はじめに
伝説的なドイツ戦艦ビスマルクの防御については、長年「激しい攻撃にも耐えた重防御艦」という定説がある一方で、2000年頃から一部で「実際には旧式で、防御力の乏しい艦だった」とする相反する評価も唱えられるようになりました。
私自身が架空の巡洋戦艦を構想する中で得たいくつかの気づきを出発点として、ビスマルクの防御構造をあらためて検証した結果、意外ともいえるその実像が浮かび上がってきました。
本考察ではまず、第2次大戦の砲撃戦における実際の交戦距離が、従来の通説よりはるかに近距離であることを明らかにし、そのうえでビスマルクの防御方式がこの実態にきわめて適合した設計であったことを検証していきます。
また、一般には「旧式」と評されがちなその防御構造が、実は合理的かつ巧妙な意図に基づくものであったことを示し、後半ではいわゆる「ビスマルク欠陥戦艦論」が多くの事実誤認に基づくことについても検討します。
1.再検証の出発点
1.1 現実の命中距離
架空巡洋戦艦(秋名級)構想の過程で、次のような技術的課題を検討していた。
- 装甲鈑を死重量にせず、船体強度に活用できる防御方式はどのようなものか?
- 理論上や演習上ではなく、実戦で現実に発生した命中距離はどの程度か?
- 実戦で発生したような1万m台前半での砲撃に耐える舷側防御はどうすれば実現できるか?
- 十分な耐弾防御を与えつつ、船体のなるべく広範囲に直接防御を施すにはどうすれば良いか?
この際、ビスマルク級の防御方式が極めて効果的な設計になっていることに気付いた。
当初私案巡洋戦艦は、舷側部は1層防御、甲板部は2層防御とするつもりでいた。甲板を2層防御としたのは装甲1枚当りを薄くして船体強度に活用するためであった(※強度部材として利用可能な板厚は日米共に125mm前後まで)。一方舷側を1層防御としたのは、それが「近代的で効率的な」近代戦艦の定石だと思い込んでいたためである。
その検討中、次の疑問がわいた。
以下に重要な例、特に撃沈が発生した場合の命中距離と命中弾数を示す。
弾 数 |
★:沈 没 ☆:損 傷 |
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カラブリア 沖海戦 (1940.7.9) |
21,000m 1発 |
ウォースパイト (英) |
☆ジュリオ・ チェザーレ (伊) |
最も遠距離だったのは、英戦艦ウォースパイトがカラブリア沖海戦で伊戦艦ジュリオ・チェザーレに対し約24,000mで射撃開始、14斉射中21,000mで1発の命中弾を得た例である。ジュリオ・チェザーレは火災煙により機関半数が停止したがそれ以上の被弾は無く、決着はつかなかった。これが航行中の戦艦同士による最遠距離における命中である。 |
デンマーク 海峡海戦 (1941.5.24) |
13,000m 8発 |
ビスマルク (独) プリンス・オブ ・ウェールズ (英) |
★フッド ☆プリンス・オブ ・ウェールズ (英) ☆ビスマルク (独) |
独戦艦ビスマルクと英戦艦フッドの戦闘では、双方が砲撃を開始したのが約20,000mであり、ビスマルクがフッドに「1発」の命中弾を与え撃沈したのが約13,000mである(フッドは舷側装甲を貫徹されたと推測される。14,000 or 17,000mという説も有)。 その後プリンス・オブ・ウェールズは「4発」を被弾。 ビスマルクもプリンス・オブ・ウェールズから「3発」を被弾。 |
ビスマルク 追撃戦 (1941.5.27) |
2,500〜 15,000m 数十発 |
ロドネー キング・ ジョージ・5世 (英) |
★ビスマルク (独) |
英戦艦ロドネーおよびキング・ジョージ5が航行不能のビスマルクに砲撃を開始したのがやはり20,000mから、ロドネーが初の命中弾「2発」を得たのが10,000m台中間であり、以後10,000m強で砲戦しビスマルクに「相当数」の命中弾を与え、方位盤・主砲を破壊した。ビスマルクが戦闘力を失ってからは2戦艦が近距離から砲撃し、最接近時は2,500mであった。この戦闘で英戦艦は719発を発砲しており、後半の45分間は一方的な近距離砲撃であるため少なくとも「数十発」が命中したと推測される。 注)この海戦でビスマルク沈没は砲撃が主因ではないと判断した。理由は、全弾が左舷に命中しながらビスマルクに顕著な傾斜はなく致命弾はないと考えられるからである。舵を失い脱出不能なことから進められた自沈作業と、2発命中した魚雷が沈没の主因と判断した。ただし砲撃によりビスマルクは完全に戦闘不能な状態まで破壊された。 |
第3次ソロモン 海戦第2夜戦 (1942.11.14) |
7,000〜 8,000m 12発以上 |
ワシントン(米) 霧島(日) |
★霧島(日) ☆サウスダコタ (米) |
第3次ソロモン海戦(夜戦)で米戦艦ワシントンが戦艦霧島に「11発」以上の命中弾を与え撃沈し、また霧島がサウス・ダコタに1発の命中弾を与えたのは、射距離7,000〜8,000mであった。 |
北岬沖海戦 (1943.12.26) |
9,500〜 20,000m 13発 |
デューク・オブ ・ヨーク(英) |
★シャルンホルスト (独) |
デューク・オブ・ヨークが射距離約11,000mでシャルンホルストの前部に2発命中させ前部主砲塔・飛行機格納庫を破壊。約20,000mでボイラー室にさらに1発命中させ速度低下。その後駆逐艦の魚雷が3発命中し減速、デューク・オブ・ヨークが9,500mで発砲し10発を命中させ更に減速、最終的に駆逐艦の魚雷で撃沈した。14インチ砲の命中距離は20,000mで1発、11,000mで2発、9,500mで10発。 |
番外1) ノルウェー沖海戦 (1940.6.8) |
24,200m 3発 |
シャルンホルスト グナイゼナウ (独) |
★空母グローリアス (英) |
独シャルンホルスト・グナイゼナウが英空母グローリアスに20,000〜24,000mで3発命中させ撃沈した例はある。しかし相手が空母で攻撃してこない一方的な戦いであり、かつ2隻で長時間砲撃して命中は3発のみだった。相手が戦艦であれば3発では撃沈出来ず、また相手の反撃によりこちらの射撃が阻害される可能性もある。グローリアスは全速で逃げたため射距離が遠かったが、相手が戦艦で戦闘を挑んできたなら射距離は20,000m以内に接近し、そこで多数の命中弾が発生したと考えられる。 |
番外2) カサブランカ 沖海戦 (1942.11.8) |
20,000〜 24,000m 5発 |
マサチューセッツ (米) |
☆ジャン・バール (仏) |
米戦艦マサチューセッツはカサブランカ沖海戦で港に係留中の仏戦艦ジャン・バールに対し20,000〜24,000mで5発命中させたが、静止目標への射撃なので除外する。また静止し逃げられない標的にさえ命中5発にとどまることは遠距離射撃の難しさを示している。 |
以上、第2次大戦においても少なくとも4隻の戦艦が対戦艦戦で撃沈され、その際の命中距離は15,000m以下であった。一方で大戦前に想定されていた20,000m以遠の戦艦戦は1回、命中弾は1発、撃沈は0隻である。つまり近距離:遠距離の砲戦で撃沈された戦艦の比率は4:0、命中弾数は少なくとも数十:1である。また唯一の遠距離命中弾も21,000mで戦前の想定からはむしろ中距離の部類である。日本海軍の戦艦は大改装の際、距離30,000m以遠で砲撃を開始、被弾する距離を20,000〜28,000mと想定して防御力強化を行ったが、この距離はそのほぼ下限値である。
結論として、第2次大戦において大遠距離砲戦は事実として発生しておらず、殆どの命中弾は近〜中距離で発生している。その理由は「無誘導」砲弾の遠距離砲撃では、演習とは違い実戦下では命中率を確保できなかったためと推測される。
1.2 なぜ演習では遠距離砲撃が成立したか
戦前は特に日本海軍において遠距離砲撃の演習が積極的に行われ、そこでは遠距離でも十分な命中公算が見込まれていた。しかし、演習時の条件が実戦でも通用するかと言えば、実際には全く異なった条件となる。
演習での砲撃が実戦とどれほど違うか、以下に推測を述べる。(※筆者の推測であり何らかの一次資料に基づくものではない)
1.天候 | 遠距離砲撃演習はそれが実施可能な天候・昼間でしか行われず、状況が悪ければ演習自体が中止になる. | 実戦は時と状況を選べない. 荒天や、特に夜間の場合敵艦の発見も、敵味方の判別も、照準も困難. |
2.敵判定 | 標的は標的であることが最初から判明している. | 発見した艦影が敵か味方か判断がつかず攻撃開始が遅れたり、同士討ちの危険から攻撃できない場合もある. 甚だしい場合敵艦に攻撃されてなお味方から誤射されていると勘違いする. |
3.敵情報 | 事前に標的艦の位置も、進路も、速力も、艦種も判明(設定)している. | 不意に会敵し、的針も的速も教えてもらえない. |
4.敵艦回避運動 | 標的艦は回避運動を行わず直進する。回避行動を取っては命中率の判定自体が出来なくなる. | 劣勢な側は挟夾を受ければ回避し、遠距離では弾着まで時間が掛かるのでなおさら回避しやすい. 射撃諸元は標的が等速直進する前提で計算するため、回避運動する標的には誘導弾でなければ命中は困難である. 敵艦の未来位置は発砲直前の数値からの予測であるが、弾着は射距離20,000mでは約30秒後、30,000mなら50秒以上でこの時の実位置は回避運動などで予測値と異なる可能性がある. |
5.自艦回避運動 | 標的艦は反撃してこず、したがって砲撃艦は回避運動をとることは無い. | 射撃諸元は自艦が等速直進することを前提に計算するため、回避運動をとれば計算し直しになる. |
6.隠蔽 | 標的艦はスコールに隠れたり、駆逐艦が煙幕を張って隠すことも無い. | サマール沖海戦では米艦隊がスコールに隠れたり、駆逐艦が煙幕を展開してその間砲撃が不可能であった. |
7.妨害 | 航空機や駆逐艦が妨害のため攻撃してくることも、それに対し回避運動を行う必要も無い. | サマール沖海戦では米駆逐艦のフェイクの魚雷発射機動で第2艦隊は回避行動を取り砲撃の機会を逸し、艦載機がバラバラに攻撃して追撃を妨害した。 |
8.速力 | 砲撃艦は必ずしも高速を出しておらず振動・動揺の影響が少ない。 大和が主砲公試で32,500mの距離から「静止標的」に命中させた際の速力は8ノットであった. |
自艦・的艦とも最大戦速付近で戦闘する. |
9.コンディション | 予定に合わせ、機材・操作員のコンディションを最適な状態に保てる. | 状況を選べず、戦闘で損傷・故障していたり、操作員が疲労・負傷・戦死している場合もある. |
10.損傷 | 艦の機能は全て正常である | 舵が損傷して定常旋回を続けたり蛇行する場合があり、その場合照準が困難になる。 浸水で艦が傾斜し砲撃不能・困難になる場合もある. |
11.航空弾着観測 | 水上観測機により弾着を観測、修正値を無線で連絡し射撃修正が可能. | 敵機(水上機・艦載機等)が妨害・攻撃してくる可能性が高く、敵艦も対空射撃してくるため弾着観測自体が非現実的.実際にサマール沖海戦では発艦させた水上機は敵艦載機に攻撃され陸上基地へ退避. また戦闘前で無ければ観測機の発艦は出来ず、戦闘前は何時砲撃が生じるか不明で発艦判断は難しい. 実戦では多数の味方艦が同時に発砲・弾着し、敵艦も複数であるため、弾着水柱がどの味方艦によるものか判定し連絡することも難しい. 無線を電波妨害される可能性がある. 事前に計画された演習でしか弾着観測機の活用は困難. |
このように、演習時の条件はおよそ実戦ではあり得ない環境である。その条件下で、射距離20,000mで命中率25%(長門の砲撃演習における判定値)と言っても、それは現実の海戦とほとんど無関係である。この命中率は挟夾した場合の値であり、演習なら第1か第2斉射で挟夾できるが、実戦条件下では挟夾を得ることにまず苦労する。挟夾しても、演習とは異なる高速航行、敵の攻撃、回避運動、それに伴う動揺、悪天候、機器不調、乗員の緊張などが生じれば射撃精度の低下により散布界自体も拡散する可能性もある。
九三式酸素魚雷が訓練では高速航行中の発射経験が無く、実戦で高速航行時に発射して初めてジャイロの安定性不足が判明したという冗談のような実話があるが、それと同様の問題が砲撃にも潜んでいる。この他、九三式魚雷で信管を過敏に設定してほとんどが標的の手前(高速航行にともなう引き波など)で爆発してしまった事例がある。英海軍でも魚雷の磁気感応式信管が同様の問題を起こし改良の必要を生じ、米海軍では戦争中期まで魚雷の不発率が極めて高かったなど、実戦で初めて明らかになる欠陥は国を問わず枚挙にいとまが無い。兵器は高価で使った際の結果も重大なことから、多様な条件で十分な試験を行うことは難しい。
「将来の砲撃戦は大遠距離で行われる」という戦前の仮定を
●「各国の共通認識だったから真実」と見なし、実戦で生じた近距離砲戦は例外と考えるか。
●「実戦結果が真実」と見なし、仮定が間違っていたと考えるか。
どちらが論理的だろうか。
※)ここで、遠距離砲戦が起きなかったのは「大規模砲戦が起きなかったためで、大規模砲戦が起きていれば生じたはず」という意見があるかも知れない。しかし大規模でもそこに作用する物理法則は同一で、命中率が高くなる要因は見当らない。発射弾数が増える分、命中弾が出る可能性はあるが「命中率」は低いままと思われる。陣形を組んで戦う場合は(単艦のような)自由な回避運動が取れず命中しやすい可能性はあるが、根本的な違いにはならないと思われる。
そして大規模な砲撃戦が起きなかったのも偶然ではなく、WW2では戦艦の大艦隊同士が航空支援なしに先行し接触するという戦闘形態自体が取られなくなっており「大規模砲撃戦そのものが発生しにくい」ことの必然的結果と思える。第2次世界大戦という歴史上最大の戦争で大規模砲戦が起きなかったなら、いつ・どんな戦争でそれが起きるだろうか?
1.3 近距離砲弾防御の必要性・実現方法
近代新戦艦(WW2直前〜大戦中に完成した艦)は安全戦闘距離を近距離側で概ね16,000〜20,000m以遠にとっているが、前述のように実際にはこれより近距離での砲撃戦、それも戦艦の撃沈事例が4件発生している。というより有効な砲戦・撃沈は近距離でのみ発生している。つまり
実戦結果から見て、近代戦艦の防御は15,000m以内の近距離でも被弾に耐えることが不可欠
である。しかし各国新戦艦でそれを実現しているのは唯一ビスマルク級のみで、それ以外の新戦艦は近距離防御に欠陥を持つとさえ言える。
では近距離からの被弾に耐えるには、どのような舷側防御が効果的か?
これを検討したときである、ビスマルクの合理性・効率性に舌を巻いたのは。(←倒置法)
ビスマルク級の防御方式は「旧式」であると、一般には見なされている(私自身も10年以上前、合理性に注目しつつもそう書いた)。これは2層防御や全体防御は時代遅れの技術という先入観が一因である。また第1次大戦時のバイエルン級の設計を踏襲していること、遠距離砲戦への配慮が足りないように思えることも一因であろう。
しかし詳細に検討すると、ビスマルク級およびバイエルン級で実施されている多層防御(以後「ドイツ式多層防御」と呼ぶ)は、英日など各国の2層防御(以後「従来式2層防御」)とは似て非なる防御原理であり、多くの長所があることに気付いた。以下でドイツ式多層防御について、従来式及び1層防御との違いに着目しながら検討していきたい。
1.4 装甲配置の基本:亀甲装甲→2層防御→1層防御への変遷
検証を始める前に、装甲配置法の基本を再確認する。装甲配置はおおよそ以下の経緯で変化・発展した。
1)亀甲装甲(装甲艦時代)
装甲を持たなかった木造帆船の時代、火薬庫は喫水線より下に配置され、直接の被弾を受けない構造であった。鋼船の時代となり、同時に砲も尾栓式の施条砲となって貫徹力が増大した結果、水線下の弾薬庫の天井部分を横断面がドーム状となる装甲で蓋をするようになった。これが亀甲装甲(Turtle back装甲)である。
2)2層防御(装甲巡洋艦〜第1次大戦〜第2次大戦)
戦艦の歴史の中で最も長く用いられた方式であり、ドレッドノートなどの初期の弩級戦艦から、英海軍のクイーン・エリザベス級、フッド、日本の金剛から長門級、米海軍のコロラド級、仏海軍のリシュリュー級までで採用されている。
亀甲装甲から更に防御を強化した装甲巡洋艦の時代に成立し、第1次大戦直後の戦艦まで広く使われた方式である。舷側水線部の亀甲装甲の上に垂直装甲(水線部装甲帯)を取付け、更にその上端となる甲板に水平装甲を設置した。結果、亀甲装甲の外側に水線部装甲帯、上方に水平装甲の2重の装甲を持つ形となった。
砲弾が舷側の垂直装甲に当った場合、この装甲を貫通する際に砲弾は運動エネルギーを失い、また被帽も破損して貫徹力を失う。それが垂直装甲の内側で爆発してもその破片は亀甲装甲で受止められ、その内部への被害を防ぐ。水平装甲に命中した場合も同様で、水平装甲を貫通する際に運動エネルギーと被帽を失い、残った弾速と炸裂弾片は亀甲装甲で防がれる。
複雑な2層構造より、厚い装甲1層で防ぐ方が本来効率は良いが、当時はまだ1層で砲弾を防げるだけの装甲・防御板は技術的に困難だったため、2段階で防御する方式が採用された。
2層防御で注意しなければいけないのは、防御区画が何処であるかである。これは亀甲装甲単独だった時代と同じく、亀甲装甲の下側であり、弾火薬庫・機関部などの重要部は亀甲装甲(2層目装甲)の下部にある。つまり舷側装甲帯や1層目水平装甲のすぐ裏側は「防御区画外」であり、舷側装甲を砲弾に貫通されても、その内側の亀甲装甲で防げれば重要部は無事なままである。
3)1層防御(第2次大戦)
戦艦大和、ノースカロライナ、キングジョージ5世などの新型戦艦の多くが採用する方式である。
2層防御では船体構造が複雑となり、また1層目と2層目の間に不十分な防御力の区画が出来て防御区画の容積が小さくなってしまうなどの非効率がある。製鋼技術の向上により1枚で主砲弾を防げる厚い装甲を製造可能になると、1層目を十分な厚さとして2層目を無くした1層防御が主流となった。また2層防御艦の時代には水平装甲は1インチ程度の薄い鋼板の重ね合せであったが、1層防御艦では厚い1枚板の甲鉄で構成され、大落角弾への耐性を高めている。また装甲を船体強度に活用する必要上、米戦艦では厚さは基本的に5インチ以下で、不足する場合は装甲上面に更に鋼板を重ねている。
1層防御が増えたもう一つの理由は、集中防御方式が採用されて防御区画の前後長が短くなった為と推測される。遠距離からの大落角弾を防ぐには水平装甲を厚くする必要があるが、大面積の水平装甲の増厚は莫大な重量増加になる。このため防御区画長を短くして水平装甲の面積を小さくする集中防御となったが、結果として防御区画の内容積が不足してしまう。このため区画の上下高を高くして容積を稼ぐ必要があったことも1層防御の必要性を高めたと考えられる。
1層防御は近代戦艦の最終解でもあることから最も優れていると暗黙に考えがちであるが、大落角弾に耐える(水平装甲を厚くする)為に代償として低落角弾に被弾しやすい(防御区画が喫水線上に大きく暴露される)という弱点も併せ持つ。相対的に遠距離戦を重視し、近距離戦を妥協した防御方式とも言え、無条件に優れた手法では無い点に留意が必要である。なお、大和級の後継となる次大和級では51cm主砲を搭載するため、1層の装甲では防御しきれないため2層防御に戻る予定であった。これも「1層防御=近代的かつ高性能」ではないことの傍証と言える。
戦艦を防御方式(装甲配置)で分類すると以下のようになる。また同じ1層防御・2層防御同士でも国により艦により構造に細かな差異がある。
○2層防御艦:ビスマルク(独)、リシュリュー(仏)、長門(日)、金剛(日)、フッド(英)、クイーンエリザベス(英)
○ 中 間 :ヴィットリオ・ヴェネト(伊)
○1層防御艦:大和(日)、アイオワ(米)、サウスダコタ(米)、キングジョージ5世(英)、ネルソン(英)
次章で検証を始めるにあたり、読者は上記「1層防御」「2層防御」の違い、ビスマルクは2層防御艦であること、について理解していることを前提としている。これを理解していないと、ビスマルクの防御方式、特に巧妙なその原理について理解することは困難である。例えばキングジョージ5世の舷側装甲厚は381mm、ビスマルクは320mm、ここからビスマルクは軽防御である(2層目の斜め装甲の存在を知らない)と考えてしまう場合、考察のスタートラインにも立てない。
2.ビスマルクの垂直防御
ドイツ式の垂直防御には、従来式2層防御と異なる点が5つある。
特徴1) 防御区画を喫水線下に収め海水を防御に活用
これは実は帆船時代から防御の基本であり、弩級艦以前の装甲艦時代から使われていた手法である。重要部が喫水線下にあるので、水平弾道の砲弾は重要部には当たらない。ところが、恐らく遠距離砲戦を重視したポストユトランド型戦艦の辺りから顧みられなくなり、各国の1層防御および集中防御を用いた新戦艦では全く配慮されていない。
ドイツ以外の戦艦は、ポストユトランド型の2層防御の戦艦ですら、防御区画の上端(2層目水平装甲)は喫水線より1〜2 m上にある。1層防御の新戦艦に至っては3mに達するもの(キング・ジョージVなど)すらあり、このため近距離からの低落角弾が舷側装甲を貫通した場合、そのまま防御区画内に侵入して大被害を及ぼす。そしてこの問題は大和級・モンタナ級に至る最後期の戦艦でも放置されたままであった。最大の理由は
- 遠距離砲戦の大落角弾防御のため水平装甲を増厚
- 大面積の水平装甲を増圧すると装甲重量が大幅増
- 重量を抑えるため、防御区画長を短縮した集中防御を導入
- そのままでは防御区画の内容積が不足
- 防御区画の高さを増やし(例:3層→4層)容積確保
- 結果、防御区画が喫水線より上部へ露出
といういきさつと考えられる。また「将来の砲撃戦は遠距離で行われるため、15,000m以内の至近距離への防御は不要」という判断もあったと思われる。実際に大改装後の長門は安全戦闘距離を20,000〜28,000mと設定されている。更に、防御区画容積が不足気味となったことが、内部容積を確保しやすい1層防御採用の動機ともなっただろう(2層防御では1層と2層の間に無駄な空間が生じる)。
ビスマルクの舷側防御は16 in砲に対して約11,000mで耐える。大和では18.1 in砲に対し20,000mなので、16 in砲に対しては17,000〜18,000m程度と考えられる。この安全戦闘距離を1層防御で実現するには、大和・サウスダコタ級のような19〜20度傾斜装甲でも500〜550mm、キング・ジョージV級のような垂直装甲であれば600〜650mmの鈑厚が必要なはずである(実際には2,500mでも耐えているため800mm相当かもしれない)。つまり1層防御方式では近距離砲撃への防御は実質不可能で、近距離戦の放棄が1層防御採用の前提とも言える。ビスマルク級は防御区画を水線下に配置し低落角弾を直接には受けない構造とした結果、これをわずか垂直装甲320mm + 斜め装甲120mm+水雷防御従壁45mmという「薄さ」で実現している。単純な鈑厚合計値で100〜200mmも節減したことになる。
しかしこの大和級やモンタナ級を遥かに上回る舷側防御力(安全戦闘距離)も、それを非常に薄い装甲で実現している設計の巧妙さも、少なくとも日本では奇妙なほど注目されていない。むしろ、近距離砲撃に耐えることを遠距離砲撃に弱いと読み替えたり、舷側装甲が数字上は薄い(防御力が弱いことを意味しない)ことを欠点としたり、事実とは逆の解釈が多い。
特徴2) 2層目が防御の主体
ドイツ式多層防御と従来式2層防御は似て非なる構造である。最大の違いは
●従来式 :1層目→防御の主体 :2層目→炸裂・弾片防御
●ドイツ式:1層目→防御の準備段階 :2層目→防御の主体
という点である。
これは水平防御においてドイツ式は1層目が薄く2層目が厚く、従来式とは逆であることから明らかである。またビスマルクは弾火薬庫が機関部より若干重防御だが、1層目の舷側装甲と露天甲板装甲は同厚のまま、2層目となる斜め装甲・水平装甲を20mm増厚している。この点からも2層目を防御の主力と見なしていることが示唆される。
ビスマルクと、装甲の厚さも排水量も設計年次も似ている長門級を比較に用いると分かりやすい(原型のバイエルンの竣工は1916、長門は1920)。水平装甲で見ると
●長 門:1層目→75mm : 2層目→50mm
●ビスマルク:1層目→50mm : 2層目→80mm
と長門は1層目優位、ビスマルクは2層目で、かつ合計厚は両者同等である。ドイツ式の1層目は被帽破壊と運動エネルギー減殺を行って防御の準備をし、2層目が本格的に弾体を防ぐ。1層目はいわば予備装甲=Decapping Armorとでも言える。更に、長門級の水平装甲は柔らかい「防御板」であり25mm高張力材2〜3枚重ねに対し、ドイツ式は硬い「甲鉄」で1枚板である(表面硬化鋼ではなく均質鋼であるが、構造材用とは異なる耐弾用の鋼である)。
またドイツ式では1層目を露天甲板に設置し(というより露天甲板が装甲そのもの)、長門級およびほとんどの2層防御艦では露天甲板より1層下であるのも大きな違いである。そして一見同様に見えながら根本的に異なるのが、舷側装甲の2層目「タートルバック(亀甲)装甲」とも「斜め装甲」とも称される部分である。これを次節で詳述する。
特徴3) 水平に近い2層目斜め装甲
防御区画を水線下に配置する目的で発達したのが「タートルバック(亀の甲羅)」装甲と呼ばれる方式である。船体横断面で見ると、舷側の喫水線少し下から装甲鈑が斜め上に延びていき、数m内側からは水平になって船体中心へつながる。その横断面が亀の甲羅に似ているのでこの呼び名がある。この方式の基本は、防御区画を喫水線より下に配置して側方から被弾しないようにし(海水を装甲代わりに用いる)、その天井に亀甲(タートルバック)装甲で蓋をしたものである。亀甲装甲には浅い角度で砲弾が当たり、弾頭の鈍い肩部分や胴体を跳ね返すためのものである(直角に近い角度で砲弾を受け止めると、尖った弾頭先端部が鈑に食い込み貫徹されやすくなる)。つまり「避弾経始」を活用することが基本であり「逆傾斜装甲」とも言える。
しかし後年、この亀甲装甲は長門級や土佐級などにも2層目装甲として存在してはいるものの、そこでは水平面から45〜60度も起き上がって単なる2層目の弾片防御板となっており、避弾経始は無視され、むしろ垂直な装甲より貫徹されやすい角度になっている。
ドイツ式2層防御の2番目の特徴は、斜め装甲の22.5度と水平に近い角度である。この結果斜め装甲は1層目を貫徹した砲弾に対し「避弾経始」の効果を発揮する。しかも、垂直または外側への傾斜装甲であれば低落角(近距離)弾ほど貫徹されやすいが、内側への傾斜であるため低落角になるほど貫徹されにくくなる。1層目と併せてみると、1層目は低落角ほど貫徹されやすいのに対し、2層目は返って貫徹され難くなるため、近距離弾に対する不利を相殺する。
徹甲弾は浅い角度で装甲鈑に着弾したときに滑ってはじかれ難いよう、弾頭に柔らかい被帽が付いており、これが鳥もちのように装甲面に付着し滑り止めとなって硬い弾体を装甲に食い込ませる。しかし1層目の装甲を貫徹した時点でこの被帽は喪失され、2層目には頭部の尖った先端では無く、丸い肩部分で弾体が当たるため避弾経始の効果は非常に高くなる。つまり傾斜装甲は被帽の生きている1層目に用いるより、被帽を失った2層目に採用する方が効果的であり、ドイツ式はそれを活用している。
従来式2層防御は徹甲弾防御の主体を1層目に置き、1層目で被帽粉砕および運動エネルギー吸収の大半を行い、2層目は主に炸薬の爆発力と弾片を防ぐ補助的なものである。一方ドイツ式では相対的に1層目の比重は小さく、被帽破壊により防御の準備を行う。そして被帽を失い避弾経始に対する貫徹能力の大幅に低下した弾体を、水平に近い2層目が効果的に防御する。
付け加えると、飛翔中の砲弾は進行方向より若干上を向いている(ジャイロ効果により発射時の仰角を維持しようとするため。またこの迎え角により揚力を生じて飛距離を伸ばす効果も持つ)。進行方向より上を向いた砲弾が水平装甲に当たれば、着弾の抵抗で軸線は更に上を向くことになる。この結果水平装甲や斜め装甲に対してはほとんど弾体の側面でぶつかる状態となり、さらに貫徹力が低下する。
特徴4) 斜め装甲は防御板ではなく甲鉄
第3の特徴は、斜め装甲・水平装甲とも材質が「甲鈑」すなわち硬度・剛性が高い耐弾用の厚板で構成され、砲弾を甲鈑内部に貫入させず積極的に跳ね返すことである。
上記の長門級などの斜め・水平装甲は実際は防御板、すなわちHT(高張力)鋼やDS材など船体強度部材として使われる材質で、かつ25mm程度の薄板の2〜3枚重ねである。これらは柔軟性のある材質で、炸薬爆発など面に掛かる圧力を受けるとクッションのように変形し効果的にエネルギーを吸収するが、硬く鋭い弾体先端が当たれば弾くことができず、鋼板自体が変形してくぼみ、内部へ貫入されやすい。砲弾は1層目の垂直装甲でほとんど運動エネルギーを失うという前提のもと、炸裂による弾片の防御を主眼においた構成と言える。
一方ビスマルク級においては、1層目装甲貫徹後の砲弾にまだかなり運動エネルギーと貫徹力が残っていることを前提とし、これを硬い甲鉄により避弾経始と併せて積極的に「跳ね返す」構造となっている。この、2層目を弾片防御用の「防御板」として扱うか、貫徹力を残した弾体をはじく「甲鉄」として機能させるかが、従来式とドイツ式の大きな違いである。
特徴5) 3層目装甲の存在
ビスマルクの舷側防御は「3層防御」方式になっている。
1層目:舷側垂直装甲(270〜320mm)
2層目:斜め装甲(100〜120mm)
3層目:水雷防御縦壁(45mm)
ビスマルク級の水雷防御壁がバルジ内最奥部にあるのは、対水雷および対水中弾防御上は不合理ではある。しかし舷側砲弾防御として見ると、斜め装甲の最奥部に位置していることで砲弾が2層目の斜め装甲を貫通しても、そこは「防御区画外」である。そして2層の装甲を貫徹した砲弾は存速も貫徹力も無く、その炸裂効果は45mmの水雷防御壁で受け止めるられることになる。バイエルン級が建造された時代はまだ水中弾の脅威は認識されておらず、魚雷も威力が不十分だったため、舷側の対砲弾防御に活用することも目的にこの位置に水雷防御壁を配置したと考えられる。
以上4点が、近距離砲戦で不沈艦と言えるほどの防御力を発揮したマジックの要因と考える。私はこれらの事実を、既にあるビスマルクの防御構造を「分析する」という姿勢では見抜けなかった。架空戦艦(秋名級)私案で「自分ならどう設計するか」という観点で考察して、初めて認識できた。
検証) 長門との舷側防御力比較
同じ2層(多層)防御方式で多くの諸元も似ている長門とビスマルクで、再度舷側防御力を比較してみたい。
●長 門
1層目:垂直装甲鈑300mm
2層目:斜め防御板25mm×3、内側へ45度傾斜
●ビスマルク
1層目:垂直装甲鈑320mm
2層目:斜め装甲鈑100mm(機関部)、内側へ67.5度傾斜
3層目:水雷防御板45mm
これを単純に
●長 門:300 + 75 = 375 mm
●ビスマルク:320 + 100 + 45 = 465 mm
従ってビスマルクは長門の24%増し、と解釈すると事実を見誤る。
(人によっては3層目に気づかず、ビスマルク:320 + 100 = 420 mmと解釈するかもしれない)
特に違うのが2層目で
板 厚 | 75mm : 100mm
傾斜角 | 45度 : 67.5度
材質・構成|高張力鋼3重:甲鉄1重
である。この結果、2層目の防御力に板厚以上の違いが生じる。
長門の斜め装甲は傾斜が45度で、落角10度の貫徹弾に対し撃角(盤面への垂直線と砲弾の成す角)は35度で避弾経始の効果はあまり発生しない。材質は柔らかいHT鋼で、弾頭が当たればはじけずに自身が変形・陥没して食い込まれてしまう。1層目で砲弾が十分に減速しているか、2層目に到着する前に炸裂することが前提である。
一方ビスマルクの2層目は3割厚いうえ、後傾が大きく落角10度の貫徹弾に対して撃角が57.5度となり避弾経始の作用が大きい。しかも後方への傾斜装甲であるため、砲戦距離が近づくほど落角が小さく貫徹されにくくなる。特に弾道がほぼ水平になる至近距離では、被帽を失った弾頭が、先端ではなく弧を描く肩の部分で鈑面に当たるため滑りやすく貫徹力が大幅に低下する。また材質が硬い甲鉄で変形しにくく砲弾をはじく効果を更に高める。そしてこの2層目を貫通されても、その後方の水雷防御縦壁が第3装甲として機能する。
この結果2層目以降の防御力に大差が付き、近距離側の安全戦闘距離は以下のようになる。
●長 門:16インチ砲弾に対し20,000m以遠
●ビスマルク:16インチ砲弾に対し10,800m以遠(※設計値。実際は零距離以遠)
舷側+斜め装甲の数字上の合計厚は大差無いにも拘らず、半分の射距離でも耐える防御力を実現しているのは驚異的で、ドイツ式防御がいかに効果的であるかの証明である。
長門が装甲厚増加だけで同等の防御を実現するには、垂直装甲500mm、斜め装甲125mm以上は必要となるだろう。前述のように、1層防御なら大和の傾斜装甲でも500〜550mm、キング・ジョージ5世の垂直装甲で600〜650mmが必要なはずである。
その上、実際にはビスマルクは2,500mのほぼ零距離射撃でも敵弾に耐えており、その舷側装甲は近距離ではほぼ貫徹不可能で事実上不沈艦である。これは上述した斜め装甲と砲弾の角度の影響が大きいと考えられ、垂直装甲のみの1層防御では恐らく700〜800mmの装甲厚でなければ実現不可能である。低落角弾に対し、ドイツ式多層防御はある種の複合装甲として機能していたと言えるかも知れない。(※戦車の複合装甲と同原理という意味ではない)
仮にビス・長門両艦が15,000mの射距離(ビスマルクが実際にフッド、P.O.W、ロドネー、K.G.Vと交戦した距離)で交戦、命中弾を受けたと仮定すると、ビスマルクは最後までバイタルパート内に致命傷を受けないことは実証されている。一方長門は高初速の15インチ砲弾何発かに舷側の2層目装甲内部まで貫通され、ソロモン海戦における霧島、最悪の場合はフッドと同様の運命になるだろう。(※ 戦艦ノートで試算したように、ビスマルクの15インチ砲弾の運動エネルギーは長門・サウスダコタの16インチ砲と同等であり、高初速である分弾道も低く、小口径である分狭い面積にその運動エネルギーが集中する。従って近距離において舷側装甲に対する貫徹力は16インチ砲を上回る)
そしてこの距離でビスマルクの高初速15インチ砲に耐える舷側装甲を持つ新戦艦は大和級以外存在しない。キング・ジョージ5世の舷側装甲は374mm(垂直)、サウス・ダコタは310mm(外19度)であるが、それらはいずれも1層防御であり(リシュリューは330mm(外15度)の2層、ヴィットリオ・ヴェネトは70+280mm(外11度)の準2層防御)、その舷側装甲を貫かれれば主要防御区画内を破壊され致命弾となる。大和でもぎりぎり耐えるか否かで、10,000m付近まで接近すればやはり貫徹は避けられない。
ビスマルクの舷側装甲は1層目の厚さだけでも1層防御の新戦艦に伍しているが、更にその内部には1層目に匹敵するほどの効果を持つ2・3層目を装備している。ビスマルク級・バイエルン級の舷側耐弾防御は戦艦史上最強であると言える。そして舷側防御力はW.W.2でも依然重要であり、むしろレーダーにより10,000m未満での夜戦が増加したW.W.2においてこそ重要となる。
3.ビスマルクの水平防御
3.1 遠距離砲撃と安全戦闘距離の設定:演習と実戦の違い
水平防御(甲板防御)に関して、ビスマルク級は他国新戦艦と較べ相対値として薄いのは事実であるが、絶対値としては十分であったと考えられる。弾薬庫の遠距離側安全距離は23,319 mであり、これは第2次大戦における戦艦の最遠距離命中弾の23,400 m(英戦艦ウォースパイトによる)と不気味なほど一致している。20,000 m以遠での被弾確率は訓練時はともかく実戦では極めて低く、本級の安全戦闘距離の設定は極めて適切であったと言える(演習と実戦の違いは既に述べた通り)。ただしそれが検討に基づく意図的なものか、バイエルン級をわずかに修正しただけという結果的なものかは不明である。
一方、理論上・演習上の遠距離砲戦を重視し過ぎた各国新戦艦は、大落角弾への対応のため大面積の甲板装甲を厚くし莫大な防御重量が必要となった。結果、重量節減のために防御区画長を切り詰めた集中防御方式を採用せざるを得なくなった。区画長を短縮すると内部容積が不足するため上下高が高くなり、結果防御区画が喫水線上に大きく露出することとなった。この部分は側方からの弾着に曝されるが、ここに十分な厚さの装甲を設置する重量的余裕は無く、結果として15,000m以内の現実に生起した砲戦距離での防御力に致命的な欠陥を抱えた。これがドイツ以外の全ての新戦艦の真相であり、それが露呈したのがフッドと霧島の沈没である(両艦は新戦艦ではないが、舷側耐弾防御は似たようなものである)。
3.2 喫水上全体の防御
また1層目の水平装甲を露天甲板に設置していることがドイツ式の著しい特徴である。長門を始め他の2層防御艦では露天甲板の1層下に設置し、その上の1甲板は無防御区画となっている。露天甲板を防御甲板とすることのメリットは2つある。
1)装甲を船体強度に効率的に利用可能
2層防御の戦艦は水平装甲の1枚当り鈑厚が薄いため、元々これを船体強度部材として利用しやすい。長門の2層の水平装甲は実際には構造用HT材(※)であるが、1層防御艦と比較するにはその重量の75%を装甲、15%を防御板、10%を船殻(船体強度部材)と見なすのが適切と言われる(出典:松本喜太郎、戦艦大和・武蔵 設計と建造)。防御板も船体強度を受け持てるため、水平装甲重量の25%は強度構造として機能していると見なせる。なお、日本海軍が装甲鈑を強度部材として活用できる鈑厚は最大125mmであるため、大和級の200〜230mmの水平装甲は船体強度的には完全な死重量である。米戦艦が水平装甲厚を127mmに抑えているのも、これを強度に活用するためと思われる。
(※)High Tension Steel:高張力鋼。安価な軟鋼より高い強度を持ち、軍艦で多用される。日本海軍では後年より強度の高いDS材(Ducol Steel:デュコール鋼、63kg/mm2)を多く採用した。
さらに同じ板厚でも、設置位置を露天甲板とするとより強度部材としての機能が高まる。船体の曲げに伴う引っ張り・圧縮応力は船体の上端と下端である露天甲板と艦底に最も強く作用するからである。このため戦艦の露天甲板は従来式2層防御艦でも1層防御艦でも、実際には40〜45mm厚となっている(従ってこの板厚分だけそれらの水平防御力は高くなっている)。ドイツ式の場合この部分をそのまま50mmの装甲鈑としているため、装甲化することの重量増はわずかで済み、効率的に船体強度へ活用できる。通常の露天甲板に対し鈑厚の増加はわずかだが、防御板ではなく装甲鈑であるため被帽の破壊を含めた対弾防御効果は大きくなる。
2)準防御区画の容積が大
2層防御艦の1層目装甲の内側は戦艦主砲弾を受ければ当然破壊されるものの、副砲弾・巡洋艦以下の主砲弾・小型爆弾に対しては十分な防御力を持つ「準防御区画」である。喫水線より上部は被弾しても直ちに浸水には繋がりにくいため、1層防御艦ではほとんど無防御であり、従来式2層防御でも最上層は無防御である。ドイツ式では乾舷全高に渡り準防御を行っているため、この部分の被害を減少できる。特に集中的に攻撃を受けた際に、予備浮力を確保し、人員の殺傷を最小限にとどめ、ひいてはダメージコントロール能力を維持することが可能である。しかもそれを最小限の重量増加で実現しているのは上で述べた通りである。日本海軍の戦艦が経験したように、海空から激しい砲雷爆撃に曝された場合、この方式は艦の生残性にも乗員の生存性にも多いに効果的であったと推測される。
ビスマルクの横断面図を見た時、一人でも多くの乗員を生きたまま、できれば五体満足なまま家族の元へ帰そうという、設計者の執念を感じるのは私だけだろうか。
4.1層防御および集中防御方式の再検証
私の考察では、近代戦艦の定石である1層防御も集中防御も「安全戦闘距離を過大にした結果の妥協策」であり、少なからぬ欠点を抱えていたと考えている。
4.1 1層防御方式の得失
1層防御の大きな欠点は、装甲が船体強度面で「死重量」となりやすいことである。大和の場合、強度も受け持つ装甲は機関部舷側装甲の下端100mm以下の部分のみ(もしかすると弾薬庫艦底装甲も)であり、23,000tに及ぶ防御重量のうち恐らく90%以上は船体側から見て役に立たない死重量である。
(注:ただし米戦艦は水平装甲を5インチ(127mm)に抑えておりその分上方の甲板を厚くした準多層防御的な構造である。これは水平装甲を強度部材として活用するためと推測している)
また1層防御を採用した艦は同時に集中防御方式も採用している。防御区画の前後長を短縮すると内部容積が足りなくなるため、特に上下高の有効活用のために1層防御が採用される。この結果防御区画が海面上に高く露出し、舷側からの命中弾を受けやすくなる。舷側装甲帯の上部の高さは同じであっても、2層防御では防御区画の上部は舷側装甲下端の辺りだが、1層防御では上端となり被弾しやすくなる。そして1層防御艦が舷側装甲を貫徹されれば致命傷となる可能性が高い。
4.2 集中防御方式の得失
当然ながら、重量的に余裕があるなら主要防御区画はなるべく広く大きい方が防御力は高くなる。集中防御方式は、面積の大きい水平装甲を厚くした結果莫大な重量増となったため、軽量化のためやむを得ず採用される方式である。致命的な弾薬庫・機関部を遠距離からの大落角弾に対して防御する必要上、仕方なく防御区画長が短縮された。結果として防御力の低い非装甲部の割合が大きくなる。
短縮された防御区画内容積を確保するため、防御区画の高さを1層高くし、結果防御区画が喫水線上へ2〜3m露出することとなった。言い換えると、防御区画の上面積(水平装甲の面積)を減少した代償として喫水上の側面積(舷側装甲の面積)を増加させている。要するに水平防御を重視し、垂直防御を妥協した方式である。
集中防御はほとんどの近代戦艦で採用されているが、ある種の妥協策であって「優れた・望ましい」方式を意味する訳ではない。特にビスマルクに対して、集中防御を採用していないから旧式の欠陥設計だと評価すると事実を誤認する。
4.5.潜水調査で判明した被弾分布の解釈
沈没したビスマルクに対する無人潜水艇による調査を、1989年にタイタニックの調査でも有名なロバート・D・バラードが、2001〜2002年に映画監督のジェームズ・キャメロン他が実施して写真を撮影、そこからビスマルクの被弾状況が明らかになったが、結果はかなり意外なものだった。
- 戦闘側の左舷の主装甲帯(320mm)には視認可能な範囲で貫通痕は無い。ただし非貫通痕(命中痕)は複数有り。
- 非戦闘側の右舷の主装甲帯は2発の貫通痕あり(船体中央部)。
- 左舷の上部装甲帯(145mm)・上部構造・砲塔には多数の貫通痕があり、記録どおりに蜂の巣状態。
多数の砲弾を左舷に被弾し(主砲弾を推定最高80発前後、中小口径も含めると最高400発前後)蜂の巣のように破壊されたにもかかわらず、左舷のメインベルトには(海底から露出して視認可能な範囲では)貫通痕が無く、一方で何故か非戦闘側の右舷メインベルトに明瞭な貫通痕が2つ存在したというものである。戦闘はかなりの近距離(最短で2.5km)で行われたので、メインベルトは被弾すれば(正横付近なら)ほぼ確実に貫通されるはずで、調査結果はこれと矛盾するように見える。
これは、ビスマルクがプリンス・オブ・ウェールズからの命中弾により戦闘の最初から左舷および前方へ傾斜していた結果である。この傾斜により左舷のメインベルト(320mm)はほとんど水面下に没したため直撃弾の被弾確率が大幅に低下、また水中弾として命中した場合は貫徹力が低下して貫通できなかった(P.O.Wからの水中弾もバルジ内の45mm防御板を貫通できなかったように、英米の徹甲弾は水中弾では減速および姿勢が不安定となりやすい)。一方水面上に露出したアッパーベルト(145mm)は多数被弾し貫通されたが、貫通後は中甲板の2層目水平装甲(80〜100mm)に浅い角度で命中するので防御区画内に貫通できなかった。一方、左舷に傾斜した分右舷のメインベルトは喫水上に大きく露出して被弾しやすく、舵損傷で方向を保てないビスマルクが短時間右舷を晒した際に被弾、貫徹力どおりに貫通されたと考えれば調査結果を矛盾無く説明できる。
ビスマルクはP.O.Wとの戦闘直後、左舷缶室と艦首への被弾により左舷へ9度、艦首へ3度傾斜していた。バラストタンクへの注水で軽減したが、ロドネー、キングジョージ5世との戦闘の最初から傾斜した状態だったと言われる。仮に左舷へ5度傾斜した場合、左舷の沈下量は最大船幅部で(36 m ÷ 2) × tan 5°= 1.57 m。艦首への浸水2000tと缶室・バルジへの浸水、バラストタンクへの注水の合計で4,500t(排水量の約1割)浸水して平均喫水が0.9m深くなったと仮定すると、合わせて2.5m前後の沈下と推測される。一方で右舷は傾斜による持上がりと喫水沈下で約0.7m上昇し、ほぼ下端部から水面上に露出していた事になる。
第1・第4砲塔部(メインベルト前後端)の船幅を30mとすると、横傾斜の沈下(右舷で上昇)量
(30 m ÷ 2) × tan 5° = 1.31 m
ビスマルクの水線長242m、全幅36m、満載時喫水10.2m、満載排水量50,300tから方形肥痩係数0.566、よって喫水変化1mでの排水量増加は4,900t。浸水量4,500tでの喫水増加は
4,500 / (241 × 36 × 0.566) = 0.92 m
前方へのトリムを1.5度と仮定すると、艦中央から前方へ70m(第1砲塔辺り)でマイナス1.83m、後方へ70m(第4砲塔辺り)でプラス1.83mとなる。
70 m × tan 1.5° = 1.83 m
横傾斜、喫水増加、縦傾斜を合計すると
左舷:第1砲塔: - 1.31 - 0.92 - 1.83 = - 4.1 m
艦中央部: - 1.57 - 0.92 - 0.00 = - 2.5 m
第4砲塔: - 1.31 - 0.92 + 1.83 = - 0.4 m
右舷:第1砲塔: + 1.31 - 0.92 - 1.83 = - 1.4 m
艦中央部: + 1.57 - 0.92 - 0.00 = + 0.7 m
第4砲塔: + 1.31 - 0.92 + 1.83 = + 2.2 m
以上の試算から、戦闘開始時点において左舷のメインベルトは艦前半部で完全に水没、第4砲塔でも0.4m水没していた計算になる。更に戦闘経過とともに水中弾被弾が増加すると、バルジ内への浸水が増加して左傾斜は更に増加したと考えられ、追加で5度傾斜(合計10度)すれば左舷の沈下が更に1.3〜1.6m増え、加えて浸水による全体沈下も0.5〜1m増えると、後部の第4主砲塔においてもメインベルトはほとんど水没したと推測される。この試算結果は「左舷メインベルトに貫通痕が(視認可能な範囲で)存在しなかった」という潜水調査結果と整合する。
ビスマルクの防御はメインベルトを貫通された場合でもタートルバック装甲により防御区画は守られるが、水中弾他で傾斜するとメインベルトも水線下に隠れることで更に防御区画は貫通しづらくなる。結果として砲撃による撃沈は更に困難となった。この原理は他の戦艦にも敷衍可能であり、舷側への被弾は艦の傾斜を生じ、舷側装甲帯の沈下をもたらして舷側被弾の確率を低下させる。10度以上傾斜すれば舷側装甲帯はほぼ水没するため、それ以前の段階で弾薬庫貫通・誘爆を生じなかった場合は近距離戦では撃沈が難しくなる。一方で戦闘側への傾斜は当然甲板装甲を貫徹されやすくするため、戦闘距離が中距離以上であれば上面を貫通されて防御部を破壊される可能性が高まる。水線下への被弾に伴う傾斜と、それによる装甲の暴露面積および撃角変化は対砲弾防御にかなりの影響を及すことになる。
5.ビスマルク批判に関する個別検証
2000年以降、当時私も常連をしていたWarbirds.jpの常連2名によってビスマルクは欠陥戦艦であるという批判が展開され、出版物にもなった。しかしそれを読むと事実誤認が多いため、気付いたものについて個別検討したい。
批判1)舷側装甲は他の新戦艦に比べ薄く、貫通されやすい
当然であり、何の問題も無い。1層防御艦の舷側装甲は貫徹されてはならないが、2層防御艦の舷側装甲背後に重要部位は無く2層目で防げる限り貫徹されて問題無い。「貫徹されたらアウト」という1層防御の評価基準を、「1層目は貫徹される前提」である2層防御に適用すれば、当然「2層防御艦の防御力はアウト」と誤判断される。両者の扱いは峻別されねばなず、混同して(同一式で)計算するならその計算結果は無意味である。
2層防御のビスマルクの水線部装甲(1層目)は貫通されることが前提であり、その内側は居住区などの非重要区画であり、2層目が砲弾を防げば艦の生命に影響は無い(ある雑誌に記されていた通信室などは、艦の生命に無関係な非重要区画)。当然長門級以前の日本戦艦、フッド以前の英戦艦でも水線部装甲は被弾時に貫徹される。ビスマルクの水線部装甲後方は、サウスダコタ、キング・ジョージ5世、大和などの1層防御の新戦艦では全く無防御で駆逐艦の主砲弾でも破壊される部分である。ビスマルクはそこにも相当の防御力を与えており、しかも船体強度に活用することで重量増加を局限している。
標記の主張の原因として、1層防御と2層防御に関する(かなり深刻な)理解不足が認められる。例えばビスマルク同様2層防御である長門の2層目装甲(斜め装甲・水平装甲)を「防御板であり日英海軍はこれを装甲と考えていない」と述べるなど、基本的な理解不足が認められる。長門の2層目装甲は重量区分上は「防御板」に分類されているが、機能的にはその重量の75%を甲鉄、15%を防御板、10%を船殻にカウントすべき構造である(松本喜太郎、戦艦大和 設計と建造)。その計算の結果、長門の装甲重量(甲鉄及び防御板)は排水量の30.6%となる。もし防御板を上のようにカウントしないと、長門の甲鉄重量は18.4%に過ぎない。そして長門の舷側1層目装甲はビスマルクより薄く、当然主砲弾により貫通され、それを前提として2層目の装甲が設置されている。水平防御に関しても同様である。
重要なのは「主要防御区画」内に敵弾を侵入させないことで、2層防御艦の舷側装甲背後は主要防御区画ではない。これを理解せずに戦艦防御の考察はできない。
批判2)舷側装甲は上部が意味不明に薄くて防御力が低く、大面積甲鈑の製造技術も無いのでは?
上部ほど薄いのは、背後の斜め装甲との位置関係から砲弾の落角に合わせて適切に減厚し、重量を節約した結果である。斜め装甲と水平装甲の境界(頂点)から、舷側装甲の変厚部へ直線を引けば、砲弾の落角とそれに応じた舷側装甲厚の配分が分かる(→図を添付)。
低落角弾は舷側垂直装甲への貫徹力が高いので、低落角弾が通過する高さまでは320mm厚、その上方を貫徹しかつ斜め装甲へ当たる弾は落角大で垂直装甲への貫徹力が落ちるため270mm。これよりさらに上方を貫徹する砲弾は想定戦闘距離内では斜め装甲には当たらず後方の水平装甲に当たり、かつその手前の30mm垂直装甲も貫通するため垂直装甲は145mm厚で十分である。
加えて日本海軍が大和級建造に際し、舷側装甲鈑の仕上り面積大型化のために輸入した15,000tプレス機はそもそもドイツ製である。当のドイツに大面積甲鈑の製造技術が無いはずはない。
専門家である造船官が無意味に板厚を変化させるはずはなく、その意味を推測できていない。
批判3)甲板装甲が薄く、遠距離砲戦に耐えられない
ビスマルク級の安全戦闘距離は対15インチ砲弾で約10,800〜23,300m(弾火薬庫)であり、現実に発生した最も遠距離の砲戦(約23,400m)に耐えるだけの甲板装甲を持つ。結果論として、まさしく現実に発生した砲戦距離そのものの適切な防御設計と言える。他国の新戦艦は極言すれば無駄に甲板装甲が厳重であり、その代償として舷側防御が薄弱(装甲厚の意味ではない)で現実には頻発した近距離砲戦に耐えられない。また甲板装甲の重量を節減するため集中防御を採用せざるを得ず、脆弱な非防御区画も大きくなっている。
大遠距離砲戦は第2次大戦前の各国海軍が抱いた幻想であり、事実として発生しておらず、また成立は不可能である。その理由は、無誘導砲弾の遠距離砲撃は実戦の状況下では命中率を確保できないことによる(既述)。
※ただし、列国の新戦艦の水平装甲は航空機による爆撃への防御も考慮していたことは事実である。バイエルン級の設計時にはこの点は当然考慮されていないはずである。
批判4)主砲塔は装甲が薄く弱点である
主砲塔装甲が薄いのは事実である。前面は360mmしか無く、一方船体の舷側装甲は1層目だけで320mm、2・3層目も加えると垂直換算600mm以上のため、主砲塔は始めから主砲弾貫徹を防ぐ意図が無いのは明らかである。
では砲塔防御力に問題が有るかと言えば、無いと考える。理由は以下による。
1)ドイツ戦艦は砲塔を貫徹されても弾薬庫誘爆の危険性は低い
砲塔装甲を厚くする最大の理由は、砲塔内部での敵弾爆発で装薬その他が誘爆し、そこから弾火薬庫へも誘爆を起こす危険を避けるためである。しかしドイツ戦艦はこの誘爆防止策が最も厳重で、主装薬を薬莢式にし、補助装薬も装填直前まで装薬缶から出さない、防火扉は使用の都度確実に閉鎖する、などの手順を厳密に実行し、弾薬庫へのスプリンクラー設置などダメージコントロールに留意している。この事実は批判派自身が指摘している。防火扉を開け放しにするなど運用のルーズな英国海軍などと異なり、砲塔内部に砲弾が貫徹しても艦の生命に危険は及び難い。日本巡洋艦の主砲塔は無防御であるが、砲塔の被弾による弾薬庫誘爆は生じていないことに留意されたい。
2)砲塔装甲を厚くしても、被弾すれば使用不能となる
ビスマルクより厚い装甲を持つ各国戦艦の主砲塔も、被弾すれば使用不能になることはビスマルクと同様である。均衡防御とは防御と引き換えに装甲自身が破壊されることが前提であり、致命傷を避けるためのもので、被弾後も機能を保てる訳ではない。サウス・ダコタは対16インチ防御を持つが、14インチ砲弾を3番主砲塔バーベットに受けて主砲塔は使用不能になった。砲塔へ直撃していればなおさらである。装甲を厚くしても、砲塔へ被弾すれば貫徹は防げても機能喪失し以後砲撃不能である。したがって誘爆対策が完備されていれば、装甲を厚くするために不要な重量を割く必要性は低い(砲員の安全確保面を除く)。
3)砲塔を守るには被弾しないことが最善策である
被弾確率を低める唯一の方法は、砲塔の小型化である。ビスマルクの連装砲塔は外形が小型で、この目的にかなっている。また砲塔小型化は旋回速度向上などの副次的メリットももたらし、毎秒5度の旋回速度は戦艦として圧倒的である。他国の多連装砲塔は砲塔自体の幅も、バーベットの直径も大きく、被弾回避上不利である。
4)砲塔被弾時の砲力低下局限には、多連装砲塔は不適である
各国で多く採用された三連装砲塔×3基の構成では、1砲塔を失うと砲力の1/3を失う。フランスの四連装×2基では1/2を失う。しかしビスマルクのような連装×4基なら1/4で済む。砲塔被弾時の継戦能力確保の点で、連装砲塔は理に叶っている。
以上各点から、ビスマルク主砲塔の実質的防御力はむしろ高いと言え「装甲が薄い=防御の弱点」を意味しないと考える。私には、ビスマルクの主砲塔装甲が薄いのは生残性を確保しつつ軽量化・高速旋回を実現した周到な考察の産物と思える。
批判5)ビスマルクに多数の砲弾を命中させつつ撃沈できなかったのはイギリス側の戦術ミスで、ビスマルクの防御力は神格化されたに過ぎない
近距離砲撃で主砲弾数十発を被弾しながら不沈性を発揮したのは解釈の余地のない「物理的事実」であり、恣意的な解釈による「神格化」ではない。最近で2,500mで発射された、数十発の主砲弾を直撃されて持ちこたえた事は驚異的であり、優秀な防御力が無ければ不可能である。霧島は7,000mから16インチ砲弾を受けた結果、10発余りで沈没している。その際反撃力を失ったのは砲塔部に直撃を受けたから当然で、他のより砲塔装甲の厚い艦でも結果は同じである(既述)。主砲塔を破壊されても弾薬庫誘爆を生じていないのは、設計の適切さの証明である。
仮に他国の戦艦が安全戦闘距離をより近距離にとって設計されたとしても、1層防御や従来式2層防御を採用する限り零距離射撃に耐えることは不可能で、10,000m以内で砲撃されれば霧島やフッド同様撃沈される。15,000m以内の距離において、ビスマルクの防御力は同排水量はおろか2倍近い大和をも上回ったのは実戦で証明された事実である。これはビスマルクの防御設計が「技術的に」傑出していた結果であり戦術云々が要因ではない。
加えて本件では「ミスでない戦術」なるものも存在しない。ビスマルクの水平装甲は相対的に薄いとは言え、遠距離側の安全戦闘距離は機関部で21,000m、弾薬庫で23,300mである。したがって遠距離砲撃でこれを貫通し撃沈するには、最低でも20,000m以遠、実質的には25,000m以遠で命中させる必要がある。既述のとおり、20,000m以遠での命中弾は歴史上1発、25,000m以遠は静止目標や戦艦以外を含めてゼロである。現実的に命中可能な遠距離砲撃に対してはビスマルクの水平装甲は対応可能である。したがって砲弾でビスマルクを攻撃する限り、近距離では強靱な垂直装甲により致命弾を得られず、遠距離では命中率が0に近いため致命弾を得られず、有効な戦術は存在しないことになる。
批判6)デンマーク海峡海戦以降は1発の命中弾も無く、射撃精度はお粗末である
この主張はビスマルクの練度の低さの傍証として挙げているが、合理的とは言えない。デンマーク海峡戦では2隻に複数の命中弾と撃沈を得ているので1発限りのラッキーヒット等では無く、射距離が至近な訳でも無く、かなりの射撃精度が有ったのは事実である。そこから急に練度が低下し射撃精度が落ちる筈が無く、デンマーク海峡戦以降の命中率低下は明らかに練度とは別の要因と考えるべきである。その要因は、雷撃により舵を破壊され転舵状態で固着し直進不能となった事実に求める方が合理的である。
デンマーク海峡ではフッド轟沈の1発(※態勢から見て複数発の可能性もある)の他、プリンス・オブ・ウェールズにも4発の命中弾を与えている。フッドへの命中が1発なのはそれで轟沈したからであり、そうでなければ引き続き命中弾を与えていたはずである。P.O.Wへ4発で終わったのは通商破壊を優先して追撃しなかったためで、追撃していれば更に命中弾を加え、戦闘距離と攻防力の違いから(しかも主砲のほとんどが故障していた)P.O.Wをも撃沈した可能性が高い。
その後は航空攻撃で舵に被雷し転舵状態で固着したため艦は波風で不規則に蛇行する状態となり、射撃精度の維持は困難だったと推測される。射撃諸元の計算は彼我が共に直線運動することが前提であり、いずれかが転針すれば諸元の修正し直しとなるため、自艦が不規則に蛇行する条件下で精度の高い射撃は困難である。その条件でも、26日深夜は強風波浪の下で駆逐艦に挟夾を与え、27日の決戦でも着弾は敵艦至近に集中していた。舵が無事で直進できる条件であれば、アイスランド沖で短時間にフッドとP.O.Wに命中弾を与えた実績から見て、ロドネー、キング・ジョージ5世に命中弾を与えていた可能性が高い。
- 射撃精度の低い艦が「偶然」戦艦1隻を轟沈・1隻を撃破ののち、本来の精度に落ちて命中しなくなった可能性
- 射撃精度の高い艦が実力どおりに命中・撃沈させ、その後「障害が発生」し精度が落ちた可能性
どちらが高いだろうか?(前者が起こりえるだろうか?)
実際に多数の命中弾を得ることが「高い射撃精度」の定義そのものである。にも拘わらず、2隻に命中・撃沈破した射撃精度の実績(WW2において戦艦として最高の戦績であり、偶然でこの実績を挙げることは有り得ない)は無視し、それ以降の失中のみに着目し射撃精度不足・練度不足と断ずるのは(同一航海・同一乗員・同一装備で練度・精度が急低下することは有り得ない)、恣意的な結論ありきのこじつけ以外の何ものでもない。
批判7)船体横断面で防御区画の面積比が他の戦艦(2層防御の戦艦を含む)に比べて小さく、よって防御の効率が悪い
防御区画高が低いのは、重要部を水面下に隠し海水を防御に利用する意図的かつ巧妙な設計であることは上で述べた。実際には防御区画高が低い分、区画の前後長を長くとり(全長の約70%)容積は確保されており、その結果船体長に対する防御区画の長さが増加して浸水に対する抗堪性が増加している。防御区画容積が同じでも、区画高を上げて喫水線より上に設けるより、区画長を長くして喫水線下に設ける方が浸水局限の面でも被弾防止の面でも得策である。横断面中の防御区画面積が小さいのはそうした設計の産物であり、小さいから欠点である訳ではない。標記批判の表現を使えば「船体平面断面で防御区画の面積比が他の戦艦に比べ大きく防御の効率が高い」とも表現できる。
近代戦艦が集中防御になり区画長が短いのは、増厚された水平装甲の重量節減のため「防御区画長を短くせざるを得ない」ためである。その結果容積確保のため「区画高を高くせざるを得ない」ので、結果「横断面に占める」区画面積が大きいだけの話である。そして短くなった防御区画長によって非防御区画が長くなり魚雷・水中弾に対して浸水し易く、高くなった防御区画は喫水線上に暴露され近距離弾に直接曝される弱点を生じる。
繰り返しになるが、こうした指摘をする者は、1層防御・2層防御が異なる防御原理であること、ビスマルクも長門も2層防御であること、新戦艦はほとんど1層防御であること、それらを装甲厚の数値のみで比較できないこと、という事実が理解不十分に見受けられる。ことにドイツ戦艦の2層防御は、1層目で被帽を失って斜撃時に装甲表面を滑り易くなった砲弾に、水平に近い2層目甲鉄(≠防御板)で高い避弾経始効果を発揮させるため、(特に1層目だけの)装甲厚で1層防御と比較するのはナンセンスである。(例えれば、第2世代戦車の均質甲鈑装甲と第3世代戦車の複合装甲の防御力を、その重量だけで判断するようなものである)
批判8)ビスマルクの主砲塔は水漏れがひどいなど欠陥だらけである
戦艦の主砲は量産兵器ではなく一品生産に近いもので、不具合はつきものである。戦艦の主砲関連の欠陥を挙げれば
● プリンス・オブ・ウェールズはビスマルク戦でほとんどの主砲が故障・使用不能となった。
● ネルソン級は後方へ向けて発砲すると艦橋のガラス・装備品が破損し、また就役当初主砲の故障が頻発した。ビスマルク戦で集中発砲した結果船体各部に亀裂損傷を生じた。
● アイオワ級は30ノット以上の速度では振動がひどく主砲が使用できなかった。
● アイオワ級やキング・ジョージ5世級は前甲板に波をかぶりやすく、1番主砲塔の発射に支障があった。
● 武蔵の主砲方位盤は主砲発射の衝撃で旋回不能になった。
● 大和も訓練中に数発の射撃ごとに主砲関連の故障が頻発していた。
など、枚挙にいとまがない。これらを設計者のミスと指摘するのは酷であり、これだけ大規模な兵器を実物大・現実状況を模して実験するのはコスト的にも技術的にも困難である。特に艦に装備した状態での不具合は、実際に建造した上でなければ発見不可能である。
「ビスマルクの主砲塔には問題が有った」は正しいとしても「ビスマルクの主砲塔“だけ”に問題が有り、他艦には無かった」かのように表現するなら客観性に欠ける。
ビスマルクの主砲塔は15インチ砲でありながら旋回速度が毎秒5度と日本重巡の8インチ砲塔より速く、また砲塔がコンパクトで被弾しにくいなど、優秀な面も多いことも付け加えたい。長所は無視、短所は強調して欠陥艦という結論に導くのは、恣意的な論旨誘導である。
6.要 約
これまでの議論を総括すると、以下にまとめられる。
1)第2次大戦以前に想定された20,000〜30,000m以遠での遠距離砲撃戦は理論上・演習上でのみ可能なファンタジーである。実戦条件下では無誘導弾での命中は困難であり、事実としてほとんど命中していない。
2)一方で第2次大戦の戦艦戦ではほとんどの命中弾が15,000m以内であり、また夜戦では7,000m程度の至近距離での被弾が発生する。
3)ビスマルク級の安全戦闘距離(11,000m以上23,000m以内)は結果的にW.W.2で生じた砲戦距離・命中距離そのものである。
4)実現し難い遠距離砲戦に過剰対応した他国の新戦艦と異なり、現実に発生した近距離砲戦に対する弱点が無い。
5)垂直装甲後方の斜め装甲(亀甲装甲)が、他国の2層防御艦と比較しても効果的な独特の設計で、更にその内側にも水雷防御壁が配置された3層防御となっている。一種の複合装甲として機能し、垂直装甲換算で600〜650mm相当、実戦では事実上の零距離砲撃に耐えた。
6)主要部を喫水線下に収め海水を防御に活用し、亀甲装甲の適切な設計と相まって強力な舷側防御を、比較的薄い装甲厚で実現した。
7)限られた重量の中でバイタルパートの上下高を縮めた分前後長を長くして防御区画容積を確保した結果、防御区画長が長く、浸水しやすい非防御区画長が減少した。
8)露天甲板直下の他艦では無防御な区画にも相当強力な防御力を持ち人的被害軽減・予備浮力維持を行っている。
9)航行中の戦艦に命中が期待できる爆撃は貫徹力の低い急降下爆撃であるが、露天甲板が装甲化されその範囲が全長の70%と広いビスマルク方式はその防御に効果的である。
10)2層防御のため装甲1層が薄く船体強度への活用が容易。特に1層目水平装甲が露天甲板なので有効に強度部材として活用でき、排水量の39%を防御に割当て可能となった。
11)装甲重量が排水量の39%に及ぶのは非効率の結果ではなく合理的な設計の結果ここまでの配分が可能となり、効果的な設計により重量配分以上の防御力を実現した。
12)主砲塔は装甲を厚くしても被弾すると継続使用は不能であるため、弾薬庫への誘爆対策を完備して弱点を無くし、小型化することで被弾確率を減少し、連装多砲塔にすることで砲力低下を局限している。
13)15,000m以内の戦闘距離において大和級を含めても最も強力な防御力を持ち、砲撃に対して実質的に不沈艦である。
14)ビスマルクが軽防御という説は、提唱者達が2層防御の原理を理解しないまま、舷側装甲帯の板厚だけを根拠に導かれた誤算である。
戦艦発達史中で最も合理的・効率的な耐弾防御を実現したのは、大和・サウスダコタ・その他の欧州戦艦でもなく、ビスマルクだったと考えられる。しかもその原型は第1次大戦当時にバイエルン級で実現していた。ドイツの造船技術者たちがどれほど現実的かつ合理的であったか、驚嘆すべきものがある。
7.「沈まない」ことの価値
8.結 論
ビスマルク級の防御要領は、一見すると旧式戦艦に採用された2層防御と似て見える。しかし実際には他国の従来式2層防御と異なる巧妙な防御原理であることを検証してきた。また世間では2層防御は旧式な劣った方式であり、1層防御が新式の優秀な方式であると(その長短を考察せずに)前提している。これも誤解で、1層防御は装甲を船体構造として利用しづらい重量効率の悪い方式であり、従って集中防御方式を採用せざるを得なくなる。
全ての発端は遠距離砲戦への過剰対応にあり、多くの新戦艦は大落角弾に耐えるため水平装甲を厚くした。
その重量がかさむため、水平装甲の小面積化のために集中防御せざるを得なくなった。
その代償として艦前後の非防御区画が増加した。
集中防御すると防御区画の内容積が不足するため、1層防御として防御区画内の容積を稼いだ。
その代償として重要部の水面上への露出面積が大きくなり、近距離砲撃での弱点となった。
新型戦艦で採用された集中防御と1層防御は、遠距離砲戦のために近距離砲戦・水雷防御を妥協した「トレードオフ」であって「優劣」ではない。集中防御は重量的にやむを得ず採用するのであり、代償として無防御区画の容積が大きくなる。十分な防御力を得られるなら、なるべく広範囲を防御した全体防御が望ましい。
1層防御の利点は甲板装甲を充実させやすく、舷側防御を軽視できる遠距離砲戦に向いていることである。だがそのような遠距離砲戦は理論上・演習上の幻想であり、現実には命中しなかった。砲弾が無誘導である限り、レーダー照準・大口径化・SHS(超重量弾)採用などを実施しても、移動艦船への命中限界は20,000m前後というのが第2次大戦で証明された現実であった。戦艦が実際に交戦・決戦した距離は7,000〜20,000mの間、命中距離は2500〜15,000mであり、ビスマルク級の設計はまさしくその距離に適応していた。それ以外の全ての新戦艦は過剰な水平装甲と、その反動で不足した垂直装甲、および相対的に不足した防御区画長しか持たなかった。
英戦艦フッドは世評とは違い十分な水平防御をもつポスト・ユトランド型戦艦であった。それが呆気なく沈んだのは不運や戦術の誤りではなく、近距離防御の重要性を各国海軍が見落としていた結果である。たまたま命中初弾で轟沈したが、そうでなくとも海戦結果は同じだったはずである。10,000m前後の距離において、フッドも他のいかなる戦艦も主砲弾に耐えることは不可能な一方、ビスマルクは耐えうることを実弾で実証した。むしろ打撃の応酬になっていた方が、ビスマルクの対弾防御の優秀さ、近距離戦における強さが明白となったはずで、1発で決着したのはビスマルクにとって不運だったとさえ言える。
かつてビスマルクは「フッドを轟沈させ、集中砲火を浴びても強靭な防御力を発揮した、強大な戦艦」として畏敬された。一方2000年頃から国内の一部で「実際には防御薄弱な、過大評価された戦艦」という怪論が出たが、事実誤認であることを検証した。ビスマルクの防御について、第2次大戦の実例を元に再検証した結論は以下のとおりである。
砲弾でビスマルクを攻撃する場合、近距離では圧倒的な垂直装甲により致命弾を得られず、遠距離では命中率が0に近いため致命弾を得られない。ビスマルクと対戦し、実際に700発以上の主砲弾を発射した英艦隊司令官トーヴィー大将の言葉が、この事実を端的に表している。
この戦艦史上の傑作を完成させたドイツ造船官には敬意と賞賛を
この艦で戦い命を落とした将兵には哀悼の意を表して、本稿を終らせたく思います。
一部の人間から毀損された彼らの名誉を、本稿で少しでも回復できるなら、これに勝る喜びはありません。
おわりに
この検証記事を書いていて念頭にあったのは、人が精魂込めて、あるいは文字通り命を掛けて行った行為を評価するには、真摯かつ謙虚であるべきということでした。
もう20数年も昔ですが、旧「艦船のページ」を読んだ人からこんなメールを受け取ったことがあります。
逗子は、横須賀に近いため、わが家の隣には海軍士官の新婚さんが住んでいて、 ご主人が出航で留守の間など、暇つぶしに奥さんが貴重なケーキ(軍人家族に は、一般で手にできない食の材料が支給されていたようです)を焼いてくれた り、いっしょに遊んでくれたりしました。 暫くして、突然空き家になりました。 近くには、海軍の官舎があり、たくさんの子供が遊んでしました。その後、ど ういう運命になったかは知りませんが、恐らく、彼等の多くの父親が、艦船と ともに命を落としたことでしょう。 艦船は単なる鑑賞物ではなく、兵器であることを、どうぞ忘れないでください。 |
フッドが轟沈し、生存者はわずか3名でした。
ビスマルクが沈没し、生存者はわずか5%の110名でした。
その都度、千人、二千人という単位で「人の生が終わった」のです。その大半は10代・20代の、まだこれからという人生でした。それも静かな死などではなく、破片で引き裂かれ、火炎で焼かれ、爆発で肉片と化し、生きたまま水の中に閉じ込められる、惨い死で終わりました。現代社会で一度に千人以上が死ねば大惨事として記憶されるでしょう。そしてその何倍もの家族の人生も大きく狂ったはずです。
艦船・兵器は文字通り人の命・人生、更には国運を左右する物であるが故に、優秀なエリートが開発に当たり、その多くは命を削る思いで、あるいは実際に過労で倒れながら、開発し、建造し、整備し、修理していました。そこにはまた、義務・使命だけではない開発者・技術者としての意欲、創造の歓びと達成感も含まれていたはずです。その努力や創意・苦闘を、私は技術者の端くれ(になろうとした者)として図面や資料の向こうに感じ取りたいと思います。
初 稿:2013年6月
脱 稿:2017年8月21日
修 正:2021年7月25日
2024年9月10日
Web掲載:2024年9月20日
最終更新:2025年8月26日(1.4 装甲配置の基本、4.5 潜水調査結果 加筆)
参考)Yahooコメント欄への投稿
Yahoo!コメント欄で2021年に筆者と他の投稿者との間で以下のやりとりがありました。
筆者 (親コメント) |
かなり詳しい人でも意外なほど知らないのが、戦艦防御には1層防御と2層(多層)防御の2種類があること。 大和・サウスダコタ・キングジョージ5などの新型艦の多くが1層防御だが、全てのドイツ艦や長門以前の旧型艦は2層以上の装甲で段階的に防御した。多層防御では1層目装甲は貫通される前提で2層目以降で砲弾を止め、その外側には重要区画はない。 ビスマルクの舷側防御は 1層目:320mm垂直装甲(90度) 2層目:100〜120mm斜め装甲(22度) 3層目:45mm水雷防御板 の3重構造になっている。 2層目の斜め装甲が水平に近い角度なので、近距離の水平弾道では被帽を失った砲弾は避弾経始で弾かれ貫徹できず、最後まで重要区画(3層目の内側)に致命傷を負わなかったのがビスマルクの不沈性の原因。 3層の単純合計で485mmだが斜め装甲の避弾経始のため、垂直装甲換算で600mm以上の防御力と推測される。 |
A氏 | 近距離なら有効だけど遠距離を想定した日米の戦艦には史実の防御が正しいのでしょう。 |
筆者 | >Aさん ところがさにあらず。 各国がWW2で想定したおよそ2万〜3万mでの砲撃戦は史実ではごく僅かしか発生せず、命中はウォースパイトの2万3千m1発だけです。他は アイスランド沖海戦:1万3千m以内で8発(フッド轟沈) ビスマルク追撃戦:3千〜2万mで100発?前後 第3次ソロモン海戦:7千〜8千mで12発以上(霧島沈没) 等 有効な砲撃戦は2万m以内、命中弾は1万5千m以内がほとんどです。「演習では」2万mで25%(長門演習結果)の命中判定を得ていますが実戦ではほぼゼロ。 結果論として、ビスマルクの近距離1万1千m〜遠距離2万3千mの安全戦闘距離はWW2で生じた砲戦距離・命中距離そのものでした。各国の新型戦艦は無駄に厳重な甲板装甲と、致命的に薄い舷側装甲を持っていたことになります(距離1万1千mでは大和でさえ舷側装甲を貫徹されます)。 |
B氏 | 世界中の海軍が射程距離重視したのはこういう事からだ 砲は撃つ度、弾道は変わるので、ドイツ海軍が、イタリアや日本の水中防御見学しても理解できなかったのと同じで、砲撃戦というものを理解してないのだろうな ちなみに、ビスマルクは元々イギリス海軍の旧式戦艦の射程外から砲撃戦で叩きのめすつもりで建造されている |
筆者 | >B >世界中の海軍が射程距離重視したのはこういう事 >射程外から砲撃戦で叩きのめすつもりで それら戦前の「仮定」は成立しないことが実戦で明らかになり、その実例も紹介した。 射撃諸元の計算も試射の弾着修正も、彼我が直線運動していることが前提だが、実戦では途中で進路変更されればご破算で、まず挟夾を得るのが容易ではない。距離が遠いほど弾着まで時間が掛り回避行動も取りやすく、(サマールのように)駆逐艦が煙幕を張ったり、スコールや霧に隠れたりもし易くなる。 そもそも実戦では相手艦影の敵味方判定が困難だったり、味方と勘違いさえしたり(→ワレアオバ)、指揮官が攻撃をためらい時間を浪費したり(→リュッチェンス・栗田)、演習なら中止になるような悪天候だったり、理論以前の要因が大量に関わる。 現実の細部を無視した(気づかなかった)理論は言葉遊びだと、研究や開発の実経験があれば痛感すること。 |
B氏 |
サマール沖を例に出したいなら、大和は距離3万2千でタフィ3旗艦のファンショーベイに至近弾与えて、ファンショーベイは損傷受けてるんだが? ちなみに、ファンショーベイの記録で初弾、次弾と連続で同じ距離に着弾したので、完全に捉えられたと記録している 例を出したいなら、きちんと資料くらい読んでからにしな |
筆者 |
>至近弾与えて、ファンショーベイは損傷受けてる つまり撃沈はおろか命中弾すら得ていない。 命中するまで挟夾を続けられない「要因」があって、それを排除できなかったということ。 照準は手段であって、目的(命中・撃沈)じゃない。 手段と目的を取違えたり、重要度を考えずに議論すれば詳しいデータから見当外れの結論を導くよ。 |
B氏 |
あと、砲撃戦では射撃盤に入力して砲撃の繰り返しで、相手が回避しても元から未来位置計算して撃たれるので、修正射撃続けられればどんどん精度が高くなり、命中受ける可能性がどんどん高くなる 更に水偵による観測されれば煙幕も意味を持たない なぜどこの国の戦艦も水偵搭載してるか、理解できたろう 砲撃戦とは、計算と修正なんだよ |
筆者 |
>修正射撃続けられれば >可能性がどんどん高く 「現実に命中してない」のは、続けられない原因が有ったり命中率の絶対値が低すぎたということだけど。 >水偵による観測されれば煙幕も意味を持たない その場に敵の水偵や艦載機はいないのか? 敵艦は紳士的に対空射撃を控えるのか? それに戦闘開始後では発艦させる余裕も無いし間に合わない。 戦闘前では開始のタイミングも態勢も不明だから判断できない。 飛ばせても、混乱した実戦下で攻撃回避しつつ、どの敵艦をどの味方艦が撃った水柱か間違えず観測しつつ、遅い電信でリアルタイムに中継できるのか。 戦艦撃沈の3海戦では水偵の発艦さえされてないし、水偵観測で命中・撃沈した海戦は存在する? 事前調整され妨害もない演習でしか使えないと思うけど。 |
Yahoo!コメント上で「現実の砲撃戦は2万m以遠では命中せず、中近距離でしか成立していない」という趣旨を私が公に書いたのはこの時(2021)が初めてだったと思います。それまでそうした意見を見たことはありませんでした。以後数回同様のコメントを書込んだ結果、2024年には「遠距離では命中しない」とコメントする人が複数現れるようになりました。
とは言え、調べれば誰でも分るこのシンプルな事実を私のミリオタ歴四十年余りで一度も見かけなかったのは不思議でもあります。恐らく気付いた人はいたと思いますが、その見解を公の場で目にしたことはありませんでした。「新型戦艦の砲戦は遠距離で行われ、そのため水平防御の充実が重要」が戦後75年間の通説で、A氏・B氏の意見は多くの艦船ファンの共通認識でもあったでしょう。
この事実に気付けたこと、そしてビスマルク級の防御設計の見事さに気付けたことは、架空巡洋戦艦秋名級を構想する中で得た大きな収穫でした。公表が10年以上も先延ばしになってしまったのが心残りですが。
大勢がそろって単純な事実に気付かず、指摘されて初めて「言われてみれば‥‥」となる事は意外と多い気がします。艦船ノートに書いた「船が左から乗るのは何故か」も、少なくとも日本で戦後気づいていた人は殆どいなかった筈です。船好きの間では有名と思われる「きゃびん夜話」の田辺英蔵さんが同書中で「それは誰にも分らない」と明記していました。私は何かの一次資料を見つけた訳ではなく、バイキング船レプリカの舵を見たりportside・starboardの字面を考えるうちに思いつきました。