3.アイスランド沖海戦 |
英艦隊指令官ホランド中将は,フッドの弱点である遠距離砲戦を避けるため後部主砲4門を使えない不利を忍び,艦首をビスマルクへ向け急速に接近する(※1)。英戦艦の攻撃開始後,リュッチェンス大将はしばしの逡巡の後応戦を決意,ビスマルクの主砲がフッドへ向けて砲撃を開始した。
発砲では先んじたものの,フッドはプリンツ・オイゲンをビスマルクと誤認,砲撃していた。またプリズム式測距儀を用いる英側は照準に手間取り,プリンス・オブ・ウェールズは第7斉射でやっとビスマルクを挟夾(きょうさ:着弾が敵艦を囲むこと)した。
一方ステレオ式測距儀を用いるドイツ艦隊の照準は正確だった。砲術長アダルベルト・シュナイダー中佐指揮の下,ビスマルクの第1射はフッドの艦首直前に,第2射は艦尾付近に着弾した。そしてプリンツ・オイゲンの第2射がフッドの艦橋基部に命中,ロケット弾を誘爆させて火災が発生。フッドは左に20度回頭し,並航戦に移って全砲門による射撃に入ろうとした。この時ビスマルクの第3射がフッドを挟夾し,着弾(水柱)とフッドの前後関係から砲撃の正確な修正値を得た(※2)。
そして第4斉射は正確にフッドを捉え,主砲弾が薄い甲板装甲を貫通し,数秒後に後部火薬庫で爆発。フッドは火薬庫の誘爆により船体が両断,艦首を鋭く宙に突き出して轟沈した。生存者は3名。戦闘開始からわずか6分のことだった。
後続していた戦艦プリンス・オブ・ウェールズは沈没するフッドとの衝突を避けるため,とっさに面舵回頭してこれを回避した。しかしこの結果変針前のフッドと同じ進路上に戻ってしまい,ドイツ艦隊はフッドに対する射撃解析値をそのまま利用して砲撃可能になった。
プリンス・オブ・ウェールズはビスマルクの15インチ砲弾4発,プリンツ・オイゲンの8インチ砲弾3発を被弾する。15インチ砲弾の1弾は戦闘艦橋を貫通し,艦長ほか1名を残して要員全員が死亡。このとき階下の航海艦橋では伝声管から血が滴り落ちて初めて被害を知ったという事実が,主砲弾に挟夾された時の衝撃の大きさを物語る。他にも舷側水雷防御縦壁に15インチ不発弾,プロペラ軸室に8インチ貫通弾を受け浸水が増加。また故障により主砲のほとんどが射撃不能に陥り,プリンス・オブ・ウェールズは取り舵回頭して戦線を離脱した。ドイツのリュッチェンス大将は通商破壊戦を第一義とし,距離20,000mに離れたところで砲撃を中止(※3),戦闘は終了した。
この戦闘でビスマルクもプリンス・オブ・ウェールズの14インチ砲弾3発を被弾した。特に艦首付近を貫通した1弾は喫水線直上に1メートル半の破孔を生じ,2,000tの浸水(※4)により艦首が沈下したほか,前部燃料タンクの1,000t以上の燃料が使用不能となり航続力に不安を生じた。また舷側水線下に命中した砲弾は水雷防御縦壁で炸裂して発電機室周辺が浸水(※5),隣接したボイラー室にも漏水を生じたためこのボイラー室を閉鎖,最大速力は28ktに低下した。残りの一発は搭載艇の一部をかすめて海中に落ちただけだった。
戦闘終了時,ビスマルクは浸水により艦首が3度沈み左舷に9度傾斜して,右舷のプロペラ上部が水面上に露出していたが,艦尾バラストタンクへの注水により傾斜は改善された。プリンツ・オイゲンは艦形の小ささと,ビスマルクが主目標になったことから被弾を免れた。リュッチェンス大将は作戦の中止を決意,修理のためドイツ占領下のフランス,サン・ナゼール港へ向かうことを決断する。
※1 | 攻撃力を半減させて接近を急いだこの判断は当時批判されたが,フッドの水平防御の弱さを考慮すれば合理的な決断といえる。並航して全砲門を使用しても敵弾の被弾確率が減るわけではなく,大落角の砲弾に長時間曝されて危険である。 |
※2 | 水柱のうち,敵艦の前方と後方に生じたものの比率から最終的な射距離修正を行う。望遠鏡では近いか遠いかしか分からず,挟夾していないと距離の修正量は勘に頼ることになる。ドイツ海軍では3発の砲弾を遠近400m間隔で弾着するよう発射し,この水柱と敵艦の前後関係により修正を行っていたらしい。この修正以後は遠近の拡散は行わず,散布界を収束させて砲撃したと考えられる。 なおビスマルクは前部砲塔4門と後部砲塔4門の交互発射を主用したようである。他の海軍では連装砲塔なら左砲と右砲での交互発射が多い。全門斉射は装填機の同時使用による発射速度低下,爆風の影響増加などの欠点により実戦では余り使われない。 |
※3 | このことからもドイツ海軍は射距離20,000m以上では命中を期待していないことが窺われる。ビスマルクの安全戦闘距離が10,000〜23,000mに設定されていること,主砲の最大仰角があまり大きくないことなどもこれを裏付ける。ビスマルクの後の戦闘も20,000m以下で行われている。要するに砲弾は遠距離では当たらない。単純に言っても命中率は距離の2乗に反比例するが,艦砲では仰角が大きくなって放物軌道を描くので,さらに命中しにくくなる。 |
※4 | 徹甲弾には遅動信管が付いており,衝撃を受けてから一定の時間が経過すると爆発する。非装甲部に命中しても船体を貫通する訳ではなく,船内で爆発する。この例でも船体内側で爆発することにより水密隔壁を破壊して2,000tに及ぶ浸水を生じたと考えられる。ただ貫通しただけなら浸水量はもっと少なかっただろう。 |
※5 | これはビスマルクの水雷防御設計のミスのためである。装甲鈑・防御板は破壊力を受け止めることだけが目的で,一度破壊力を受ければ水密性は保てない。この時代の戦艦なら水雷防御縦壁の背後に防水隔壁を設置するのが普通で,水密を破られた防御縦壁からの漏水をここで食い止める。ビスマルクは防御の基本設計が古いため防御縦壁の背後がいきなり重要区画となっていた。同じように被弾したプリンス・オブ・ウェールズではこのような問題は生じていないことに注意。 |
参考資料
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更新履歴
Ver.1 :不明
Ver.2 :99.11.01:項目分割
Ver.2.1:99.11.17:脚注追加