9.決戦前夜

ビスマルク艦上では舵を修理しようと必死の努力が試みられた。左右2枚の舵のうち,右側は舵取り機室に潜った潜水夫が軸の接手をはずすことに成功し,自由回転が可能となり無効化された。しかし左は固着したままで,波が当たるたびにビスマルクを蛇行させた。ピッチングのたびに激しく海水の流れる舵取り機室の作業で,数名の作業員が力尽きて死んだ。

リンデマン艦長は3軸あるプロペラの回転の組み合せを変えて操艦を試みたが,それが不可能なことは公試運転のときに分っていた。悲観主義者だったリュッチェンス大将は,損傷状況の詳細が判明する前に自分たちには死しか残されていないと判断しており,現実もそのとおりだった。ビスマルクは北西からの強風に吹かれて艦首を風上に向け,5〜7ktの低速で進んでいた。あと少しで追撃を振り切るところまできていたビスマルクは,今やとどめを刺そうと近づくキング・ジョージ5世とロドネーの方向へ,自ら近づいていった。

2300時以降,コサック以下5隻からなる英駆逐艦隊がビスマルクを包囲して魚雷攻撃を試みた。ビスマルクは主砲・副砲で応戦し,相変わらず正確な照準でただちに敵艦を挟夾し,駆逐艦は魚雷を発射できないまますぐに射程外へ脱出した。海は大荒れで小型の駆逐艦では操艦も困難な状況で,以後は各艦が散発的にビスマルクに対し攻撃と避退を繰り返し,ビスマルクもその都度応戦した。0230時,トーヴィー大将はビスマルクの位置を確認するため駆逐艦隊に照明弾を打ち上げさせた。ビスマルクの艦影が30分ほど闇夜に浮き上がったが,近づく英駆逐艦も照らし出され,ただちにビスマルクの攻撃を受けて避退した。駆逐艦の攻撃は0335時のコサックの魚雷発射で終了し,結局英独とも一発の命中弾も,命中魚雷もなかった。

やがて夜が明けた。イギリス戦艦隊が現れるのに,時間はかからないはずだった。


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参考資料
1) 

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