大和級の船体

大和級の船体


艦形一般

 全長が短く,全幅が広く,喫水は浅い。

 大和級の艦形を要約するとこうなる。これが重量節約・防御力強化の結果であることは,すでに述べたとおりである。排水量が世界最大の本級だが,全長はアイオワ級より短く,その代わり全幅は非常に広くなった。これは高速発揮に向かないことを意味するが,軍艦は少しでも高速な方が望ましいのは論を待たない。そこで本質的に抵抗の大きい船体を,いかに船形の工夫により抵抗を減少させるかに非常な努力が払われ,それ以前の単なる紡錘形の平面形とは異なる,複雑な船体の曲線を持っている。同じく艦幅の広いことが特徴の独ビスマルク級の平面形と比較すると,限定された機関出力から最大限の速力を得ることに日本の技術者がいかに心血を注いだかが感じられる。

波形の甲板

 大和の外観上の最大の特徴は,波形の露天甲板である。艦首部が高く,第1主砲塔部が低く,艦橋部ではまた高くなり,そのまま船尾まで水平に伸びている。これは重量節減の苦心の結果である。重量を節約するには,容積を小さくして構造部材を減少させること,構造を連続的にして無理のない構成にすることが必要である。

 前者の対策としては,極力乾舷を低くして船体の容積を減少させ,構造部材を減らすことが望ましい。しかし艦首を低くすれば凌波性が犠牲になる。艦中央部の乾舷が低いと,艦幅の広い本級では傾斜時に露天甲板が水没してしまい,喫水線面積が減少して復元力の低下を招く。また航空機・短艇類を艦内に格納する設計上,艦内,特に後部の容積を大きくする必要がある。これらの結果,乾舷を低くできるのは第1主砲塔部であり,他の部分は一定以上の高さとする必要があった。

 ではそれらの高低差をどう処理するか。一般的なのは甲板数を変えて段違いとする方法で,アメリカの新戦艦は艦の中央部が高くなっており,日本でも長門級は第3主砲塔前後で段違いとなっている。しかし段差をつけるとそこが強度的・構造的に不連続点となり,応力伝達に工夫を要する。高い甲板を強度甲板とすると,段差部で下の甲板へ応力を伝える構造に重量を要し,一方高い甲板には強度を受け持たせない場合,低い甲板で同じ曲げ強度を持たせるにはより厚い板厚とする必要がある。これらの増加を回避するため,大和では同じ甲板の高さを連続的に変え,波打った構造とした。

 この設計により重量は節約できたが,デメリットとして建造が困難になる。したがって重量あたりの建造費を高騰させたはずで,重量節減がもともと建造費節約を目的としていたこととは矛盾しているように思われる。条約型巡洋艦のように排水量が制限されているならこうした手法は理解できるが,経済的理由で排水量を制限された本級の設計が,重量節約のためには建造費の増加をいとわなかったのは不思議な気がする。

球状艦首

 大和級戦艦は同時に建造された翔鶴級空母と共に,艦首水線下に球状艦首(バルバス・バウ)を採用した。この艦首は,高速艦で問題となる造波抵抗を低減し,速力の向上をもたらす。艦が前進すると船体両側に上から見てV字型に波を生じる(白波のしぶきのことではなく,海面のうねり)。波を作るにはエネルギーが必要であり,そのエネルギーは艦のエンジンが発生している。つまり艦を前進させるはずのエネルギーが,波を造ることに浪費されてしまう。波の発生を抑えれば,その分のエネルギーを本来の艦の前進に用いることができる。

 波の発生を抑えるには重ね合わせの原理を用いる。波に対して,山と谷の位相が逆になった別の波を重ねると,打ち消し合って波が消える(あるいは小さくなる)。艦が進むとき艦首で波が盛り上がり,後方(艦の中央部当たり)に行くと谷となる。艦首の水線下部に球状の膨らみ,あるいは魚雷の頭のような出っ張りを設けると,これに押されて艦首の直前で一度波が盛り上がって,艦首直後で谷を造ろうとする。この谷が艦首が造る波の山と打ち消し合って波を小さくする。

 大和で特徴的なのは,この水線下の張り出しが極めて大きいことである。この時代の球状艦首は,横断面では艦首底部が左右に膨らんでいるものの,側面図で見ると艦首喫水線下は垂直な形である。しかし大和では水中で喫水線部より前方に張り出している。これは多くの水槽試験により決定された形で,この大型の球状艦首を用いることにより27ktで8%以上の抵抗減少を得た。従来と同程度の球状艦首だと,抵抗減少は5〜6%に止まったはずである。この抵抗減少は船体長を3m長くした場合と同等で,船体を長くした場合に比べて構造重量で80T,排水量で300Tの節約となった。

 バルバス・バウをさらに徹底的にしたものに,水線下に魚雷の頭部のような突き出しを設けたシリンドリカル・バウ(円筒状艦首)がある。これは今日の高速コンテナ船や高速フェリーなどに用いられている。

鋼鈑の接合法:溶接廃止と接手方式

1.溶接の廃止

 船体は何枚もの鋼板を張り合わせて作られるため,当然継ぎ目が存在する。大和の時代,日本海軍は主要な構造部にリベットによる接合を用いていた。溶接構造の方が水密確保及び重量軽減の点で望ましいが,技術が十分でないと強度不足を生じる。

 日本海軍は限定された排水量に最大限の武装を搭載するため,特に駆逐艦などで溶接構造による重量軽減を推進してきた。しかし過度の重量軽減により強度不足を生じ,特型駆逐艦が演習中に台風に遭遇,船体前部が切断するという大事件が生じた(第4艦隊事件)。これを契機に船体強度構造の徹底的な見直しが図られ,溶接を主要な強度部材に用いることが中止された。

 溶接の場合,実施法が不適切だと溶接後に金属が収縮して張力がかかったままの状態になり(残留応力という),この張力の分は外部からの力に対する強度が低下してしまう。たとえば1平方ミリあたり50kgの張力に耐えられる部材に10kgの残留応力が生じていれば,実際に耐えられる外力は40kgまで減少してしまい,計算より低い強度しか発揮できなくなる。

 溶接が用いられなくなったもう一つの理由は,従来の高張力鋼に代わってより強度の高いデュコール鋼(D鋼。DS鋼と呼ばれることが多いが,SはSteel=鋼の略なので,D鋼と略するのが正しい)が多用されるようになったが,このデュコール鋼は溶接できない材質だったことが挙げられる。

2.接手方式

重ね合わせ接手と衝き合わせ接手の横断面図 リベットによる接続には「重ね合わせ接手」と「衝き合わせ接手」がある。両者を図に示す。リベットで2枚の鋼板を接続するには互いに重ね合わせ,その部分にリベットを打ち込む。そのための重ね代の確保の仕方が異なる。重ね合わせ接手は一方の端を他方の上に重ねてリベットを打ち,衝き合わせ接手では2枚の縁を衝き合わせた裏に接続用のあて板をあてがい,ここにリベットを打つ。

 船体外板の水中部にこれらを実施する場合の得失は以下のようである。「重ね合わせ接手」は重量が軽くて済む反面,船体外板に用いると水の摩擦抵抗が増加する。「衝き合わせ接手」は外板が平滑となり抵抗が小さくて済むが,重ね代が大きくなるため重量が増加する。なお溶接構造が鋲構造より重量が軽くて済むのは,重ね代が全く必要ないためである。

 従来は水線下外板には抵抗低減のため衝き合わせ接手が多用されていたが,駆逐艦や軽巡の艦底部外板の衝き合わせ接手にスリップが生じ強度的に不安が生じた。そこで大和の場合,両方式を併用して対策とした。重ね合わせ接手を用いたときに抵抗増加が大きいのは水圧の高くなる船体前後端部であるため,この部分は全長の1/8の長さについて衝き合わせ接手とし,残りの部分は重ね合わせ接手を用いて抵抗低減と強度確保を両立した。

 この時代の艦の写真には,重ね合わせ接手の重ね合わせ部が船体前後方向に縞のように写っているのが見えることがある。

装甲鈑の強度部材としての利用

 戦艦は防御のために非常に厚い装甲を搭載している。このため船体強度も高いと考えやすいが,実はそうではない。大部分の装甲鈑は単なる重量物として船体に装着されているだけで,船体の強度には全く貢献していない。

 何故か? それは装甲鈑も有限の面積の板を組み合わせているためである。隣り合う装甲鈑の境目で,圧縮力はともかく張力を伝達するよう接合するのが困難なのである。厚さが100〜400mmに達する装甲鈑を,上の重ね合わせ接手のようにつなぐことは不可能である(装甲鈑は熱処理された硬い材質で,曲げられない)。衝き合わせ接手では境目に厚いあて板が必要で重量的にも構造的にも難しい(無理にそうしてもメリットが無く,著しいデメリットを生じる)。溶接は厚さ2〜3cm以下の場合にしか使えず,また装甲鈑製造時の熱処理の効果を台無しにしてしまう。従って隣り合う装甲鈑同士は直接にはつながっておらず,船体の曲げによって生じる引張りやせん断の応力を伝え合うことができない。圧縮に関しては衝き合う形となってある程度伝達可能だが,明確に固定されていない接手による不確実な応力を強度計算に算入するようないい加減な設計は出来ない。船体の強度計算はあくまで全ての力が船体構造に掛かっても安全なように設計される。

 ただし,ある程度薄い装甲鈑については応力を伝えられるような接続法が可能である。これを日本海軍で初めて実施したのが古鷹級の重巡洋艦であり,以後巡洋艦クラスの艦では実施されてきた。装甲鈑の受け持ち強度分だけ船体板厚の削減やフレームの減少ができるため重量が節約され,それを武装や機関に回すことが可能となった。この経験から,日本海軍では厚さ125mm以下の装甲鈑に関しては,応力伝達可能な接続法を持っていた。

 しかし大和の場合,強力な46cm砲弾に対する防御とした上に,装甲の設置法を以前のような2層防御方式から1層防御方式にしたため1枚の装甲が非常に厚くなった。この結果垂直装甲はもちろん,水平装甲も200mmの厚さとなって強度部材に利用できない。結局この目的に利用できたのは,喫水線下の水中防御装甲(下部に行くほど薄くなっている)の下半分,厚さ100〜50mmの部材だけであった。したがって大和においては装甲鈑の強度部材としての利用はあまり行われていない。

 なお,ドイツ海軍のビスマルク級は2層防御方式の戦艦である。本級の最上甲板は厚さ50mmの装甲鈑そのものであり,また中甲板の80〜120mm厚の装甲も強度部材として利用できただろう。ビスマルク級が防御重量を大きく取れた理由の一つは,装甲鈑の強度部材への利用があったためと推測できる。

安定性,復元性


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