,弾道が不安定になります。命中精度の点からは砲身は短く,軽い方が望ましいことになります。軽いにも拘わらず,強度が高くて大量の装薬を使用可能な砲があれば,命中精度でも破壊力でも理想的なものになります(命数は減るでしょうが)。この点,ビスマルクの38.1cm47口径砲は,薄肉で軽いにも拘わらず,高強度で装薬量が多いため高初速と,ほぼ理想的なものと言えます(付け加えれば発射速度も高い)。この技術を用いて,H級用の40.6cm砲や,H42〜44用の50.8cm砲が製作されていれば,途方もない威力となっていたでしょう。



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